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3過去と少年





(このまま一生、魔獣と暮らしていく。)

(そして、生まれ変わったら、きっと……)


人とは深く関わらず、仕事を黙々とこなし、魔獣に癒され、眠る。

そんな私の淡々とした生活が変わったのは、17歳を過ぎた頃だった。




「シェリー、お前に仕事の依頼だ。」


ある日、私は突然、魔法棟の“偉い人”に呼び出された。

拒否権もないままに連れて来られたのは、魔法棟の治療院。そのとある個室に横たわる少年を見て、はっと息を呑む。


血の気の無い青白い肌に、荒い呼吸。額には大量の汗が浮かんでいる。

今にも死にそうなその少年は、全身から魔力を溢れさせていた。


「彼はクライド。齢は10。高い魔力と全ての魔法に適応がある“神童”だ。お前も耳にしたことがあるだろう?」

「あの子が…」


神童。まだ働き出して間もない私にも、その噂は耳に入っていた。



魔法使い殆どは、火、水、雷…等々、いくつかある魔力のうち、“得意な魔力”と“あまり得意ではない魔力”の2種類の魔力を有している。勿論、いくら魔法使いといえど、自らに適合している魔力の魔法しか使えない。


稀に3種類以上の魔力に適合する者もいるが、かなり希少だ。

かく言う私も、光魔法と水魔法しか適合がなく、水魔法に至っては、未だに少しの水を創り出す程度のことしかできない。



そんな中、全ての魔法が使える“神童”が発見されたというニュースは、瞬く間に国中に広まった。

100年に1度の天才、きっと“魔女の血(ブレス)”だと、皆口々にそう言った。


魔法使いの中には、稀に“魔女の血(ブレス)”と呼ばれる特殊な力を持つ者がいる。過去には、魔力で宙に浮くことができる者や、魔獣と話せる者まで存在していたとか。

発動条件も効果も異なり、遺伝もしない。その魔法使いだけが使える、特別な魔法。それが“魔女の血(ブレス)”だ。


「訓練中に魔獣に襲われ、毒が全身に回っている。…言うまでもないが、このままでは命が危ない。」

「でも、彼、光魔法も使えるのでしょう?自分で解毒できるのではないですか?」

「それが…」


説明を聞くと、どうやら“神童”の少年は魔力が高過ぎて、特に“苦手”な光魔法がまだコントロールできないのだとか。

無理に外から光魔法で治療しようとして反発を食らい、既に数人の魔法使いが治療院送りになったそうだ。


光魔法での治療は、基本的に“その者の魔力を補填し自然治癒を高める”もの。

そのため、目の前の少年のように“魔力はあるが使えていない”状況であれば、自身で光魔法をコントロールするのが一番安全かつ早い治療法だ。


それを一番歳が近い光魔法の適合者である私に教えて欲しいというのが、今回の依頼だった。


「どうやら大人が嫌いらしくてな。俺達が話しかけても返事すらしないんだ。」

「…分かりました。ただ、光魔法は感覚的な部分が大きいので、お役に立てるかどうか…。」

「頼む。“神童”をこんなところで失ったら、国の損失だ。」


他人事だなぁと思いながら、歩いて少年に近付く。

青白い肌に、プラチナブロンドの髪。気配を感じたのかこちらをちらりと見たその瞳は、髪とは対照的な黒だった。


「こんにちは。私はシェリー。貴方に光魔法を教えに来たの。」

「…………」

「貴方、小さな蛇型の魔獣に噛まれたのでしょう?」


返事をするつもりはないらしい。

少年はふい、と私とは反対を向いてしまった。


背中を向ける際に見えた右の肘から指先にかけて、生き物に引っ掻かれたり噛まれたような痕がいくつも見えて。

私は今は傷ひとつない自分の腕を見て、懐かしさに目を細めた。


「ねぇ、当ててあげましょうか。…貴方、昔から、小さな魔獣には逃げられて噛み付かれるでしょう?」

「……え?」

「けれど、大きな魔獣に襲われたことはない。…違う?」


にんまりと笑って首を傾げると、少年は驚いたように起き上がろうとして、苦しそうに体を再びベッドへ横たえた。

無理して起きなくても良いと伝えると、少年は起き上がれない代わりに、今度は私の顔をしっかりと見た。


「私もそうだったの。でも、今や魔獣や使い魔が一番の得意分野よ。」

「…どうして」

「魔力のコントロールが出来るようになれば、貴方もすぐにそうなれるわ。」


本当は可愛い使い魔を出して見せびらかしたかったけれど、少年から溢れ出す魔力をなんとかしないと、例え使い魔であっても怯えて思わぬ行動に出てしまう可能性があるので我慢だ。


少年は私の目をじっと見つめ、逸らさない。

私の言葉に半信半疑、といったところだろう。


「それに貴方、このままでは死ぬわ。」

「…別に死んだってかまわない。」

「えぇ?こんなところで?」


暗い表情で死を口にした少年に、かつての自分を重ねた。

私も、可もなく不可もない人生。いつ死んだって構わないと思っていた。…魔力のコントロールを覚えるまでは。


「貴方はここで死んでもいいって思ってるかもしれないけれど、私は嫌よ。私はね、夢とか希望なんてないけど、野望はあるの。」

「…野望?」

「生まれ変わったら、そこそこお金持ちの家の魔獣ペットになるの。そして、毎日可愛いって褒められながら美味しいご飯を食べて寝るだけの自堕落な生活を送るのよ!」


どうだ!と言わんばかりに胸を張ると、後ろで私を連れてきた魔法棟の“偉い人”が、大きく溜め息を吐くのが聞こえた。

目の前の少年はきょとんとした後、数秒間の間をあけてから、眉間に皺を寄せて「何それ」と呟いた。


「ちょっと今世では叶いそうにないから、来世になるけれど!」

「はぁ…くだらない……」

「それはどうも。まぁ、でもこんな私みたいな人間でも魔力のコントロールが出来たのだから、“神童”で“天才”の貴方なら、すぐに出来るようになるわ!」

「………」


少年は呆れたような、悩んでいるような微妙な表情をして少し黙った後、首筋に浮かんだ汗を煩わしそうにシャツの襟元で拭った。

そして、再びこちらをしっかりと見据える。


「…どう、すればいいですか?」

「そうね…あぁ、その前に、名前を教えて?私はシェリー!17歳!」

「……クライド、です」


使い慣れていないのか、たどたどしい敬語だった。敬語なんていらないと言おうか悩んだが、仮にも“教える立場”なら、そのままでも良いかと思い敢えて言わなかった。


「クライドね。よろしく!」


そこから、私…シェリーの人生で、最初で最後となる、弟子との生活が始まった。





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