6.大学の廊下《思わぬ参加者》
「なんだか急展開すぎて疲れちゃいました……」
まるで迷路のように広い学内の廊下を歩きながら、納乃がとてつもない重荷から解放されたように嘆いている。
それもそのはず、今の三十分ほどで色々と起こりすぎだ。
明らかに場違いなチームに組み込まれてしまったのもそうだし、緊急事態とはいえ明日の朝にはアメリカ行き――というのも何かデジャブを感じる。それに加えて領域魔法を持つ一ノ瀬香凜との協力関係。まだ始まってすらないのに、もういっぱいいっぱいだ。
「ですが、出発の準備もしなくてはなりませんし、疲れたからといって休んでいられません」
「あれだけのことに巻き込まれた後だってのに、少しくらい休ませてくれてもいいんだけどな……」
だが、仮に。日本に残って防衛を行うチームに移動してもよいと言われて、もしその通りにしていたら――それはそれで、果てしない後悔に苛まれていたような気がする。
直接アメリカに飛び、この手で一輝やリリア、同じ大学の二年生らを助け出す。つまり、彼にとっての日常を取り戻すチャンスをみすみす逃した自分がきっと許せなくなるだろう。
だからこそ、今は少し無理をしてでも頑張るべき時なんだと自らを奮い立たせて。
「でも、みんなを助けにいかないと。少なからず、この戦争の引き金に俺たちだって関わってるかもしれないんだし」
「……ですねっ」
「まずは、武器を些蜜さんの所へ預けに……」
他のチームでも説明が終わったのだろう。自由行動ではあるものの、各自臨戦態勢を整えるために大学内を歩き回っているせいか、さっきにも増して混雑している。
そんな中、彼らの進行方向側から聞き覚えのある声がこちらに飛んでくる。女性にしては少し低めのその声からして、おそらく彼女――。
「おっ、圭司じゃん! こんな所で会うとは奇遇だな?」
「……って、有栖!? お前、もうケガは大丈夫なのか?」
金髪ショートヘアの、見るからに気が強そうな女性――九鬼有栖。神影翼との戦いからまだ数日とはいえ、あの出来事から会っておらず、気がかりだった人物。
だが、彼女は自力で歩けないほどのケガを負っていたはず。こんな所を平然と歩いているのがまずおかしい訳で、思わず驚いてしまうのも無理はない。
「まあなっ! そりゃ痛いには痛いけど、これくらいでへばってちゃ魔法師なんてやってらんないだろ。それに、この大学もどうやらアタシを休ませてはくれないらしい。アタシの所属チームは『X02』。圭司と所属は違うが、アタシも『特別作戦X』に参加するうちの一人だ」
他チームのメンバーについては『詳しくは明日の朝までには配られる資料を参照してちょうだい』と、統括会長というお堅いイメージとは裏腹に少々投げやりな説明で進んでしまったので、聴きそびれてしまったのだろうか。
強者揃い……と聞いて戦々恐々としていたが、知り合いが一人いるだけでもどれだけ心強いことか――とも思ったが、そうじゃない。
「そんなっ、この大学って相変わらずムチャクチャですね!? 九鬼さん、今からでも帰って、無理をせずに休んでいた方が……」
納乃が、その参加者当人よりも怒った様子でいる反面――有栖は首を横に振りながら語る。
「いや、これはアタシの為でもあるんだ。最初は神影を潰すという一心だけで魔法師をやっていた。でも、いざ神影というアタシを縛り続けていた枷が外れてみて思ったんだ。……もう一度、魔法師として頑張ってみたいって」
「……ん? 別にそれとこれとは関係ないだろ。ケガが良くなるまでは大人しく休んでおけば……」
「それは無理なんだ。何しろ、あれだけ騒ぎになった事件の犯人だし、四月……二年生に上がってからなんて、一度も出席してなかったからな。そんなアタシがこれから復学する上での条件ってのが『今回の戦争に参加すること』って訳だ」
この大学の学生も被害に遭っていた『人形喰い事件』の当事者であり、単位については先月のほとんどを病室で過ごした圭司も言えた立場ではないのだが……そもそも新学期初日のランク考査さえ受けていないらしい。
それらが相まって、復学するために『条件』を提示された、ということらしい。
……というか。あまり関係のないことではあるのだが、つい聞き返してしまう。
「有栖って同じ学年だったのか」
「いや、驚く所そこじゃねえだろ。まあいいけど」
有栖にちょっと拗ねたような調子でツッコまれる。が、服装から魔法大学の生徒であろうことは知っていたものの、そういや学年すら知らなかった。
だが、まさかの同学年とは思ってもいなかったので、つい反応してしまったのだ。
「ああ、アタシはこれから行かなくちゃならない場所があるからこれで。何の用だか知らないが、統括会長サマ直々のお呼び出しらしい」
「統括会長? ああ、一ノ瀬さんか」
「一ノ瀬さん、か。……まあいい。んじゃ」
有栖がよく分からない所に引っかかりを覚えていたのが少し気がかりだが……それにしても、身体面はともかく、精神面では元気が戻ったようで何よりだ。
何せ、あれだけのことがあった。彼女にとっては精神的な面でもダメージが大きかったはず。あの日から脳裏にこびりついていた心配事が一つ、さっぱり取れたような気がした。




