5.禊ちゃんの置き土産《任務》
「はい、漣くん。これが禊ちゃんの置き土産」
「ありがとうございます、小夜先生……って素直に言いたいけど、肝心な封筒の中身がなあ……」
翌日。アメリカ行きを免れた圭司たちは、灯砥禊に言われた通り、講師控え室へとやってきた。
そこで出迎えられたのは――この大学のアイドル講師、小夜琴音だった。
ラピスラズリのように深い青色をした綺麗な髪を伸ばし、やはり整った顔立ちとスタイルを併せ持つ、それこそ宝石のように煌びやかな女性。
ちなみにアイドルというのはお世辞でも比喩表現でもなんでもない。彼女は、ここで講師になる前は『戦場の歌姫』として、数多くの戦いにてその魔法を披露してきた、歴戦の魔法師なのである。
そして、魔法師たちの一団をまとめて吹き飛ばすことだって可能なその歌声をやけに披露したがる点さえ除けば温厚で優しい、この大学の講師たちの中で煌々と輝く『天使』にさえ見えるのが、小夜琴音という魔法師なのだった。
そんな彼女がこちらに手渡してきた、『禊ちゃんの置き土産』と称する茶封筒から取り出した、一枚の書類に目を通す。
《海外合宿未参加によって不足した単位は、以下に記す業務の遂行をもって、合宿参加者と同等の単位を付与し、埋め合わせることとする。
業務内容:組織『MISys』の壊滅
四月三日未明、魔法大学附属病院のDBサーバに、北海道に所在地を置く組織『MISys』からの攻撃があった事を確認した。
当段階で盗まれた情報には特に研究的な価値はなく、攻撃による影響は生じなかったため、こちら側のセキュリティを強化することで対応していたが、現在も断続的に同組織からの不審なアクセスがあるため、現在扱っている情報の重要性からリスク回避の為、当業務の遂行を要請する。》
「それ、わたしも読ませてもらったんだけど、学生にはちょっと荷が重いんじゃない? 何なら、禊ちゃんにわたしの方から突き返しておくけれど……」
小夜先生の言う通り、これは実戦経験をいくらか積んだ人形師が受けるような……まだまだ学生の彼にとっては荷が重い仕事だろう。大学のカリキュラムの範疇に収まるようなものではないとさえ思う。だが、彼女にこれを突き返してしまったとして。また別の仕事を振ってくれるほど、灯砥禊という講師は甘くない。
よって、この大学を卒業したいならば、この仕事を受ける以外の選択肢は残されていないも同然だった。
「いえ、受けます。……それに、これは単位だけの話じゃないんです」
昨日、ここへ呼び出された際に言っていた。これは『俺たちの起こした面倒事の後始末』と。
書類を軽く読み流しただけでも分かる。魔法大学附属病院。そこは人形喰いとの交戦後、圭司らが入院していた病院だった。そして、その病院では治療はもちろんだったが、同時に『多重接続者のデータ観測』も行っていたのだ。
研究の為だけにデータを採取し、悪いようには使わない。そして、治療費入院費も全額免除してくれるとのことで承諾したのだった。そもそも彼の通っている魔法大学に附属する病院だし、十分信用もできた。この身に宿ったこの力の秘密を知りたい、という好奇心だって当然あった。
そして、その病院がサイバー攻撃を受けたという。このタイミングから見ても、圭司の『多重接続者』の情報を手に入れる為だろう。
この事件について、彼は一切悪くないとしても、決して無関係ではないのだ。それが、単位だけではない『戦う理由』だ。
「へえ。世界初の『多重接続者』とはいえ、Fランクと聞いていたから心配してたんだけど……どうやら、わたしの杞憂だったみたい」
なんだか、小夜先生のこちらを見る目がどこか変わったような気がした。具体的には、子供を見守るような優しい目から、一人の魔法師を見つめる鋭い眼差しへと。
そして、彼女は続ける。
「その書類に書いてある以上のことは、禊ちゃんからも聞かされていないけど……とにかく、失敗してもいいからケガなく戻ってくること。禊ちゃんだって普段はああだけど、こう見えて内心はすごく心配してるんだから」
「……そう、ですかね」
心配していたら、こんな学生に任せていい範疇を超えた内容の業務を押し付けてこないような気もするが……まあ、それはどっちでもいいか。
「では、行ってきます。……納乃、シエラ、行こうか」
「はいっ!」
「参りましょう、圭司様」
後ろから、『行ってらっしゃいーっ』なんて声に押されつつ、単位の為。そして何より、自分がキッカケで起こった面倒事の後始末をつけるために、普段よりも少し静かな講師控え室を後にした。




