16.紫炎と共に《合流》
――立ちふさがる魔法師や人形師らの一団。
それらが紫色の炎によって、一瞬にして焼き尽くされてしまった。
港に向かって走っていたチーム『X01』、その全員が困惑する。その中で誰も魔法を発動していなかったにもかかわらず、目の前の敵が突然見知らぬ紫炎に飲み込まれていったのだから。
ただ、チームのうちの一人。地図を確認しつつ港まで先導していた魔法師、小夜琴音はその紫に燃え上がる炎を知っていた。
「この魔法って。……もしかして、禊ちゃんなの!?」
「如何にも。だが、流石に学生たちの前でその呼び方はやめてくれ」
その声からしばらく経ち。やがて炎が止んだ先には立っていた。小さなドラゴンを連れた、黒い革ジャンに身を包む人形師――灯砥禊が。
「ううっ、いつもの癖で……。それより、こんな所にいて大丈夫なの? だって、禊さん、今じゃアメリカ中から狙われてるんじゃない?」
「そりゃダメだろうな。だが、自分が蒔いた種は、自分で片付ける。絶対に学生らを守り切ると決めたんだ、あの中でじっとしてる訳にもいかないだろう?」
いくら向こうの思惑にまんまと乗せられたにせよ。戦争の引き金を直接的に引いた責任を感じてしまっているのだろう。そのために、彼女はあの結界を壊してここから逃げ出すために単独で動いていた。
アメリカという魔法大国そのものを敵に回すような行為。二人の会話を後ろから聞いていた圭司は、もし自分だったらここまでの責任を一人で背負い、戦えるか? と思わず想像してしまう。
並大抵の人は『自分は悪くない』『向こうから仕掛けてきたんだ』……そう責任を他へとなすり付け、逃げ出しているだろう。そもそも、客観的に見ればそれは事実なのだから。
「私の独断で、ここまでの大事にしてしまった事は本当に申し訳ないと思っている」
普段の、講師としての彼女であれば見せないような。とても真剣で、どこか申し訳なさそうな表情のまま。
「みんな。どうか、力を貸してくれないだろうか。……私が勝手に起こしてしまった面倒事で、自分勝手だということは良く分かっている。だが、もう、私一人には……どうしようもない所まで来てしまったんだ……ッ!」
彼女はうつむき、大粒の涙を二つ。地面にぽとりと落としたのだった。
「……顔をあげなさい、禊。ここにいるみんなの顔をよく見るの」
小夜琴音は、その顔を両手でぐいっと強引に上げる。
そして、この場の全員がきっと同じことを思っていたのだろう。灯砥禊の少しぼやけたその瞳に映ったのは、誰もが――絶望という崖の上から手を差し伸べるかのような、そんな優しくも頼れる、そんな表情だった。
「これを見て、まだそんな顔をしてられる? らしくないのはもう終わり。戻ってきなさい、灯砥禊!」
「…………ふ、ふふ、そうだ、そうだよな。こんなの私じゃねえよな……。ありがとう、琴音。疲れすぎて参っちまってたのかもしれん」
彼女の頬を掴む両手を右手で軽く払いのけると、すっかり調子を取り戻した彼女は続けて。
「さて。あの空港に張られた結界は、私では当然、この魔法人形でさえ本気で殴っても壊れなかった。私たちの本気を知っている琴音なら分かってくれるだろうが……マトモに壊そうとするのは現実的じゃない」
だが――そう彼女は続けて。
「だが、あの結界を壊す方法に目星はついている。ほら、この街の観光名所でもあるアレだ」
「……『メーザンド・タワー』。魔法技術の黎明期、アメリカで開発された魔力砲」
やはりというか、研究者であるからか、その辺りの分野については詳しいらしく。些蜜繰亜がその名前を口にした。
高さ三百メートルの白い鉄塔に、青い管がツタのようにぐるぐると巻き付いた建造物。その鉄塔の上部には、占いのときに使うものを巨大化させたような、水色のガラス球が三本の柱によって支えられている。
今でこそ、魔法都市ボストンでも有数の観光名所となってはいるが……これは『魔力的地脈』を利用した、世界最強の魔力砲。
「アレなら、確かにあの結界なんて簡単に壊せてしまうであろう。魔力的地脈を使っているだけあって一点火力だけは一級品だ。失敗作とはいえ、『月を穿つ』為に造られたのだから」
詳しい原理の解説なんかは省きつつも、些蜜はその兵器が持つ威力を端的に説明する。
ただ、と。彼女はそう続けて。
「あまりに威力が強すぎて、中の空港ごと吹っ飛ばしかねない」
二千年台初頭に行われた『ルナレイン計画』における負の遺産。
月というのはもちろん、夜空に見えるあの月のこと。月には、地球の『魔力的地脈』と同様に、莫大な魔力が眠っているとされている。
ルナレイン計画とは、その月を壊して地球にたくさんの魔力を降らせよう、という魔法史に残るトンデモ計画の一つ。
実際に月を破壊するまでには至らなかったにせよ、月を目指して造られた、今でも世界最強の威力を冠するその一撃なら、結界ごと空港どころか、地球が半分くらい消し飛んでもおかしくはない。
しかし、一ノ瀬がふと訊いたその機能さえあれば、全て解決だったに違いない。
「その『メーザンド・タワー』、威力を調整したりはできないの?」
「汎用性度外視で造られた成れの果てがアレだからな。もしそんな機能があれば、『世界最強の魔力砲』なんて称号だけを生かした観光ビジネスなんかに流用されていないだろうに」
そりゃそうだ。世界最強の威力を持ち、そのうえ自在に威力を操れるというのなら、観光スポットなんかにされるはずがない。それこそが、世界最強ながら負の遺産と呼ばれる理由だった。
でもそれなら。圭司はこの身をもって知っている。このタワーについて話す彼女、些蜜繰亜の『覚醒魔手』と呼ばれているあの実力を。
「もしかして、些蜜さんなら、あのタワーも改造できたり……」
と言ってはみるが、彼女はまさかとんでもないと一蹴するように。
「『魔力的地脈』から取り出してから極限まで増幅した、科学分野で例えるのなら原子力といったところか。そんな力、流石のわれでも制御できるはずがなかろう。増幅前のものを段階的に強くしながら少しずつ弄れるというのならばいざ知らず」
魔力量の調整をするための機能を付けるためには、魔力の調整をする機能が必要。悪い方向へと連なっていく無限ループのようだった。だからこそ、あのタワーが持つ機能の維持を続けることしかできずに、今日まで残されてきたのだろう。
「やっぱり難しいか……。あのタワーで、些蜜さんの『分解銃』を大きくしたような物を作れたら、あの結界も壊すっていうか、分解できるんじゃないかって思ったんだけど」
彼がふと呟いたその言葉に、些蜜はハッとしたように表情を変えた。
「待て、その発想はなかった。……流石に内部を見てみないことには分からないが、確かにその考えなら。要は、構造がどうあろうと変換した魔力を二重で変換すれば……この際、最大出力にこだわる必要もないのだしな……」
と、頭の中でヤヤコシイ数式とか理論とかが飛び交っているようなイメージで、ぶつぶつと独り言を挟んだのちに、やがて彼女はこう断言する。
「『覚醒魔手』些蜜繰亜の名にかけて――この手で深紅の牢獄を分解してみせよう」
黒い右手を、ここからでもよく見える白い鉄塔『メーザンド・タワー』に向けて、最後に一言。
「世界最強の魔力砲よ、我が『覚醒』の施しを望むか?」




