5.底辺なりの意地《限界突破》
「納乃、ありがとう。ここに寝かせてくれ」
はいっ! と、納乃は圭司が普段眠っているベッドの上に、白と金の鎧を纏った少女の人形をそっと寝かせる。
魔法人形の体重は人間と同じか、それより少し軽い程度。その上で見るからに重そうな鎧を身に着けた彼女は、男である圭司にもここまで運ぶのは厳しいかもしれない。
その一方で、軽々と抱きかかえてここまで運んできた納乃の顔に、疲れのような表情は浮かんでいない。このくらい朝飯前だと言わんばかりだった。これでは、荷物うんぬんの強がりが馬鹿みたいに思えてしまう。
「さて。思わず連れてきてしまった訳なんだけど」
「……どうします? 圭司さん」
目覚めないままの少女をそのまま置いていく訳にはいかないし、反射的に納乃に頼んで連れ帰ってきてしまったのだが……。当然、ここからどうするかなんて考えていない。
「少しだけ魔力も回復したし、もう一度魔力を送ってみる。それに、ここなら魔力を使い切って倒れたとしても大丈夫だろうし」
人形と人間にとっては、魔力が空になる事の重大さがまるで違う。人間は魔力が切れたところで、少し動けなくなる程度かもしれないが、魔法人形にとっての魔力切れはすなわち『死』を意味する。
「圭司さん。無理はしないでくださいね。いくら人間だとしても、魔力切れは体に毒ですから」
「分かってるよ、納乃」
ついさっき、倒れて体が動かなくなるギリギリまで魔力を送り込んだせいか、まだ魔力にはそこまで余裕はないのだが――目の前で意識を失い倒れる彼女は、もっと余裕がないはず。
魔力が切れても直接命に関わる事のない自分と、一度切れればただの人形になってしまう彼女と。どちらが優先かなんて、驚くほどに明白だ。
やはり意識が戻る気配のない彼女の白銀の髪、その上から後頭部に右手で触れる。
…………。
掃除機にでも吸い込まれるかのように、魔力が彼女の体へとぐんぐん流れ込んでいく。
ついさっきも同じ事を思ったが、やはり彼女の魔力容量――魔力を貯めておくバケツのようなものが、この子の場合はドラム缶……どころの話じゃない。
まるで、空のプールをか弱い水鉄砲で貯めているような。そんな途方もない感覚にさえ襲われるが、それでも彼は魔力を送り続けるのを止めない。
「圭司さんっ、そろそろ限界なんじゃ……」
「……いや、まだだ」
一秒ごとに意識が少しずつ遠のいて行き、やがて立ってさえいられなくなる。
だが床に膝を突いても、彼女に触れるその手だけは絶対に離さない。少しでも多く、魔力を送り続ける。
ちっぽけな量だとしても、少しずつ、確実に。彼女の目覚めに近づいているのだと思えば、この程度なんてまだ耐えられる。
「ダメですっ、そろそろ本当に止めないと――」
遠のく意識の上からさらに、猛烈な吐き気までもが覆い被さってくる。それでも。コンマ一秒でも長く送り続けろ。ちっぽけな魔力しか持たない底辺人形師なりに出来る事は、その限界をも超える事。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
その瞬間。プツリと体のバッテリーが切れたように、全身から力が抜けていき――バタリと。仰向けのまま後ろに倒れてしまう。
「圭司さんッ!」
「……あ、ああ、大丈夫……。俺の方はしばらく寝ていれば治る。それより、その子はどうなった?」
立ち上がることのできない彼に代わって、納乃がベッドに横たわる人形を観察する。しかし、彼の魔力ではやはり足りなかったのか。目覚める気配はない。
「……やはり、ダメだったのでしょうか」
納乃がとても残念そうに、小さな声で呟いた直後。――ピクリと、微かではあるが、まるで彼女が再び目覚める合図を送るかのように一度だけ全身を震わせた。
それに気づいた納乃は、余計な声も立てず静かに見届ける事にした。
彼が送った魔力を使って、確かに彼女は再び目覚めようとしている。無理に干渉して、それを妨げる事にならないようにと。
「……っ! 圭司さん。どうやら目を覚ましたみたいですっ」
それから間もなく。……白銀の髪に聖騎士のような鎧を纏う、名も知らない魔法人形の重い瞼がゆっくりと開かれた。