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4.廃棄人形《シエラ》

圭司(けいじ)さん。荷物なら私が……」

 

「いや。これくらいなら全然平気だよ、納乃(のの)


 一週間分の食料を買い、帰路につく二人。外はすっかり夕焼け色に染まっており、今日もいよいよ一日が終わるんだなと実感させられる。


 圭司は授業道具の入った黒いリュックを背負い、沢山の食料が詰まった買い物袋を両手に持つと、まだまだ学生も多い大通りを人形の少女と共に歩く。


 ……少々重たいが、女の子に重い荷物を持たせるなんてちょっと気が引けるし。


「もっと頼ってくださいよー。というか、圭司さんより私のほうが力はあると思いますけどっ」

 

 そりゃ、そうかもしれないが……。彼は人形師とは言ってもただの人間だし、納乃はそもそも戦闘用に作られた人形だ。根本的な所から違うので、力の差があって当たり前かもしれない。


 それでも、納乃が女の子である事に変わりはない訳で――。


「納乃が気にする事なんてないよ。普段から、納乃には俺にできない事をやってもらってる。だから、自分でできることくらいはやらないと」


「そうですか……? でも、もし限界だったらいつでも言って下さいね? 圭司さんの為なら、何だってしますからっ」


 その気持ちだけでも、十分に嬉しかった。こんな落ちこぼれの人形師に、こうして付いてきてくれるだけでも有り難い事なのに。

 

 ありがとう、と圭司が声をかけると、納乃はふふっ、と微笑み返す。


 それを受け取った彼も、一週間分の食料による重みさえ忘れ、思わず釣られて笑顔が浮かんでくるのだった。



 ***



 東京の西側に広がる魔法特区。その中でも最西端、国立魔法大学校を中心とした大学エリアは、流石に広い。


 大学のキャンパスはもちろん、その周辺には学生寮と生活に必要な施設全てを内包しているので、複数ある『エリア』……魔法特区の外なら『市』と呼ばれるものだろう……の中でも、一二(いちに)を争う面積を誇っている。


 そんな大学エリアの中心を挟んで東側にあるスーパーから、西側のアパートまで。一週間分の食料を両手に、さらにカバンまで背負って歩くのは、並の体力しかない彼にとっては重労働だ。


 しかし、人間とは不思議なもので『キツい』と思い始めたのはずっと前なのに、意外にも、ここまで辿り着いてしまった。


 ここ、というのは、彼の住むアパートがある住宅地の入り口だ。


 もうすっかり暗くなってしまい、いくら世界最大規模の魔法開発地域である魔法特区の中とは言えども、住宅地ともなればやはり静かだ。


 静かで、暗い、住宅街。……ダメだ。一度()()を思い出すと、頭にこびりついて離れなくなってしまう。


 これからしばらくはこんな調子が続くだろうな。彼は憂鬱な気分で、そう心の中で呟いた。

 

「……お待ちください、圭司さん」


 突然だった。納乃の静止を促す声が、どこか上の空だった彼の意識をこちらへと呼び戻す。


「どうした、納乃?」

 

「あちらに。……誰か、倒れています」


 納乃が指し示した方向に、圭司も視線を送る。……そこには。

 

 白銀のショートヘアで、白と金の装飾が施された鎧を身に着ける、ファンタジー系の物語に出てくる『聖騎士』とでも言い表すのが手っ取り早いだろう――そんな一人の少女が倒れ込んでいた。


 無意識に、彼は重たい一週間分の食料を道路脇に放り出すと、倒れる少女の元へと走り出していた。納乃もその後を追い、ついて行く。

 

 改めて近くで見ると、遠目では綺麗に思えたその姿は傷だらけでボロボロだ。


「おい、大丈夫か!?」


 言いながら、鎧の装飾にちょうど出っ張っていて掴みやすい部分があったので、そこをがしっと握り、揺さぶってみる。


 しかし、その少女は目を閉じたまま、何の反応も示さない。


 だが、その少女からは、今にも消えてしまいそうなくらいに弱々しい、微細な『魔力』が感じられた。

 

 いくら魔法特区の中だとしても、やはり目立つこの服装からして。薄々勘付いてはいたが、どうやら彼女は――。

 

「……魔法人形(ウィズドール)みたいだ。それなら話は早い」


 倒れる人形の後頭部に右手を触れると、圭司は目を閉じ、集中する。


 普段、納乃が訓練などで極度に魔力を消耗した際にしているように。魔力が足りていないのなら、与えればいいだけの話。……彼は、そう簡単に考えていた。

 

 三十秒ほど魔力を送り続けた所で、圭司は思わず手を離してしまう。


 納乃なら既に、魔力が溢れてくるはずの頃合いなのに。……この子は違った。


 そもそも、人形には魔力の容量というものがある。腕の良い人形師が作ればその容量も増え、扱える魔力が増えれば、相対的に出来ることの幅も広がる。


 そんな魔力容量が、彼女の場合は桁違いだった。彼の持っている魔力をどれだけ注いでも、満タンどころか十分の一にも満たない。


「……足りない。俺なんかの魔力じゃ、全然足りない。一体、どれほどの腕を持った人形師が作ったんだ?」


 一応、一命は取り留めたのだろう。……と、思いたい。いくら底辺のFランクだとしても、彼は人形師だ。その魔力を限界まで送り込んでもダメだとしたら、彼はもう人形師としてやっていく自信すら失くしてしまうだろう。

 

「こんな所に放置も出来ないし。納乃、この子を家まで運べるか?」

 

「はいっ! 納乃の出番ですね、お任せください!」

 

 圭司の命令に、納乃はやっと私のターンが回ってきたかと火がつき、やる気満々で返事を返すと――意識を失い倒れる人形をひょいっと、軽々抱き上げる。

 

「すまない、納乃。捨てられている人形を助けるだなんて、馬鹿馬鹿しいと思われても仕方がないとは思ってるけど。どうしても、放っておけなくて」

 

「いえ、圭司さんらしくて、なんだか安心します」

 

 圭司と納乃は、倒れていた人形を連れ、二人が暮らす学生寮のアパートの一室へと急ぎ、走り帰った。


 見ず知らずの人形師が作った魔法人形。普通の人形師であれば、気にも留めずにさっさと通り過ぎてしまうであろう、消えかかったその生命(いのち)を救うために。

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