闇に呑まれしもの 3
闇に呑まれしもの 3
「なんですか、姫っ これは海外のゾンビーみたいな奴ですか 」
「いえ ゾンビーではありません おぞましい事ですがこれは死体の皮の中に潜んでいる魍魎が動かしているのです 」
「皮の中に? 」
「ええ まるで着ぐるみを着るように…… 」
タダユキは絶句した。酷すぎる、この会社員の家族や友人が見たらどんな気持ちになると思うんだ。タダユキは恐怖より怒りの感情に支配される。頭の中が怒りで沸騰し、再び木の棒を叩き込もうとしていた。それを青姫が後ろから抱きかかえタダユキの動きを止める。それでもタダユキは木の棒を振り回し暴れていたが、しばらくすると力が抜けたように、芝生の上に座り込んだ。
「君はもうそんな事をしてはいけない 心が闇に堕ちれば、君も魍魎に取り付かれてしまいます 」
それが狙いなのかと、ふと青姫は思った。だとしたら……。青姫は嫌な予感を拭えなかったが、今はこの目の前の敵を倒すことに集中する。
この魍魎自体の力はそれほどでもない。青姫は連続で会社員の姿をした魍魎に拳や蹴りを叩き込む。そして、クロもその鋭い爪で敵の腹部を切り裂いた。
・・・今だっ ・・・
青姫は足を高く上げると、会社員の頭に踵を落とす。
「おごおぉっ 」
会社員はおかしな声をあげると地面に崩れ落ちた。その両足はぐちゃぐちゃに折れ曲がり潰れている。もはや攻撃する事はもちろん、歩行する事も不可能であると思われたが、青姫は間髪を入れず印契を結び真言を唱える。
「オン・アボキャ・ベイロンシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン 」
会社員の姿をした魍魎はしばらく苦しんでいたが、やがて動かなくなり煙と共に消えていった。
青姫は座り込んでいるタダユキに手を貸して立ち上がらせると、二人で並んでベンチに腰掛けた。クロはタダユキの膝に乗ろうとしたが、元気のないタダユキに遠慮して青姫の膝の上に乗り丸くなる。
「今の魍魎はいったい何ですか? 」
「おそらく、さっき言ったように殺した人間の皮だけ残して中身を喰い尽くし、その抜け殻の皮に”ぶるぶる”のような幽体の魍魎が入り込んだのでしょうね 」
「悪趣味、極まりないですね 」
タダユキはさっきの怒りがまだ収まらないようで憤慨していた。そして、あの会社員の知り合いが通らなくて良かったと呟く。新聞やニュースよると、あの会社員は上司や同僚にも人望があったようですからね。それが、あんな姿で……。タダユキは大きくため息をつく。
「この街は一体どうなってしまったのでしょうね 今まで平穏に暮らしていたのに…… 」
「ごめんなさい 君を巻き込んでしまったのは私です…… 」
青姫は顔を伏せ、申し訳なさそうにタダユキに謝罪する。
「あっ いえっ 姫のこと言っているんじゃなくて…… 」
タダユキは青姫の目を見つめると続けた。
「姫には感謝しています だって、何も知らなかったら行方不明になっていたのは僕だったかもしれないですし…… 」
青姫が小さく、ありがとうと呟いた。と、青姫の膝に乗っていたクロが、とんと芝生の上に降りる。そして、先ほどと同じように公園の桜の木を見つめていた。
タダユキと青姫も何気なく桜の木を見る。そこにはまた一つの人影があった。その人影はふらふらとこちらに近付いてくる。やはり、その歩き方は人間のものとは思えなかったが、クロはなぜか戸惑ったように魍魎化しなかった。
「君っ 君は早くここから離れてアパートに行ってください!! 」
青ざめた顔で青姫がタダユキに大声で指示を出す。
「えっ でも…… 」
「いいから早くっ!! 私もあとから必ず行きますから、お願いっ!! 」
青姫の言葉の最後は絶叫になっていた。タダユキは、分かりましたと答え走り出そうとしたが、そんなに強力な魍魎なのだろうかとチラリと振り返る。
「えっ? 」
近付いてくる人影は、赤い襟のセーラー服を着ていた。まだ、暗くて顔は見えない。タダユキは心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。
「だめっ!! 早く行ってっ!! 」
青姫が叫ぶが、タダユキの耳には入らなかった。そして、街灯の灯りでふらふらと近付いてくる人影の顔が照らされる。
「朱…… 姫…… さん…… 」
タダユキの心の中で何か崩れる音がした。
「うわあぁぁぁーーーーーーーっ!!!! 」
タダユキは絶叫する。
「嘘だ 嘘だ 嘘だ 嘘だあぁぁーーーっ 」
タダユキは絶叫したまま自分の首を絞めていた。僕のせいだ。朱姫さんがあんな姿になったのは僕のせいだ。僕が朱姫さんを殺した……。タダユキは涙を流し天を仰ぎながら自分の首を締めている。
そのタダユキを止めようと魍魎化したクロが体当たりした。そして、芝生の上に倒れたタダユキに青姫が当て身をあて気絶させる。
「ごめんなさい こうなったら、君はそこで横になっていて下さい 」
青姫は近付いて来る、朱姫の姿をしたものに目を向けた。朱姫の姿をしたものは青姫とクロを見つめると、首をかしげてニコリと笑った。
青姫の嫌な予感が的中した。
「朱姫…… 」
青姫が想像した中で最悪の展開だった……。
了
お読みくださり有難うございます。
第三部、終了となります。
続きは書く予定ですのでお待ち下さると幸いです。
よろしくお願い致します。
有難うございました、