闇に呑まれしもの 2
闇に呑まれしもの 2
仕事帰り、駅の西口を出たタダユキはアパートに向い住宅街の中を歩いていた。電車の中でうっかり寝てしまい危うく駅を乗り過ごすところだったタダユキは、今日は疲れたなと歩きながら伸びをする。そして、いつも帰りに寄る公園に足を運んだ。公園への石段を上がってベンチの方を向くと、普段は誰もいないベンチに先客が座っている。
・・・あれ こんな時間に人が居るなんて珍しいな ・・・
他にもベンチがあるのに隣に座るのも気が引ける。でもいつものベンチに座りたいという欲求もあった。さりげなく近付くと女性のようだった。
・・・えっ セーラー服? ・・・
不味い早く立ち去らないとこの女性に怪しい不審者だと思われるぞ、タダユキは顔を逸らし足早に立ち去ろうとした。
「君、こんなに帰り遅いんだね 」
聞き覚えのある声に振り向くと、ベンチに座っていたのは青姫だった。しかも、青姫の膝の上にはクロが丸くなってごろごろと喉を鳴らしている。クロはすっかり青姫に懐いたようで、今度はごろんとお腹を見せて、なでなでしてくれとせがんでいるようだ。青姫もクロのお腹を嬉しそうに撫で始めた。
「お仕事、お疲れ様 こうしていると、この黒猫が恐ろしい猫魈だとはとても思えないね 」
確かにとタダユキは思いながら青姫の隣に腰を下ろす。クロはタダユキの方に顔を向けると、今日はこっちに居ると目で訴えた。よほど青姫の膝の上が心地良いようだ。タダユキは苦笑した。
「今日はどうしたんですか? 」
「夜も見回っているんですよ この公園に来たら、たまたまこの黒猫が出てきたので少し休んで遊んでいたら君が来たんです 」
「そうですか クロが出てきて膝に乗るなんて凄いですよ 姫も相当クロに好かれていると思います 」
「嬉しいですけど、この黒猫が魍魎かと思うと複雑ですね 」
青姫は嬉しいような困ったような顔をする。その時、青姫の膝の上でくつろいでいたクロがピクッと耳を立て公園の桜の木の方を見つめる。そして、小さくシャーッと唸り始めた。青姫とタダユキもクロの見ている方角を見ると、桜の木の横を歩く人がいた。
・・・こんな時間に人か 今日は色々珍しいな ・・・
タダユキはその人物を目で追っていた。スーツを着た会社員風の男性がふらふら歩いている。酔っ払っているのか、絡まれると嫌だな、そう思いながらタダユキはあれっと思った。ただの酔っ払いだったらクロが警戒するわけがない。横を見ると青姫も厳しい目でその男性を見ていた。
男性はふらふらとこちらに近付いて来る。公園の街灯に照らされた男性の顔を見たタダユキはギョッとした。
「姫っ あの人、先日行方不明になった会社員です ニュースの写真と同じ顔です 」
青姫もベンチから立ち上がり、さらに厳しい目で男性を見る。
「君 離れて隠れていて下さい 」
青姫が静かにタダユキに言い、手を上げ足を広げ戦闘態勢をとる。クロも尻尾が三本になり口が裂け巨大化している。タダユキは事態を把握できていなかったが、邪魔になるのは不味いと思い公園のロケット型遊具の陰に急いで身を潜めた。
ふらふらと歩いてきた会社員は青姫とクロの前で足を止めると、首をかしげてニヤッと笑う。背筋がぞっとするような不気味な笑顔だった。
「貴方は何者ですか? 」
青姫が会社員に問うと、会社員は答えの代わりに飛び掛ってきた。それまでのふらふらした動きとはまるで別人の素早い動きだったが、青姫も油断していない。その会社員の攻撃をあっさりとかわした。
「問答無用ですか それなら 」
今度は青姫が会社員に向かって飛び出し、顔面にパンチを打つと見せかけて腰を落とすと水面蹴りを放つ。会社員は足を払われて、どぅっと芝生の上に倒れた。そこへ青姫が飛び乗り会社員の両腕を足で踏みつけ押さえ込み、拳を握る。そして、そのまま会社員の顔面に正拳を叩き込んだ。
ぐしゃっ
嫌な音が響く。青姫の拳が会社員の顔面の中に減り込んでいた。青姫は青ざめ後ろに飛び退くと自分の拳を見つめた。
・・・手応えがない ・・・
膨らんだ紙袋を殴ったような感覚だった。会社員は顔面がポッカリと陥没しままま起き上がり再び青姫に襲い掛かる。
「ぐぎゃーーっ 」
そこへクロが飛びつき、会社員の左腕を咥えるとそのままぐるぐると振り回し空中に放り投げる。会社員は空中高く舞い上がり、そこから落下し公園の芝生の上に頭から叩きつけられた。また、ぐしゃっと云う嫌な音がした。地面に叩きつけられた会社員の首が変な方向に曲がっている。だが、その会社員は顔面に大きな穴が開き、首が折れ曲がったまま、何事もないように起き上がり青姫に迫ってきた。
その時、青姫とクロに加勢しようと会社員の後ろに忍んで来ていたタダユキが持っていた木の棒を後頭部に叩き込む。しかし、会社員はそれでも歩みを止めなかった。後ろのタダユキには目もくれず、青姫に向かっていく。
・・・不死身なのか? ・・・
タダユキはこの会社員の姿をした魍魎にぞわぞわした恐怖を感じた。