闇に呑まれしもの 1
ブラックイット第三部です。
二部からの続きとなります、
楽しんで頂ければ幸いです。
闇に呑まれしもの 1
深夜の住宅街の路上を、何かが引き摺られていく。
ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ
引き摺られていたものから何かが零れ路上に取り残された。
街灯に照らしだされたそれは、白いトートバックだった。
引き摺られていたものは、そのまま闇の中に吸い込まれるように消えていった。
* * *
発見されたバックの中身から、行方不明になったのはパートタイマーのМТさんと判明する。このところ頻発している行方不明事件は警察も頭を悩ませていた。今回も事件、事故の両面から捜査しているが、今の所手掛かりを得ることは出来ていなかった。
同居している妹が、姉には失踪する理由なんかありませんと泣きながら証言した。
彼女もまた、何の理由もなしにこの世から姿を消した。
* * *
日曜日の午後、いつもの公園でタダユキはベンチに座り人を待っていた。しばらくして待ち合わせ時間の五分前に公園の入り口にその人物が現れた。白いブラウスに薄いブルーのふわりとしたロングスカート。初めて会った時と同じ服装だった。彼女は真っ直ぐタダユキに向かって来ると、手を上げた。タダユキもニコリと微笑みかける。
「姫 また行方不明者がでました 」
タダユキが隣に腰を下ろした彼女に言う。言われた彼女は照れたように手を振った。
「今は昼間で普通の服装なので”卯月”でいいですよ 」
そう言いながら卯月はタダユキに笑いかけた。
「卯月さん? それは姫のお名前ですか? 」
「ええ 私は神宮寺卯月と云います 」
「それじゃ前に言ってた”澪”さんと云うのは? 」
卯月は彼になら言っても問題ないだろうと考え口を開く。
「澪は朱姫の名前です 神来社澪 これが朱姫の本名です 」
「そうなんですね 」
タダユキは朱姫の事を思い出す度に胸が苦しくなる。隣にいる卯月は気にしないでと言ってくれているが、どうしても気にせずにはいられなかった。せめて自分が送っていればと後悔ばかりが沸き上がる。
あの百々目鬼という魍魎との戦いから一週間が過ぎていた。依然として朱姫の行方は不明である。相変わらず行方不明者が出ている事から、まだ魍魎がこの街に潜んでいるのは間違いなかった。
「ちょっと気になってる事があるのですが…… 」
タダユキは訊いていいだろうかと迷った挙句口に出した。
「あの…… どうして戦うときはセーラー服なのですか? 」
身構えて聞いていた卯月はガクッと力が抜けたように息を漏らす。
「別に意味はないです 朱姫が…… 澪がこれで揃えようと言うから 多分、澪が好きなアニメの影響だと思います 」
卯月は少し淋しそうに答える。タダユキはこんなどうでもいい質問にも真面目に答える卯月に対して申し訳ない気持ちになった。そこで本題に戻る。
「それで さっき言ったようにまた行方不明者が出たんですよ 今度は三十代の女性です 」
卯月は自分でも少し調べてみました、と前置きしてノートを開く。そして、タダユキにこの街は遥か昔処刑場だったと言う。その処刑場跡が近年になって整備され住宅街に生まれ変わったのがこの街だった。こういう土地だと魍魎が集まりやすいのに加えて、何者かが意図的に集めているのではないか、というのが卯月の考えだった。
「何者か…… それは人間ですか? 」
「いえ 人間かも知れないし、そうでないかも知れません 」
卯月はまだ断定は出来ないと慎重に答える。とにかく情報が足りなかった。行方不明になった人の共通点も見つからない。時間や場所も、この街の中という以外まちまちだ。
カアァーーッ
頭上でカラスが鳴いた。見上げると電線にカラスが三羽止まっている。ぐるっと見回すと他にも電柱や屋根の上など多数のカラスが確認できた。以前、ごみの集積所がカラスに荒らされごみが散乱する事が多かった為、スチール製の頑丈なごみ集積ボックスが設置されてから見かける事が少なくなってきていたが、このところまた増えてきたようだ。何か原因があるのか?
タダユキは、そういえばクロが捕食していたのもカラスのようだったが関連があるのだろうかと考えてみたが答えは見つからず不可解なことが増えただけだった。
「このところ、昼夜とこの公園を中心に歩き回ってみたのですが、魍魎や怪異には出会いませんでした その行方不明者が出た時にちょうど出くわせば助けられたかもしれないのに残念です 」
卯月は悔しそうに言うが、それは仕方ないとタダユキは思う。小さい街だが、卯月一人でカバー出来るとはとても思えない。それより、またどうでもいい事だが気になった事があった。
「あの 昼夜と言っていましたが学校には通われていないんですか? 」
「えっ、ああ…… 君は私をいくつだと思っているんですか? 」
「あの…… セーラー服を着ていらしたので高校生なのかなと…… 」
卯月はまた力が抜けたようにがっくりと肩を落とす。
「もう、だからあの時、澪に言ったのに…… 私はもう立派に成人ですよ 」
タダユキは卯月の言葉に衝撃を受けた。高校生かと思っていました。だってセーラー服が似合っていましたよと言いたかったが自制する。
「失礼しました あの…… それでは朱姫さんも? 」
「澪も私と同い年です 」
またもタダユキは衝撃を受けた。二人とも自分と変わらない年だったのか。でもそれなら仕事は?……。もう、ついでに訊いてしまえとタダユキは口を開いた。
「じゃあ お仕事があるんじゃないですか 大変ですよね 」
すると卯月は申し訳なさそうな顔でタダユキを見つめた。
「私も澪も魍魎討伐者がお仕事です 沢山の方のお布施の中からお給料は頂いているんです ごめんなさい 税金で悠々と暮らしている一部の人みたいですね 」
「とんでもない 卯月さんたちが、どれほど危険な仕事をしているのか知っていますから 」
タダユキは恐縮する卯月に対して自分の方が申し訳ない気持ちだった。何も知らず悠々と生活していたのは自分の方だ。クロや朱姫に出会っていなければ何も知らず過ごしていただろう。でも、知ってしまった今は前にも言ったように少しでも協力したかった。
「本当は知らない方がいいんです 私たちの事も、魍魎の事も…… 知らないで平穏に暮らしていくのが一番です ごめんなさい、君をこちらの世界に入れてしまったのは私です…… 」
卯月はタダユキに頭を下げる。タダユキはその悲しそうな卯月を見ると何も言えなかった。この人たちは誰にも知られず戦って消えていくのか、朱姫さんのように……。タダユキが空を仰ぐと広がる青空にかすかにかかる薄い雲が見える。彼女たちにはその薄い雲に似た儚さを感じた。
この日は二人で今後の対策について考えたが妙案は浮かばなかった。それでは、また後日と言い卯月は立ち上がる。そして、タダユキに手を振り歩き出したが途中で振り返り戻ってきた。
「図らずも君を巻き込んでしまいました もし緊急時、私に連絡がつかなかった場合は、ここに連絡して下さい 」
そう言って卯月はタダユキにメモを渡し、絶対一人で無茶しないようにと念を押した。卯月の後姿を見送りながらタダユキは、でも僕には朱姫さんを見つける責任がある、それに僕は一人じゃないクロがいる、と決意を新たにした。