隠扉:空港の最深部
結界に封じられた空港の『地図にさえ乗っていないドア』の先には、フリフリメイド服を着飾った魔法人形と、その主人である黒髪の人形師がいた。
長い階段と狭い通路を進んだ先には、ここが地下とは到底思えないほどに広く、高さもある空間が広がっていた。だが、照明は最低限で薄暗い。どうやら簡易的な研究施設らしく、パソコンやそれに繋がるケーブル類が並んでいる。
そして、部屋の中央には円柱状の人が潜れるほどの大きさの水槽らしきものがあり、そこには――。
「って、うげええッ!? な、なんじゃこりゃ……」
「気味が悪いですね。脳ミソ……のようですが」
しかし、リリアの言う通りどこからどう見ても『脳ミソ』としか言えない代物ではあるものの、その大きさは人間の脳の何百倍にもなるだろう。あの水槽の大きさでは元の形状を維持するための空間すらなく、限られたスペースでパンパンになり元の形が崩れてしまっている。
水槽の下部には白い張り紙へご丁寧に《培養脳-002 レイウェル・リープソン》と書かれている。
水槽の外周にぐるっと取り付けられた机には、一冊の本が乱雑に置いてあった。
しばらく触れられてもいなかったのか、少しホコリの被っているその本を開き、軽く目を通してみるが……やはり研究者用の物なのだろうか。そういった分野に精通していないと理解できないような、図解交じりではあるものの、それでも小難しい――そんな内容が続いていた。
辛うじて意味の分かる場所を読んでみると、こう書いてあった。
『概要:レイウェル・リープソンの脳を培養し、巨大化させて『魔力的地脈』と接続することで、彼の得意魔法であった「結界の生成」を、硬度や範囲を大幅に強化して生成可能とする。結界を発動しても尚余る魔力は、人工島・ローガン空港が大陸から分離した際の浮力にも応用する事とする――』
つまり、これさえ壊してしまえば空港の結界は壊すことができる。らしいのだが、同時に島ごと海の底へと沈んでしまうらしい。これでは本末転倒だ。
ここまで苦労してやってきたのに、収獲があったようでなかったような。いくら結界の仕組みが分かったところで、対処できないのなら全くもって意味がない。
「マスター、こちらにも脳ミソが」
一足先に、大広間を見て回っていたリリアがまた別の培養脳を見つける。しかし、結界を生成しているレイウェル・リープソンの脳よりは小さい。といっても、普通に人間の脳ミソと言われて想像する程度の大きさはあるのだが。
こちらも、それ相応の大きさのガラス管にぷかぷかと浮かんでいた。張り紙と、やはり研究者向けらしい本が、隣のデスクに置いてあった。
『――脳のリソースを全て魔法の行使に割くことで、各属性の魔力を獣型に束ねて召喚する「エレメント・サモン」の強化に成功した。同時召喚数は27。同時に制御できる数は783――』
「……これって、壊しちまっても問題ないんだよな?」
「わ、私に聞かれましても……」
この小さい方の脳を壊しても、空港が沈んだりといった取り返しのつかない事態になりえる記述はない。ということは――。
「こいつのおかげでここまで辿りつくのも一苦労だったんだ、せめてもの仕返しだクソおおおおおおおおおおおおッ!!」
人形師、新井一輝は自身の魔力から紫色の刃を生み出すと、問答無用、躊躇うことなくそれを一振り。
――バキバキバキバキバリイイイイイイイィィィィィィィィィィッ!!
ドロドロとした透明な液体と共に、空港内にカラフルな虎を出しまくっていた脳ミソがバラバラと崩れ落ちてしまう。
「ま、マスター……容赦ないですね……」
「せっかくここまで来たんだ、アレくらいは壊しとかないと本当に無駄骨で終わっちまうだろ。そんなの、納得いかないしな」
培養されていたあの脳には申し訳ないことをしてしまったが、全ては空港に湧き続ける召喚獣を止めるため(と溢れ出す私怨)である。




