17.公園の拠点《ベースキャンプ》
いつでもここを発つことができるように今か今かと準備を整えている、空港北にある公園でも、いよいよ騒乱が始まっていた。
「大丈夫、私にすべてを委ねなさあい? 他の野蛮人どもに身を任せるよりも、楽に殺してあげられるからあっ!」
甘ったるく優しい声で、誘うように。こちらに向かってくる魔法師にピンク髪の色々と豊満なその女性が、指先で軽く触れるだけで――その魔法師は、その場で白目をむいて倒れてしまう。
『快楽耽溺』……あぶないお薬でさえ満足できなくなってしまうような、途方もない快楽で触れた相手の人間性をも喪失させる。
Aランク魔法師だが、極めて正統派な戦い方のうえで純粋な破壊力で圧倒してくる某水を操るSランクよりも、ある意味で恐ろしく感じてしまう。
「だーれが野蛮人だコラ。こんな女に捕まったら最後、死んだ方がマシだと後悔するから大人しく俺に殺されろ」
「ちょっ、いくら何でもそんな言い方はひどいんじゃないかしらあ?」
流れ作業のように緑色のレーザーを景気よくギュンギュン放ちながら、金髪で全身に煌びやかなアクセサリをじゃらじゃら付けた男が棘を刺すようにあざとさ満点ピンク髪に向けて言う。
それを見かねた、見た目年齢十歳くらいのマスコット的可愛らしさを持つ紫髪のミニ講師が横槍を入れるように。
「おい貴様ら、なにイチャイチャしてんだ戦闘中だぞ??」
しかし可愛らしいのは見た目だけであった。中身はやはりというか何というか、凶暴で乱暴な魔法師のそれだ。
その小柄な体に似合わず見ているだけで不安になってしまう、黒い渦を纏ったハンマーをこれでもかと振り回しながら言う。
「このチーム、本当に変わり者だらけですね……」
「ですね。特にあの血の気の多さにはどうもついていけません。そうは思いませんか、九鬼さん?」
「あああああーーーーーッ、もう、全く同じ顔と声で同時に話しかけてくるんじゃねえ、頭おかしくなっちまうだろ!! アイツらも大概だがオマエらも分類的には変わり者だよッ!!」
影を操り、星の力を利用した槍を使って戦う彼女にとってはまさに敵なしといっても過言ではない状況ではあるのだが、全く同じ二人の人物に、右から左からと話しかけられるこの表現しがたい不快感にはどうしても抗えなかったらしい。
黄緑の長い髪も金色の目も身長も体重もスタイルも、服装から声、仕草まで。双子とかそういった次元を超えて、もはやお前たちはクローンか? と表現したくなってしまうほど。
しかし片方は魔法人形であり、もう片方は生身の人間である。そして、どっちが本物でどっちが偽物なのかなど、もう本人にすら分からないのかもしれない。もしくは、本物、偽物という定義さえ間違っているのかもしれない。
……自らの身体を改造して『魔法』を後付けしたり、他人の魔法人形を喰らって体内の魔力を極端に増幅させたりといった過去を棚に上げるつもりはない。
だが、少なくともこの場にマトモな人間なんて一人もいないのは明白だ。そもそも、例えば彼女なら『複製人形』みたいに、マトモな人間ならば学内で二つ名を付けられて呼ばれる訳がないのだ。一人(二人?)だけ健全ぶろうとしても無駄である。
これが、ベースキャンプの防衛を任されているチーム『X02』のメンバーで、なんだかんだ実力者が揃い踏みだ。よって、攻めてきた敵は例外なく一方的に返り討ちにしている。
魔法による戦いは、他と比べて実力差による影響が顕著に現れやすい。近距離と遠距離、属性による相殺などの相性も絡んでくるが、圧倒的な実力差の前では、この程度がその大きすぎる差を覆す要因にはなりえない。
故に、数十人が同時に攻めてこようがまるでゲームのポチポチレベル上げ作業感覚で蹂躙できる。
だが、それは逆に。
たった一人の手によって、戦線が一瞬にして破壊される可能性だってゼロではないことを忘れてはいけない。
しかし、人間というのはどうしても『油断』という二文字からはどう足掻いても逃れられない生き物であった。
……その瞬間。――ゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウッ!!!!
魔法師、人形師、魔法人形に研究者まで。敵味方問わず、この場所に存在する魔法に関わる全ての者の座標を基準に、無数の斬撃が現出した。
咄嗟に影へと潜り、何とか背中に浅い切り傷だけで済ませ、九死に一生を得た九鬼有栖。周りを見てみると、運悪く外を歩いていた研究者の一人が多量の血を流して倒れていた。
それだけじゃない。レーザーの雨を降らせる金髪の男に、触れるだけで快楽の海に落とす『快楽耽溺』の二人は油断が過ぎたのか、立ち上がれなくなってしまうほどの重傷を。
全く同じ見た目かつ声まで一緒の二人の影、『複製人形』は、どちらも有栖より少し深いくらいの切り傷をそれぞれ左腿、右肩に負ってしまう。
そして、見た目十歳の少女にハンマーを装備した戦闘狂のミニ講師はなんと無傷だった。この見た目とはいえ、講師としてここに立っている以上は学生なんかより場数が多いのだろう。
そして何故か、さっきまで戦っていたはずの敵までもが次々と切り刻まれ、倒れていく。
まるで地獄のような光景の中。ただ一人、死神のような黒いローブに身を包んだ、刃先が血のような赤に染め上げられ、他は漆黒に塗られた大鎌を握る銀髪の女性。
「これは『魔女狩りの鎌』。魔法世界を破滅に導くための鎌です」
落ち着いた声ながらも、耳にするだけで恐怖に包まれるような、そんな声で。
「そして、私はエイネス・リリコット。この世から魔法という概念を消すために、魔法師をやっています」




