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12消滅と遺書





魔獣である彼女が“シェリー”だと確信してからしばらく。

泣き止んだクライドは、“シェリー”が好きだった蜂蜜入りの紅茶をふたつ淹れてから、ソファに座った。


ティーカップすらうまく持てないシェリーのために、紅茶に息を吹きかけて冷ますと、ティースプーンで一匙掬う。

それをシェリーの目の前に差し出しすと、小型の魔獣らしい小さな舌でペロリと舐めた。


シェリーは目を細めると、ティースプーンの紅茶を直ぐに飲み干した。

「おいしい」と、懐かしい彼女の声が聞こえた気がした。


「……シェリーが消えたあの日、僕もすぐ現場に向かったんですよ。」


愛おしい白い毛並みを撫でながら、あの日のことを思い出す。

…今でも時折悪夢を見る程、恐ろしい出来事。


「あの日、僕は貴方の仕事部屋で書類を整理していたんです。」


僕は、ぽつりぽつりとあの日の出来事を話し始めた。








今からおよそ10年前。

師匠であるシェリーが郊外に任務に出て2日目。

生真面目すぎて書類を捌くのが遅いシェリーに変わって、クライドは黙々と書類を片付けていた。


「こんな仕事、シェリーがやる必要もないのに…」


そろそろ日も暮れるかという頃、突然シェリーの魔力の気配がして窓を見ると、ふらふらと小鳥型の使い魔が窓の外を飛んでいるのが見えた。


酷く嫌な予感がしてすぐに窓を開けると、小鳥は一通の封筒に変化して、ふわりと消えた。


「これ、は…」


胸騒ぎがする。

少し震える手で慌ててそれをペーパーナイフで切って開けると、数枚の便箋が現れた。

飾り気の無い便箋に、少し癖のある字。読まなくても、それがシェリーからであることは分かった。


『クライドへ。この手紙を貴方が読んでいるということは、私に何か良くないことが起きてしまったのでしょう。』


そんな言葉から始まった手紙を、僕は息をすることも忘れて読み進める。


そこには、シェリーの財産の在処と、それを全てクライドに譲ること、これからクライドが頼るべき人、住んでいる部屋の片付けを頼みたいこと等々が箇条書きで書かれていた。

淡々とした申し送りのような便箋が2枚続いた後、最後の1枚の便箋には丁寧に、


『ごめんなさい。ありがとう、クライド。』


…そんな文章と、シェリーのサインがぽつりと記されていた。


「嘘、うそだ……」


それはまるで、手紙というよりは、遺書のようで。

呼吸が浅くなり、手が震える。文章の意味が、理解できない。

手紙を握りしめ、とにかくシェリーの元へ行こうとローブも羽織らず部屋を飛び出した。


全力で走って棟の出口へ向かう最中に角を曲がった所で、シェリーの手紙に“頼るべき人”として記されていたバイロン副団長にぶつかった。


「おっと!廊下は走るなよ、って……お前、どうした?」

「離せ!シェリーが、シェリーが…っ!」

「おい、待て待て。まずは話を…って、うわ、暴れんな!」


バイロンはクライドの両肩を掴むと、「とにかく落ち着け!」と怒鳴った。

バイロンはクライドよりふた周りも歳上で、体格差もある。クライドがいくら暴れても、力だけであれば押さえ込むことは容易だ。

しかし、取り乱したクライドはその溢れんばかりの魔力を全身から表出させ、バチバチと光の魔力を火花のように散らしていた。


普段は冷静…というより、シェリーのこと以外には冷徹なクライドがあまりにも取り乱している。

即座に良くないことが起きていると察したバイロンは、語気を強めた。


「いいから!何があったか言え!!」

「シェリーが危ない!!」

「危ないって…」


そう言いかけたとき、猛禽類のような魔獣が勢い良く飛んできて、バイロンの肩にとまった。

クライドが驚いて動きを止めると、その魔獣は1枚の紙になり、ふわりと消える。

バイロンはクライドの肩から手を離すと、その便箋に目を通した。


「何だと…!」


おそらく、郊外の任務の報告だったのだろう。

バイロンは便箋を握り締めてクライドを見ると、歯を食いしばった後に話し始めた。


「このまま俺と郊外へ行くか、大人しくここで待つか、今すぐ選べ!ただし、郊外へ行くなら勝手な行動は許さん。俺の指示に従え。」

「行きます!」

「少しでも邪魔になればここへ強制的に連れ戻す、いいな?」

「分かりました!何でもいいので、早く!」

「付いてこい!」





その後のことは、よく覚えていない。

気が付いたらバイロンと共に郊外にいて、多くの負傷した魔法使い達が倒れていて。

そこに居るはずの、シェリーの姿だけが見つからなかった。


「すみません、副団長…っ!俺たちの力不足で……」

「先に報告を頼む。一体何があった?」

「それが、突然大型の、蛇みたいな魔獣が現れて……」


報告は雑音のように流れていく。

シェリーを探して必死に周りを見渡すと、一人の魔法使いと目が合った。


その魔法使いは驚きに目を見開いた後、すぐにくしゃりと顔を歪ませた。


「ご、ごめんなさい、し、シェリーは、私達を守って……っ」


僕は女性のボロボロになったローブを掴むと、声を荒げた。


「シェリーは!?シェリーはどこへ!?」

「わ、分からないんです!私達に下がるよう命じた後、魔獣にひとり立ち向かって光魔法を、それで、き、消えてしまって…っ」


何人もの魔法使い達が啜り泣く声が聞こえる。

バイロンへ報告していた魔法使いも、悔しそうに歯を噛み締めた後、頷いた。


「光魔法が発動した後、この辺り一体が光に包まれて…光が消えると、蛇の魔獣は消えていました。ただ………」

「シェリーも消えていた、ということか?」

「はい…」


光魔法は、全ての魔力を“繋ぐ”特性を持つ。

それ故、治療や魔法壁といった補助的な魔法が殆どで、直接的に相手を攻撃する魔法は殆ど無い。

…唯一の攻撃手段は、その相手の魔力を“分解”すること。


シェリーが光の魔力を得意とすることを知っている者であれば、彼女が何をしたのか、何故消えたのかは考えるまでもなかった。


「アイツ…まさか、自分の体ごと…」

「やめてください!」


自分でも分かっていた。

けれど、その最悪な予測を一瞬でも肯定したくなくて、バイロンの言葉を遮った。


バイロンはひとつ、大きく深呼吸をした。


「…撤退だ。」

「そんな!まだシェリーが…っ」

「これは団長としての命令だ」

「でも、」


頭では分かっている。大型魔獣の脅威は去ったとはいえ、魔法使いの魔力が混ざった血の匂いをかぎつけ、これからこの場所には人間の血を好む魔獣が押し寄せてくることだろう。


それでも、まだこの場所には微かにシェリーの魔力を感じる。

だからこそ、離れたくない、諦められない。


それを必死に訴えても、バイロンは首を横に振るばかりだった。


「お前の気持ちは分かる。俺だってシェリーを探したい!だが今、この状況で最も優先すべきは撤退しひとりでも多くの魔法使いを生き残らせることだ!」

「………」

「頼む…クライド。分かってくれ…」


自分を落ちつかせるために、多くの酸素を取り込もうとゆっくりと呼吸する。

ふと下げた視線に映ったのは、爪が食い込む程握り締められ、震えるバイロンの手だった。


「…………なにを、すれば良いですか?」

「お前の転移魔法で王都の治療院とこの場所を往復し、できる限りの魔法使いを運ぶんだ。重傷者を優先しろ。」

「…わかりました。」


自分の両頬を叩くと、血塗れで動けなくなっている魔法使いに駆け寄る。


転移魔法は、魔力の消費が激しいうえに、ごく一部の魔法使いしか使えない高度な魔法だ。まだ訓練中である自分が今、運べるのは1名ずつ、往復することを考えるとせいぜい3名程度が限界だろう。

バイロンにそれを伝えると転移魔法を展開した。


「…はぁ、ッハ…、」


指示に従い、魔法使いを順番に転移させていく。


やがて僕は魔力が尽き、治療院で膝をついた。

治療院の魔法使い達が何か叫びながら駆け寄って来るが、意識が朦朧として聞き取れない。


「シェ、リー…、」


どうしようもない無力感に苛まれながら、僕はそのまま意識を失った。







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