Member2:速度だけが取り柄の凡人
紫色の長髪を下ろし、人形のような整った顔立ちを併せ持つ、どこか大人しそうな女性。全身を黒で統一した、隠密行動には適しているであろう服装に身を包む。
そんな彼女もまた。魔法に携わる人間なら、誰しもが聞いたことのある……と言っても過言じゃない、そんな超有名魔法組織『MagiCA』に所属していた。
そんな彼女は今、日本のとある田舎に広がる、何の変哲もない森の中で身を潜めて、相棒であるもう一人の魔法師と連絡を取り合っていた。
『ごめんなさい、イレーネ。油断してしまったみたい。あとは任せてしまってもいいかしらぁ……?』
「シェロン? 貴方が倒されるなんて、一体何が……?」
息も荒く、苦しそうにしている声が、電話越しでも明確に伝わってくる。
彼女の相棒であるシェロン・ルイスと言えば、魔法機関『MagiCA』の諜報科でも随一の戦闘能力を持ち合わせており、隠密行動を得意とするスパイらしからぬ派手な戦い方で有名だ。
戦闘に特化した部署へ配属されている魔法師でさえも顔負け。そんな彼女が、いくら『多重接続』という唯一無二の力があるにしても、所詮はただの学生に負けるなんてあり得るのだろうか?
なんて、疑問にさえ感じる。
『気を付けて、イレーネ。今回のターゲットは『多重接続』以外にも、何やら見た事もない力を持っている。本人でさえまだ使いこなせていないみたいだったけど。……もしも、あの力を最大限まで引き出されたら。冗談は抜きにして、本当にマズいわよ』
普段は何事にも楽観的で明るい彼女が。珍しく、真剣なトーンで、そう言い放つ。
その様子からも、彼女が普段から口癖のように『マズいマズい』と言っているものとは別格なのだと理解した。
(というか、気を付けてって……まさか、そのマズいって敵を追えと……?)
「……そもそも。私はただ、魔法が少しばかり速いだけの凡人なのですよ。戦闘についてはシェロン、貴方には及びません。そんな貴方でさえ手に負えなかった相手を、この私に任せるというのですか」
『ああ、いえ。無理にって訳じゃないわよ? 勝てる見込みがなければ、早々に撤退して予定通りデータだけ持ち帰ればいいだけだしねぇ?』
なんだ、それなら良かった……と、イレーネはひと安心する。
魔法師として最低限身につけておくべき戦闘力はあると自負している彼女ではあるが、いくら油断したにしろ、シェロンのような俗に言う『戦闘狂』でさえ返り討ちにあってしまった相手を、自分ごときで何とかできるとも思えなかった。
それに、偶然ターゲットである人形師『漣圭司』を見つけたにしろ、日本の魔法大学に保管されている資料を狙うという本来の計画から変更するのには乗り気ではなかったのだ。
「では、プランは当初の予定通りという事で。……ところでシェロン。貴方、ケガはどの程度なのです?」
『ええ? そうねぇ……。左肩と、左右の足を潰されたくらいかしら。ああ、こっちの事は気にしなくて大丈夫よ? 応急処置くらい自分でなんとかなるし、すぐにそっちに向かうから』
「そうですか。……ひとつ、個人的な用事ができましたので、しばらくは休んでいて結構ですよ、シェロン。電話越しでも痛そうにしているのが伝わってきます」
絶賛痛がっているシェロンを無理やり任務に連れていくほど、イレーネだって鬼じゃない。それに、個人的な用事というのだって嘘じゃない。
『うっ。余計な気遣いはさせないようにって、抑えていたつもりだったのだけど、声に出てしまっていたのねぇ……。それじゃ、お言葉に甘えて休ませて頂くとするわ』
「ふふっ、この私に隠し通せるとでも? さて、こちらの用事が終わり次第、連絡しますので。……では」
そう言って、シェロンからかかってきた電話を切る。
スマートフォンを、肩にかけた黒いバッグへしまいながら、ふうっ、と気持ちを切り替えるかのように息を吐く。そして――。
「さて。もう既にターゲットではないという事は、私個人の勝手な心情を元に、どれだけ痛めつけても構わないという事。左肩、右足、左足――シェロンに傷をつけた報いを与えるくらいなら、この私でも可能ですので」
まるで悪魔のような恐ろしく暗い笑みで。ただ、速く撃てるだけの魔法師は、生い茂る木々の陰で笑うのだった。




