17.過去との対峙《元主人》
「シエラさん。あの人を知ってるんですか?」
「はい。あれは……シエラを作った人形師です。あの日を境に記憶への鎖が解けて思い出しました。が、話そうかどうか、迷っていたのです。もうシエラの主は圭司様ただ一人なので、この記憶は心の奥底にしまっておこうと、そう思っていました」
記憶の鎖というのは、シエラと出会ったあの日。圭司が『お前を作った人形師の事は覚えてないのか?』そう訊いたときに発動したプロテクトのことだろう。
光の力か、はたまた圭司とのコンタクトが繋がったことか。キッカケはともかく、そのプロテクトがあの日に外れたらしい。
「しかし、本人を目の前にしては話さざるを得ません、よね。……神影翼。シエラの生みの親であり、神影機関という組織のナンバーツー。この国最強の人形師です」
「自己紹介はどうも面倒でね。代わりを務めてくれて助かるよ、シエラ」
神影翼はどこかわざとらしく、シエラの名前を呼んだ。……それが納乃の気に触れたのだろう。明確な不快感を露わにしながら。
「……で。今更シエラさんに何の用ですか。まさかと思いますが、圭司さんを殺してでもシエラさんを取り返そうと?」
敵意を剥き出しにした表情、声色で。国最強という人形師と、その横に浮かびたたずむ白黒のゴスロリ風のビスクドールに向けて言い放つ。
「いくら相手が最強の人形師だとしても容赦はしませんよ。幸い、圭司さんとのコンタクトは切れていません。まだ生きています。――つまり、ここであなたを倒してしまえば万事解決ですから」
しかし、最強の人形師である彼は、そんな敵意さえもつまらなさそうに、表情を変えずにこう返す。
「勘違いされても仕方のない状況だけど、漣圭司をここまで追い詰めたのは俺じゃない。むしろ、俺がいなければ相討ちに失敗した彼は、本当に死んでいただろうね」
起こった出来事をただ淡々と話しているように感じられた。そこで納乃は、一度冷静になって辺りを確認してみる。
圭司には確かに、雷撃によるものと思われる焦げが、大学指定の制服についている。
が、その奥。紫髪の魔法師、イレーネ・アルフィスだったものは、無残にも身体はバラバラになっていて、その断面はそれぞれ、六色でカラフルに変色してしまっている。
何が起こってこんな状態になってしまったのかは分からないが、少なくとも圭司にはこのような事象を引き起こす魔法などは扱えないだろう。彼の言っていることはどうやら本当、らしい。
「確かに、圭司さんを殺そうとした訳ではないみたいですね。……ですが、こんな所にいる理由の説明にはなっていません。察するに、あの光の力を手に入れたシエラさんにでも用があるのでしょうか」
「そこの人形を捨てた張本人である事には変わりないし、とても信用なんて得られるとは思ってすらいないけど。……それでも疑いすぎじゃないか? 俺は君たちを保護しに来たんだ」
「保護……?」
思わぬ回答に、首を傾げる納乃。
「当たり前だろう。漣圭司、納乃、シエラ。お前たちは『多重接続者』という我が国にとって重要な存在だ。それをMagiCAだの何だの、海外の魔法機関にみすみす渡せる訳がない」
「……なるほど。ですが、何故そこで神影機関が? 私たちの研究を行っていたのは、魔法大学の関連施設だったはずです」
「人形師という存在の根本を変える研究が、そんな範疇で済む訳がないだろう。『ノーレッジ』……この名前を聞けば納得してもらえるかな」
「ノーレッジ。……三大魔法機関の一つ、ですよね」
目の前の彼がナンバーツーを務める『神影機関』と並んで、三大魔法機関の一つである『ノーレッジ』。
神影機関が軍事行動、戦闘に特化した機関なら、ノーレッジは研究に特化した機関。世界の最先端をゆく魔法の研究を数多く行なっている。
数百もの研究を同時にこなしているとも言う、その規模から考えて。この件に関しても、ノーレッジが関わっていてもおかしくはないのかもしれない。
そしてこの機関は、その研究行為に全てのリソースを割いている。そんな機関だ。
「ノーレッジは戦闘手段に乏しいのでね。神影機関とはこのように、持ちつ持たれつの関係って訳だ」
「……分かりました」
納乃は、そう一言だけ声にする。
善意だとか、そういった上辺だけの言葉よりはまだ少しは信用できた。
それに、MagiCAの魔法師も、あの二人で終わりとは限らない。圭司が意識を失っている今、無理に敵を増やしたくないというのも事実だ。
とりあえず彼についていけば、しばらくは戦闘も避けられる。どちらを選択すべきかなんて、未来予知でもできない限りは分からない。だからこそ、安定を取るべきだと思う。
「シエラさんにとっては因縁の相手、ということになりますよね。私も、シエラさんを捨てたことに対しては絶対に許せません。けど、ここは大人しく従うことにしましょう。圭司さんを守る為にも」
「いえ、シエラは特に、そんなことは……」
コンタクトが繋がっていない以上、もうあの人形師との関わりは一切存在しない。そんなことは言われなくとも分かっている。
……ただ。シエラは感じる。このもやがかかったような気持ちはなんなのだろう。自分を捨てた人形師だ。好嫌で言えば間違いなく嫌いだし、今更彼のもとに戻りたいなんて微塵も思わない。
でも、何故だか気になってしまう。シエラにとってはもう何者でもない、そんな彼に向けて、自分は一体何を求めてしまっているのだろうか?
「少し離れた所に車を用意してある。神影機関の施設で使っていないのが空いているから、ひとまずそこへ向かう」
「はい。……シエラさん、もし嫌でしたらお断りして、どこか休めそうな所で圭司さんが目覚めるのを待つ選択肢もありますよ。また誰かが襲ってくるかもしれませんけど、なんだかんだでここまで何とかなったんですし、今回もきっと大丈夫ですっ」
やはり、ぼーっとしてしまっているシエラ。無理もないだろうと納乃は思う。何しろ、あれは自分を捨てた人形師なのだから。
ただ、納乃のその考えとは若干違っていた。
「嫌ではなく……、いえ、むしろ行かなきゃ後悔しそうと言いますか」
「……? とにかく、無理はしないでくださいね。圭司さんだって、シエラさんが苦しんでいる姿なんてみたくないでしょうし、私も――まあ、それは良いとして」
「すみません、納乃様。まだ気持ちの整理が追いついていないのかもしれません」
自分が分からなかった。これ以上神影翼に執着して、一体何が欲しいというのだろうか。胸に残るこのモヤモヤを晴らしたい。そんな気持ちでいっぱいだった。




