開幕:魔法の未来を担う「戦争」を
先進的な大学が多く立ち並ぶ影響で、アメリカでも有数の魔法都市となったボストン。その海沿いにある空港の建物内は、血と魔法、そして互いに飛び交う殺意によって包まれていた。
「日本と肩を並べるほどの魔法大国、アメリカの魔法師ってのはその程度かあ? ふんっ、私の可愛い学生たちに手を出しておいて、まさかタダで済むなんて思っちゃあいねえだろうな?」
黒い革ジャンを纏ったその女性は、百人も超える学生たちを背後に守るような形で、前方の敵――魔法師らの一団に向けてそう言い放つ。
そんな彼女の隣には、小さいながらも力強く羽ばたき、その突き刺すような鋭い瞳で敵を睨みつける黒いドラゴン型の魔法人形の姿があった。
灯砥禊。背後に守る、魔法大学のクラスである『二年・人形師科・下位クラス』の主講師。いわば、担任の先生を務めている。
対するは、十数人で構成されたアメリカの魔法師集団。魔法師の一団にしてはかなり大人数の部類だが、それでも尚、その人数差をものともせずに、たった一人と一体で耐え凌いでいる。
それどころか、ボロボロなのはむしろ人数差によって圧倒的優位に立つはずの相手側だった。立っている魔法師はまだ十数人だが、周囲にはその倍以上の倒れる魔法師がごろごろと転がり落ちていた。気絶しているのか、もしくは――。
もちろん、たった一人の人形師と魔法人形にこの惨状を突きつけられれば、相手からすればまさに悪夢のような光景だろうが……後ろに守られている側であるはずの学生たちでさえ、その圧倒的すぎる戦いを前に思わず身震いしてしまう。
とはいえ、このような結果になるのも当然か。確かに今は講師として学生たちに教える側の立場であるが、かつては彼女も一線級の人形師だった。その実力は今でも衰えてはいない。
「戦争だか何だか知らないが。私の逆鱗に触れたこと、地獄の底で後悔するがいい」
灯砥禊は、まるで悪魔のような鋭い笑みを浮かべながら紫色に光る大剣を生み出すと、それを両手に握って前方へ、大砲から発射されるかのような勢いで突っ込んでいく。
黒く小さなドラゴン、クウもそれと並走するかのように、ある程度は無力化したとはいえまだ敵がわんさかいるその場所へと真正面から飛び込んでいく。
当然、彼女と黒いドラゴンに向けて大小、属性も様々な魔法攻撃が次々と放たれる。しかし一人はそれを魔力の大剣で全て切り伏せて、もう一体は小柄な体を利用してその全てを避けながら、次々と敵の魔法師を一人ずつ、意識を奪って無力化していく。
しかし、一人あたりの処理に必要な時間は一秒にも満たない。彼女を本気にさせてしまった彼らに残された、生命の猶予は長くてもたった五秒、もしくはそれ未満。きっと大切な人の顔を思い起こす時間さえないだろう。
ほんの一瞬にして紫刃と鋭爪が、残された魔法師全員の命をバッサリと刈り取ったのは言うまでもない。
最近の魔法師は、あらゆる攻撃を大きく軽減する防護機能付きの服を身に着けるのがスタンダードだ。事実、彼らも服装に統一感はなかったものの、そのどれもが肌を極力隠すようになっていたので、恐らくはそれだろう。
銃弾やら刃やら、並大抵の攻撃は通さないその防御力でさえも、彼女とそのドラゴンを前にしては全く意味を成さない。どんなに守りを固めようが、その努力を嘲笑うかのように貫通してしまう超一点火力。それが人形師、灯砥禊としての強みでもあった。
全身を返り血に染め、魔法によって生成した紫色の大剣を分解した彼女は本能を解放した獣のように叫ぶ。
「……ああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
普段の『講師』としての灯砥禊しか知らない者は、彼女がここまで感情を剝き出しにして叫ぶこの姿を意外に思うかもしれない。
それもそのはずで、彼女のこの姿は『魔法師』としての灯砥禊であって、普段の彼女は決して見せることのない姿なのだから。
どこにいるかも分からない、聞こえていない可能性の方が高いであろう、この腐りきった計画の首謀者に向けて。それでも彼女はただ叫ぶ。
「……これがお前のお望みの展開ってヤツなんだよなアアアッ!? どっちに転んだところで、戦争の火種を起こすという目的は果たせるんだもんなああッ!? だったら私は守り切ってやるッ!! 講師としてッ、魔法師としてッ、これ以上、私の学生たちには何人たりとも触れさせねえからよおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」
海外合宿中とはいえ報告には聞いていた、MagiCAのスパイ二人と日本の人形師、それも魔法大学の学生との交戦。
そして、それとほぼ同時に日本の魔法戦力の多くを占める『神影機関』が失墜したらしい。まだ機関として形だけは残っているものの、『国最強の人形師』という機関にとっての大きな戦力を失った挙句、機関内の様々な裏事情が露呈し、事実上の崩壊状態となってしまった。
日本と肩を並べる魔法大国のアメリカが、魔法というこれからの世界を引っ張っていくであろう技術の頂点に、たった一国だけで立つために。現在の魔法技術のツートップ、その片割れを潰す――そのための戦争を起こすにはこれ以上ないタイミングだった。
しかし、国同士の戦いを始めるには、MagiCAの一件だけではキッカケとして少し弱かった。そこで、たまたま海外合宿に来ていた日本の魔法大学の学生に目を付けた。どうせそんな所だろう。
つまり、この戦いには勝ったものの、展開としては完全に向こうの思惑通りとなってしまったという訳だ。
両国の戦争が本格的に始まる引き金を引いたのは紛れもない、アメリカの魔法師を一方的に殲滅してしまった彼女、灯砥禊ということになるだろう。
……それがどうした?
彼女の使命はただ一つ。
講師として、身を挺してでも学生たちを守り切る。ただそれだけだ。




