1.帰還《平穏な日常》
四月の末日。人形喰い、九鬼有栖との戦いによって負傷した圭司は、一ヶ月近くの入院期間を経て、久しぶりに大学へと出席していた。
戦いという非日常から、いつもの日常へと戻りつつある今日この頃。講義室に並べられた長机には、人形師一人に対して、魔法人形は二体、彼を挟むようにして座っていた。
「話には聞いていたけどよ……。本当にコンタクトが繋がったんだなあ、シエラと」
前の席に座っている一輝が、その事を知った上で、また驚いた様子でこちらを眺めてくる。心なしか、周囲からの視線も増えたように感じる。二人も連れた人形師なんて、やはり物珍しいのかもしれない。
……そう。彼、漣圭司は――ここ最近のトップニュースを飾っていた『人形喰い』を撃退し、世界で初めての『多重接続者』を発現したという、肩書きだけを見れば意外と凄そうにも見える人形師なのであった。
「ま、シエラだけ留守番させなくて済むんだし、結果だけ見れば良かった……のかな」
「相変わらず、その呑気さには呆れちまうぜ。圭司、自覚はないのか? 今やお前はこの大学で最も注目されている人形師だってことを」
「……? 色々あったのは分かるけど、注目なんてそんな、いくら何でも大げさすぎないか?」
思ったことを言っただけだったが、対する一輝は呆れて溜息すら吐きつつ、こちらへ言い聞かせるように。
「あのなあ……。上位クラスの人形師でさえ被害に遭っていた人形喰いを倒したうえに、世界中の人形師が憧れつつも誰一人として成し得なかった『多重接続者』になっちまったんだ。しかもそれはFランク。注目どころの騒ぎで収まると思うか?」
周囲からの視線がどこか増えたように感じたのはそのせいかと、圭司は勝手に納得してみる。
……とは言うが、その二つの称号は結局、日常を守るために戦った結果ついてきた副産物。そんなことで騒がれては、むしろ守り抜いたはずの日常が遠ざかっていくようで、逆に困ってしまう。
彼自身は別に、何事もなく平穏に魔法大学を卒業して、卒業後は人形師として、生きていくのに困らない程度の稼ぎさえあれば十分なのだから。
「しっかし、大学中の噂になってるってのに、本当変わらない奴だな。少しくらい調子に乗ってたほうが、人間らしくて安心するんだけどよー」
「調子に乗る……か。そりゃあ、自分の意志で人形喰いを倒して、多重接続者になったんだとしたら、俺だってそうなってたかもしれないけど。気づいたらそんな称号を背負わされてたって感じだし、どうも実感が湧かないんだよ」
人形喰いとの戦いだって、別に自ら望んだ訳じゃない。向こうが襲ってきて、ただ生き延びるための防衛線に勝利しただけのこと。
しかも、その件に関しては圭司だけの手柄じゃない。彼が暴走した際に庇ってくれた一輝やリリア。そして、彼の魔法人形である納乃にシエラという、心強い仲間が居てくれたからこそ勝てた戦いだった。
トドメを刺した、世間的な立役者というのは彼らという事になっているらしいが、どうせ調子に乗るならみんな揃って調子に乗るべきだ。
多重接続者の件だってそう。あの力だって、自ら望んで手に入れた訳じゃない。たまたま、偶然、手に入っただけの力を大っぴらに見せびらかすなんて、そんな恥ずかしいことはしたくない。
それに一番はやはり――。
「だって、ほら」
圭司は、周りを見渡してみる。すぐ右側では、納乃とリリアが。
「出席しているという事は、もう体調は万全なんですよね。つまり遠慮なくこのナイフを突き刺しまくっても問題ないと」
「ええどうぞいいですよやってみてください。私の魔法銃のほうが速いに決まってますけどねっ! しばらく戦ってないので身体がうずいて仕方がありませんし早く表に出ましょうか」
続けて左隣を見てみると、シエラがそんな二人の様子を見て困り果てている。あの時は二人揃っていたものの緊急事態だったためか、いつもの調子じゃなかったせいか……。シエラは、納乃とリリアが互いに顔を合わせてははこうなのを知らないのだった。
「け、圭司様。納乃様とリリアさんの間ですっかり火が点いちゃいましたけど……」
「ああ、いつもの事だから気にしなくて大丈夫だ」
――だってほら。
「……こうして、日常が戻ってきたんだ。それだけで俺は十分だよ」
無欲な奴だと笑うかもしれない。それでも、彼、漣圭司が求めるのは、こうして周りに広がる日常が何事もなく続くこと……ただそれだけなのだから。
まあ、あの戦いから変わった事で、嬉しいことをひとつ挙げるとするならば。それは――今も、左隣で困り顔をしている彼女。シエラに、封じられたはずの感情が戻ったこと、だろうか。




