28.領域の先に待つものは《日常or??》
圭司たちと有栖の四人は、激しい攻撃が交差しつつもどういう訳か、部屋の形をなんとか保っていたあの大広間を後にして。
もう誰一人と追ってくる気配もないので、さっきまでとはうって変わって、パーティがお開きになった後のような寂しさだけが漂う地下を、のんびりと歩いていた。
納乃とシエラは、あれだけ戦ったのにも関わらず、まだまだ余力があるらしい。よく聞こえないが、前の方で二人の女の子同士、何やら話をしている。
そんな二人の後ろで、足を痛めている有栖を介抱しながら歩く圭司。……なんというか、もっと適任者がいたんじゃないか? なんて思う。
もちろん、嫌という訳じゃない。だが……異性同士だし、もしも有栖が嫌がっていたらと思い、納乃にでも代わってもらおうと思ったのだが、
『私たちはいつどこから敵が現れても、圭司さんを守れるよう警護しなくちゃなりませんからっ』
『別にアタシは気にしちゃいねえっていうか、オマエの方が安心するっつーか……いや、嫌ならアタシ一人で歩けなくもないからいいんだが……』
というやり取りの末、結局この状態で落ち着いてしまったのだ。何というか、近い。彼女のサラサラとした金髪のショートヘアがすぐ隣で揺れるたびに、こちらへ柑橘系のような甘酸っぱい香りが漂ってくる。
そんな有栖が、こちらを見上げるように顔を向けると、あまりにも突然。
「その、なんだ。……ありがと……な」
「お前を守ったのはシエラであって、俺はお礼を言われるようなことはしてないぞ」
確かに、黒スーツ相手に何度か戦いはしたものの――今回の勝利の立役者は紛れもない、フィアという圧倒的な強さを誇る魔法人形を撃破した有栖と、その人形師を止めたシエラの二人だろう。
「いや、そうだけどそうじゃないっつーか……ああ、もういいっ! この話はヤメだ、ヤメっ!」
むっとした顔で、有栖はふてくされたように顔を逸らしてしまう。……何か気に障ってしまったらしい。こういう時、自分のコミュニケーション能力の乏しさがうらめしくも思えてしまう。
「そうだ、もう一つ話しておきたいことがある」
「……?」
さっきまでとは一転して真面目なトーン、表情に戻った有栖は続けて。
「――『領域魔法』って知ってるか?」
聞き馴染みのない言葉だった。魔法の世界に足を踏み入れてから、かれこれもう十年が経とうとしている彼でさえ、一度も耳にしたことがない。
それが、まるで世界から隠されようとしているかのような……そんな違和感を覚えてしまう。
「その反応だとやっぱ知らないみたいだな。見ただろ、あの空間全てを焼き払う常識外れの魔法を。……あれは神影家の中で代々受け継がれている領域魔法、『炎の領域』だ」
離れた場所から目にしただけで、瞳の奥まで丸焦げにされてしまいそうに感じたあの魔法。
活火山の内部なんかよりも、地獄の底の底、どん底よりも――そんな言葉ですら表しきれないほどの業火だった。
「アタシも実際に見るのは初めてだ。けど、並大抵の魔法じゃ届く前に蒸発して終わりってコトくらいは言うまでもない。その上でだ」
そう前置いたうえで、有栖は続ける。
「受け止めるどころか、あの炎の領域を簡単に消し去っちまったその光は一体何なんだろうな?」
その言葉は表面上だけ疑問形であったものの、それを言い放った当の本人はもう既にその答えへと辿り着いているようだった。
「……オマエはこの力が何なのか、自分にも分からないって言っていたが……アレを見て確信した。考えてもみろ。領域魔法に抗えるのなんて、同じ領域魔法くらいだろ?」
シエラと有栖はそれを間近で受けたはずなのに、骨も残さず焼き尽くされるどころか、汗の一滴すら流れていなかったという。
だが、その『領域魔法』という概念自体が彼にはイマイチ理解できていないので、あまり実感は湧かなかった。何となく凄い魔法だ、くらいの感覚でしかない。
シエラの主人として彼もまた当事者でありながら、ハイレベル過ぎるが故にただ見上げることしかできなかった。
だがそれでいい、と言わんばかりに。
「ま、領域魔法だのなんだの、そんな下らないことなんてどうでもいいだろ」
「いやいやいや、どうでもいいって。あのな、領域魔法ってのは――」
「こうしてみんな無事で終わった。今はそれだけで十分じゃないか?」
多重接続者というだけでここまで色々と巻き込まれたうえに、領域魔法とか何とか。これから先、何に巻き込まれてどんなことが起こるかなんて、神様でもない限りは知る由もない。
それでも。こうして今、誰も失わずに帰路を歩いている。その事実だけを噛み締めておけばいいだろう。
「そう、なのか? そう……なのか……ああ、そうだなッ!」
少しヤケクソ気味にそう言い放った有栖の顔には、心からの笑顔が浮かんでいた。
一歩一歩、また元の日常へと歩み、近づいていくのが感じられる……そんな瞬間だった。




