15外出と予告
その日の朝、クライドはやけにご機嫌だった。
嬉しそうに、にこにこしながら私の毛を優しくブラシで梳く。いつもより念入りに整えられた毛並みは、サラサラのふわふわで白く輝いていた。
毛を梳かれる気持ちよさに目を細めていると、やがて手が止まった。
クライドは私を見て満足気に頷く。
「シェリー」
(なあに?)
「デートに行きましょう」
今日は、休日。
彼も、魔法使いの証であるローブではなく、完全に私服だ。
シンプルにながらも洒落た服装に、元々の整った顔。私が人であったなら、並んで歩くことを躊躇っただろう。
「どうぞ」と屈んだ彼の肩に飛び乗ると、それを確認したクライドは歩き出した。
「まずは僕の用事から済ませますね」
そう言って最初にクライドが訪れたのは、王都でも有名な宝石と魔石を扱うお店だった。
この国の魔法使いは魔石を求めてこの店を利用することが多く、魔法使いにとっては“お得意様”の店。
ちなみに、私がクライドへプレゼントした魔石のペンダントも、この宝石商で購入した物だ。
「いらっしゃいませ。」
クライドがその名を告げると、出迎えた女性の店員は私達を即座に奥の個室へ通した。おそらく、事前に予約していたのだろう。
私達が即座に個室へ案内されしばらくすると、手袋を付けた宝石商が、いくつもの魔石を並べ始めた。
(お、大きい…!これ、かなりの額になるのでは…!?)
中央に置かれた薄く金色が交じる透明の魔石は、間違いなく高額な物であると一目で分かる程、大きく美しい。
魔石は一般的に、透明なほど魔力を蓄えることができる。そして、込められた魔力によってその色を変化させる特性を持つのだ。
魔法使いが魔石に魔力を注ぐことでさまざまな色に変化させることができるが、元々色が付いていたり、燻んでいる魔石は、込められる魔力の種類や大きさが限られている。
大きくて透明な魔石程、どんな種類の魔力も吸収でき、そこ効果を発揮する。
…もちろん、そのような魔石はかなり希少で、なかなかお目にかかれないのだが。
「ではこちらをひとつ。あと、これとこれの間くらいの大きさの物がいくつか欲しいのですが…」
「確認して参ります。少々お待ち下さい。」
店員が頭を下げて個室から出ていくと、クライドは私の頭をそっと撫でた。
最近クライドから聞いたところによると、彼は私が考えていることが何となく分かるらしい。
私は魔獣のため感情はあまり表情には出ないが、その目や仕草を見れば大体分かるのだとか。
特に、「不安や恐怖は耳がしゅんと垂れるため頭を撫でたくなる」……らしい。
今も、あまりに高額になりそうな買い物に、自分のことではないのにゾッとしてしまって、無意識に耳が垂れていたようだ。
「大変お待たせ致しました。」
女性はクライドの向かいに座ると、その手の先に居る私へ目を向けた。
「とても可愛らしいですね。クライド様の使い魔ですか?」
「妻です。」
即答したクライドに、その場の空気が凍る。
「………左様でございますか。失礼致しました。」
「あぁ、すみません。正式に書類を出しているわけではありませんので、妻ではなく、婚約者ですね。」
「左様でございますか」
ドン引きである。
流石この国一番の宝石商。女性店員は、決して表情には出さずに、にこりと微笑んだまま表情を崩さないが、引いているに違いない。
もし私が店員で、突然魔獣が妻だなんて言われたら、思わず口元が引き攣りそうだ。
というか、いつの間にか私はクライドの婚約者になったらしい。
(こんやくしゃ…)
確かにずっと傍にいるとは伝えたつもりだけれども。
クライドは、本当に魔獣の私と結婚でもするつもりなのだろうか。
「こちらの魔石は、先程の魔石とは少し異なっておりまして…」
女性店員は即座に商談に話を切り替えた。
賢明な判断である。
やがて商談が終わり、私達は店の外に出た。
婚約者の件があまりに衝撃的すぎてぼんやりしてしまい結局聞いていなかったが、今日だけで軽く私の月給を超えるであろう取引が成されたことは間違いなかった。
(…いや、それどころかもしかすると、年収も超えていたかも………)
恐ろしい考えが頭に浮かんで、首を横に振る。
「シェリー」
クライドは名を呼ぶと、そっと私の体を肩から降ろして抱き締めた。
「…先程は勢いで“妻”と呼んでしまいました。」
(勢いだったのね)
「でも、僕は本気です。…貴方と結婚できたらと思うのに、この国では魔獣との結婚は認められていなくて…」
(でしょうね)
魔獣と結婚しようとする人などいる筈もない為、当然である。
寧ろ、認められていたらそれはそれで何だかとても大変なことが起きる気がする。
「僕は、ずっと貴方の傍にいます。だから、また今度、きちんとした形でプロポーズしますね。」
(ぷろぽーず…)
もはやキャパシティオーバーで、口がぽかんと開いてしまう。
ぷろぽーず。プロポーズ???
(…プロポーズって予告する物だったかしら………)
そんなことをぼんやりと考えてしまう。
「…さぁ、では気を取り直して、次はシェリーの用事を済ませましょう。」
(私の…?)
「王都も、街も、10年で随分変わったんですよ。貴方の好きそうなお店もたくさんあるんです。」
クライドはいつもより少し早口でそう言うと、私をそっと肩へ誘導した。
(……あ、)
「入りたいお店があったら言ってくださいね」なんて言いながら歩き出した彼の耳はほんのり赤くて。
私は無性に胸が締め付けられて、彼の横顔に頭を擦り付けた。




