そのニ
ねぇ、あの噂知ってる?
どの噂の事?
あれだよ、あれ その日記を書くと…
【恋日記】
僕には好きな人がいる。
いつから好きになったのか分からないけど気がついたら彼女の笑顔に心を奪われていた。
同じ学年だけど違うクラスで部活も違うから全く接点の無い僕は遠くから彼女を見つめることしか出来ない。
彼女は吹奏楽部で僕には楽器の名前は分からないけれど大きな楽器を抱えていつも頑張って演奏している。
成績の方も優秀な彼女は学年でいつも10番以内に入るくらいの人で僕にはあまりにも遠すぎる存在だ。
友達の多さも同性異性関わらずすごい人数いるので話しかける勇気があってもなくても話ができるような相手ではない。
そうやっていつもいじけて悔やんで彼女を眺めるだけのそんな日々がずっと続いていた。
あの噂を聞くまでは…
その日は急な雨に降られてしまい、屋根のある所で信号待ちをしている時だった。
「今日雨が降るなんて予報はあんまりあてにならないな。」
そんな風にボヤいているそばで女子高生くらいだろうか、傘をさして信号を待っている2人が話している声が聞こえてきた。
「ねぇ、恋が叶う日記の噂知ってる?」
「あれでしょ、この近くの古本屋にある恋愛小説欄のか行の1番後ろに真っ青な表紙で題名も何も書かれてない本でしょ。」
「そうそう、その本の1ページ目に自分のことを書いた後その裏には何も書かずに次のページから好きな人のことについて書いたら書いた通りの事が起きるってやつ。」
「書く内容もなんでもいい訳じゃなくて恋に関することじゃないとなんにも起きないけどお話したいとか手を繋ぎたいとかデートしたいとか書くとその通りになるんだって。」
「本当にそんなものあるのかなー。あっ、信号変わったよ、行こう。」
「うん。」
噂話をしながら去っていた後、僕はいつの間にか屋根のあるところから出てきてしまい雨に打たれていたが今の話に心奪われ少しの間放心状態になっていた。
気がつくと古本屋に向かっていた僕。
「彼女達の言っていた古本屋ってここだよな?」
そこでは昔ながらの本屋といった感じでお客さんはたまたまなのか普段からなのか分からないが全く姿が見えなかった。
店主は椅子に座ってじっくり本を読んでいる。
カウンターの上には次に読むであろう本が積まれていたのでお客さんの事を気にしない自由な店主のようだ。
僕は彼女達が噂していた恋愛小説の中のか行の1番後ろを探す。
一瞬見間違いかと思ったがそこには真っ青な背表紙の本が並んでいた。
その本を手に取ると題名も何も書いておらずパラッとめくった感じ中身も特に何も書かれていなかった。
僕は本を手に取り店主に声をかける。
「すみません、この本をください。」
そういいがら手に持った本をカウンターの上に置くと店主はその本を見た途端に嫌そうな目を向けてきた。
「あんた、これどこにあった?」
「恋愛小説の棚にあったんですけど…」
訝しげな目をしながらこちらを見つめる店主は本を僕に渡しながら話をする。
「何度もこの本を見かけるけど買う人はいつも同じ事を言うのさ。その本を見てご覧、どこにも値札が無いだろう?その本は市販のものではないのさ。それでも気がつくとこの本屋に置いてあって誰かが買おうとする。それはうちの商品じゃないよ。勝手に持っていきな。」
そう言われ僕は店主にお辞儀し、背を向けてお店から出ていく。
去り際に店主が小さく呟いた。
「その本にとりつかれないようにね。」
僕は何も聞かなかったことにして家路についた。
帰ってきた僕は一目散に部屋に篭もりその本を確認する。
本屋で1度簡単にめくって見たが今度はしっかり1ページずつ見てみる。
何となく最後からめくり1番最初のページに来た時に何か書かれていることに気がついた。
それは消しゴムで消されたようで薄くなっており何が書かれているのかはっきりと分からなかった。
かろうじて読み取れそうなのは右下に書いてあった木という文字だった。
もしかしたら以前にこの日記を使っていたの名前かもしれない。
そう思いながら僕は噂通りに最初のページに自分の事を書くため、消しゴムでかすれている文字を消す。
しかし何度消しゴムを使っても消えることなく魔法でもかかったかのように文字がそこに残っている。
消すことを諦めた僕はそのページを破ることにした。
噂では最初のページという事だったので1枚目を破れば次のページが1枚目になる。
そう勝手に判断し定規を使いなるべく丁寧に手で破っていく。
綺麗に破けたそのページを僕は机の上の小さなゴミ箱へ捨てる。
新しく1ページ目となったその紙に自分の事を書いていく。
まずは名前を次に生年月日、身長体重、性別、出身、学校の事などなるべく細かく書いていった。
1ページ目がかなり埋まったのでその裏側には何も書かずに2枚目に彼女の事を書いていく。
僕の知っている限りの情報なのでそこまで詳しくはないがある程度の情報は埋められた。
ページの半分くらい埋まり次に書くのは彼女としたいことだった。
いきなり大胆な事を書く勇気などない僕は明日の日付を書き僕と会話をすると一言書いた。
それ以上何も書けない僕はそのまま固まっていたが両親のご飯に呼ぶ声に現実に戻され本を閉じ引き出しの鍵がかかる1番上の所にしまう。
その後はあの本が本物なのかドキドキしながら過ごしていたため何をしていたかあまり記憶が無い。
次の日になりぼんやりしながら学校へ行く準備をしているとニュースが流れていた。
本の効果で頭がいっぱいの僕はそのニュースを聞き取れないまま学校へ向かった。
『次のニュースです。昨晩救急搬送された少女が今朝未明に亡くなられた事が分かりました。その方の名前は木下…』
いつも通り学校へ通う僕は終わりの時間になっても何も起きない事に残念なような安心したような複雑な気持ちになりながら帰る準備をしていた。
やっぱり噂は噂でしかないんだなと思いながら教室を出る僕に突然誰かがぶつかってきた。
「いたた、ぶつかってごめんね。急いでたんだ。」
そう言う相手の顔を確認すると僕の好きな人が目の前にいた。
僕は上手く言葉を出せなかったが何とか声を発した。
「あ、えっと僕は大丈夫です。君…の方…は大丈夫ですか?」
しどろもどろになりながら何とか会話する僕に彼女は笑顔を向けてすぐに立ち上がり大丈夫と言ってすぐにかけて行った。
僕は倒れたまま彼女の後ろ姿を眺めていた。
学校から帰ってきた僕は一目散に部屋に戻り引き出しの鍵を開け本を取り出した。
「すごい、この本は本物だ!」
興奮冷めやらない僕は昨日書いた内容を確認する。
僕と会話すると書かれていたページはなぜだか文字が霞んでいるようだった。
恐らく書いた内容がちゃんと起きると霞んでしまうのだろう。
なぜそうなるのかは分からないがこの本の効力自体不思議なものだ。
何が起こっても不思議では無いのだ。
僕は次のページに明日起こしたい事を書く。
明日はもっと大胆に行こうと決めた僕は明日の日付と一緒にお昼ご飯を食べると書いた。
その後はいつもと同じような生活をして就寝につく。
明日のことを考えてドキドキしてなかなか眠れなかったが気がつくと眠っていた僕は目を覚ますと朝になっていた。
いつも通り母親からのお弁当を手に取り学校へ向かう僕はかなり浮かれていた。
その日の午前中の授業は全く頭に入ってこずに気がつくとお昼になっていた。
ドキドキしながらいつものように校舎の影の涼しい場所に腰を下ろしお弁当を広げているとかけてくる足音が聞こえてきた。
「あれ、こんなところに人がいたんだって君は昨日の私がぶつかった…」
「あっ、はい。僕はいつもここでご飯食べてるんですけど。」
「そうなんだ、私は今日お弁当忘れてダッシュでご飯買ってきたんだけど友達はもうご飯食べちゃったみたいでどうしようかなと思ってたんだけど、一緒してもいいかな?」
「えっと、どうぞ。」
「ありがとう、君のお弁当美味しそうだね。その卵焼きなんて特に。」
「母にいつも作って貰っててどれも自慢の1品です。卵焼き食べますか?」
「えっいいのー、じゃあ代わりにこのお弁当についてる梅干しあげるね。うーん卵焼き美味しい。」
「それって自分が梅干し嫌いなだけでは?」
「あ、バレた?」
そんな風に他愛もない会話を楽しくしながらご飯を一緒に食べている時間は幸せだった。
家に帰ってきた僕はまた次の日の事を日記として書く。
僕と手を繋ぐ。
その日はまた急いでいた彼女を今度はぶつかりながらも手を取り倒れる前に引き上げられた。
「あー、ごめんね。ありがとう。っていうか君って結構手が大きいんだね。」
そんな風に言って去っていく彼女にドキドキしている僕。
また次には僕とデートすると書いた。
その日は休日だっのでふらっと外に出て歩いているといきなり誰かがぶつかってきた。
「あ、ごめんなさい。ってこんなところで君と出会うなんてね。今日は倒れるの止めてくれなかったね。」
「いきなり後ろからぶつかられたら無理だよ。」
笑顔の彼女を僕は手を差し出して引き上げた。
「そうだ、君って今暇かな?実は友達と遊ぶ約束だったんだけど急に体調崩しちゃったみたいで何もすることなくて何しようかなって思ってたところなんだ。」
「僕はいつも暇だよ。」
「やったーじゃあ映画見に行こう。見たいやつがあったんだ。」
そう言って僕の手を引いて映画館に連れて行ってくれた。
映画を見て解散したけどそのデートは僕の人生で最高の時間だった。
その後日記は大胆なことは書かずに話したり一緒に買い物だったりゲームしたりと書いていき数日たったある日、僕は日記に僕と付き合うと書いた。
「僕とお付き合いしてください。」
人気のないところに彼女を呼び出し必死に勇気を出した告白を彼女は笑顔で答えてくれた。
「私も君のこと気になってたんだ。よろしくお願いします。」
そう言って手を取ってくれた僕は有頂天になり日記に感謝をする。
数日は日記にデートするなどいつもとあまり変わらないことを書いていたがその日は突然訪れた。
「今日のお弁当は自信作なんだよ、ねぇみ…」
言葉の途中に急に止まりお弁当を落としてしまった彼女。
何が起きたのか分からず僕が声をかけると彼女は焦る。
「えっ、一体今の状況って何が…ごめんね、お弁当落としちゃった。君の貰ってもいいかな?」
そう言い僕のお弁当に手を伸ばす彼女はまた途中で止まり、
「いや、これって何なの?何が起こってるの?嫌だ。」
そう言葉を残し彼女は急に学校から出ていく。
何が起こったのか理解できない僕は呆然としていた。
その日の帰り彼女の心配をしながら家路に着く僕の前にあの時に噂をしていた女子高生達がいた。
「そういえば、この前の噂なんだけどさ。」
「恋日記の話?」
「そうそう、あの日記に書かれた事は叶うには叶うらしいんだけど相手はその時の意識がはっきりとしてないんだって。」
「何それ、怖いよ。」
「それで、そのまま日記を書いて言っちゃうといつか相手の意識は日記に書かれた通りの内容に乗っ取られて自分が自分じゃなくなっちゃうらしいよ。」
「そんなの嫌だよ、それって何か出来ることないの?」
「その日記に書いたことをなかったことにすれば書いた事で起こった記憶は無くなっちゃうけど意識が乗っ取られることも無くなるんだって。」
「なかったことってどうすれば良いんだろうね?」
「さあね、使わないのが1番だよ、あっそれと…」
彼女達はまだ噂を続けていたが僕はその言葉を最後まで聞くことなく駆け出していた。
「その日記の全部を無かったことにすると最初のページに書いた人…」
僕は家に帰ってすぐに日記を取り出す。
そしてここ最近の内容を必死で消しゴムで消していく。
しかし、消しゴムがダメなのか本の力なのか全く文字が消える様子がない。
必死に消そうとしてページはボロボロになるも全く消えない文字に苛立ちを隠せない僕。
「どうすれば!」
ドンッと机を叩くと机の上にあった小さなゴミ箱が倒れた。
そこから小さく丸まった紙が出てきた。
「この紙は…」
その時僕はこの本を最初に手に入れた時の事を思い出していた。
もしかしたら消せなくても破れるかもしれないと思い試しに最新のページを定規で丁寧に破ってみると思ったよりあっさり破れた。
そして僕は必死にページを破っていく。
と同時に彼女達の言葉を思い出す。
日記で起こったことの記憶は無くなる。
それは今までの僕が幸せを感じてた日々が全部なくなってしまう。
今までの事を思い出し少し悩む僕だったが僕が好きなのは彼女が彼女だからであって日記に意識を乗っ取られた彼女じゃないと心を落ち着かせる。
そして最初に彼女の事を書いたページを定規で丁寧に破った。
次の日、彼女は午後の授業に出ていなかったので友達に心配されていたが彼女自身もよく分からないと言った感じでいつもと変わらない元気な姿を見せていた。
それを僕は遠くから眺める。
また変わらない日々が戻ってきたのかと思う僕だったが何故か足が彼女の所に向かった。
彼女との日々を忘れられなかった僕は彼女の教室の前に来ると勇気が出ずに足が泊まってしまう。
そんな僕の前に急に誰かが駆け足でぶつかってきた。
僕は瞬時に相手の手を取り倒れないようにする。
目の前にいたのは彼女だった。
「ごめんなさい、ありがとう。えっと君は初めましてかな?」
「はい、初めまして、怪我はないですか。」
「うん、大丈夫だよ、ありがとう。今度はちゃんと掴んでくれたねって私初めての人に何を言ってるんだろう。」
その言葉を聞いた僕は勇気を出してもう一度始めてみる事にした。
「僕は原屋って言います、良かったら連絡先交換してくれませんか?」
その後勇気を出した僕は少しずつ彼女との距離を縮めている。
日記を使った時見たく何が起こるかは分からないけれど僕なりに必死になって彼女に好きになって貰えるように努力する。
そうして距離を縮めて言った僕は改めて彼女に告白しようと彼女を呼び出した。
日記に書いた時に告白した場所と同じ場所に。
ここで告白してあの時の事がなかったことになっていようとまた始められるんだという気持ちになっていた。
彼女を待っている間ふと日記の事を思い出していた。
ページを破ったあと、1番最初のページに消しゴムをかけると綺麗に全部消えていった。
最初のページだけだと効力がないからか普通の紙であるかのように白紙に戻っていった。
その後気がつくと日記は手元にはなくどこに言ったか分からなくなっていた。
あの日記を必要としている人をまたあの本屋で待っているのかと思いながら僕にはもう必要ないと彼女を待つ僕。
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同時刻
とある本屋
「これが噂の本」
「この本をください」
「またこの本かい、勝手に持っていきな」
「なんだか最初に文字が書いてある消しゴムで消しても消えないし、最初に書いてあるのは…原…屋かな?なんだかよくわかんないけど破ったらいけるかな?」
えいっ
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彼女が笑顔でこっちに向かって来る。
その笑顔を見た瞬間僕は急に胸が苦しくなり倒れてしまう。
消えゆく意識の中でふと彼女達が噂していた言葉が蘇ってきた。
微かに聞こえていたあの言葉。
その言葉の意味を理解した時には全てが遅かった。
「その日記の全部を無かったことにすると最初のページに書いた人自体が亡くなっちゃうんだって。」
ホラー要素少なめな感じだと思います。
途中にニュースで出ていた木下さんはそのイチと同一人物です。
日記の1ページ目を消したはずなのに微かな文字が残っていたのは日記の力か主人公が勝手に消えたのだと勘違いしていたのか…
今回の副題
【ページを破ると】