1覚醒と青年
ふわり、ふわりと優しく頭を撫でられる感覚に、意識が浮上する。
重い瞼をゆっくりと上げると、目の前のプラチナブロンドの髪の青年は、その髪とは対照的な黒い瞳をふにゃりと蕩けさせた。
「目が覚めましたか?」
返事をしたいのに、襲い来る睡魔に抗うことができず、再び瞼が下がっていく。
「ゆっくり休んでくださいね」
その優しい声掛けに、私の意識は溶けていった。
(あれ、ここは………?)
次に目が覚めたとき、先程の青年はいなかった。
いや、もしかすると都合の良い夢だったのかもしれない。
そう考えながらふと立ち上がると、とてつもない違和感を感じた。
(あれ、なんか、目線低くない?)
目の前には机の脚らしきものが見えるが、机の上は見えない。机を見上げると、普段見ることがない机の天板の裏側が見えた。
何故こんなことに。もしかして、急激に縮んでしまったのかも?
そう思い、ふと周りを見渡すと、僅かに空いたカーテンから窓の外が見えた。外は日が落ちており暗く、どうやら今は夜のようだ。
窓ガラスに歩いて近づいていくと、ふわふわもこもこの可愛らしい魔獣が目に入った。
まあなんて可愛らしいの、と手を伸ばして、ガラスの硬い感触に首を傾げた。
(え?…え??あれ???)
ペタペタと自分の顔を触り、呆然とする。
目の前のガラスに映るのは、犬のような顔、兎のような耳と体にふさふさの尻尾がついた、白くてふわふわもこもこの可愛らしい魔獣だった。その魔獣は、私と同じく仁王立ちすると、頬を両手で覆って驚いている。
(ま…、魔獣になってる!!?)
驚くと共に、先程から感じていた違和感の正体に気が付いた。
よくよく考えてみると、自分で“歩いている”ときも4足歩行だったような。
(まさか、こんな………こんな、可愛いだなんて!!!)
私の好みの生き物の全てを詰め込んだようなフォルムに、自画自賛が止まらない。
こんなに可愛い生き物がいるのか、とガラスに映る自分の姿に惚れ惚れしていると、カチャリとドアが開く音がした。
振り向くと、そっと音を立てないように扉が開き、先程まで夢かもしれないと思っていた美しい青年がこちらを見下ろしていた。
「目が覚めたんですね。体調はどうですか?動いて平気なのですか?」
「………」
「…あまり良くなさそうですね」
声帯があまり発達していないのか、きゅ、キュウとしか話せない。
だがこの青年には言いたいことが分かるようで、そっと傍にしゃがみ込み目尻を下げると、優しく背中を撫でてくれた。
「抱き上げても良いですか?」
返事の代わりにその瞳をじっと見つめると、恐る恐る両手で抱き上げられた。
私の身体は小さく、軽い。片手でも十分持ち上げられるのに、両手で大切に、包み込むように抱き上げたその仕草で、この人はきっと悪い人ではないだろうと思った。
「まだ魔力が足りず、安定していないようです。無理せずゆっくり休んでくださいね。」
先程まで私が寝ていたらしい魔獣用のベッドにそっと下ろされ、頭から背中を撫でられる。
その優しさに微睡みながら、ふと、疑問を抱いた。
(あれ、私…どうして“魔獣になった”と思ったのかしら…?)
私は、以前、魔獣ではなかった?
そんなことを考えながら、再び深い眠りについた。
「……シェリー」
意識が落ちる直前、誰かを呼ぶ青年の呟きが聞こえた気がした。