終幕A 多重接続者《マルチコネクタ》
彼が次に意識したときにはもうそこは、闇の中で血が混じり合う、目も逸らしたくなるようなあの戦場ではなかった。
知らないながらもどこか落ち着く天井、フカフカのベッド、窓から差し込む明るい陽射しもあってか、全体的に白っぽく感じる部屋。
さっきまで彼が立っていた場所とは正反対のそこは、大学エリアの中心部近くに位置する、とある病院のうちの一室だった。
人形師という仕事柄、危険でよく通ってそうなイメージのある立場ながらも、実際にお世話になったのは年に一度の健康診断くらいだろうか、利用した経験は少ないこの施設ではあるが……。
そして、確かにあの時に槍で貫かれた首が、包帯でグルグル巻きにされているのを見ると――あの人形喰い。九鬼有栖と本当に戦ったんだなあという事実を再確認させてくれる。
「あっ、圭司さん。気が付いたんですねっ! 命に別条はないって聞いていましたけど、心配で、心配で――」
「……圭司様。おはようございます……で、合っているのでしょうか? もう昼過ぎですが……いや、しかし、圭司様は今お目覚めになられたので――」
二人の聞き馴染んだ女の子の声が、彼の横たわるベッドへと飛び込んでくる。それは彼が守ろうとした何気ない日常の欠片。
「納乃。シエラ。……とにかく、無事でよかった。こういう時、なんて言えばいいのか俺もよく分からないけど」
とりあえず、無傷というのは流石に無理だったが、誰一人欠けることなく次の日を迎えることができたんだし、全てを締めくくるのにはこの言葉がぴったりだと思う。
「……おはよう、みんな」
***
「これで状況報告は以上です。……何か疑問点などはありますか?」
「いや、特にないよ」
その後、シエラから事の顛末を聞いていた。とはいっても、九鬼有栖は捕まり、今頃は取り調べでも受けているんだろうとか、一輝とリリアも無事で、しっかり今日は大学に出席しているだとか、大方予想通りで特に意外性もない内容ではあった。
あれだけ命を懸けて、戦ったというのに――結果だけ聞くと、なんだかあっけなくも感じる。街中の大ニュースになってもいいんじゃないかと思う激戦でも、いざ終わってみればこの程度。世界の広さというものを改めて実感する。
「そういえばシエラ。昨日から気になってたことがあるんだよ」
昨日。厳密にはシエラがあの光を放った直後から、か。
「はい、シエラもずっと気になっておりました。もしかしたら勘違いなのかもしれないと。何せ、この感覚はシエラにとって久しぶりのものでしたので」
あれがキッカケになったのか、それとも別の要因があったからなのか。タイミング的には、あの光のおかげだと勝手に睨んではいるが、まあ、そこに至るまでの経緯はどうだっていいだろう。
重要なのは、結果だ。
「……シエラ。お前、俺とコンタクトが繋がっていないか?」
「――えっ、圭司さん? 一体どういうことですか? だって、私だって確かに圭司さんとコンタクトは繋がってます。でも、それだと――」
そう。教科書的な単語で言うのなら『多重接続者』になってしまう。
原則、人形師に魔法人形は一体だけ。それ以上は作っても、コンタクトという互いの繋がりがないため連携を取れない。昨日、シエラを置いて圭司と納乃の二人で戦っていた理由のうちのひとつでもある。……人形師じゃなくとも、魔法の知識を少しでもかじったならば常識ともいえるその言葉。
もし、彼とシエラの間に存在するこの感覚が本物だとすれば、今日もあちこちの研究所で、それを実現するための研究が行われているはずの――『多重接続者』になってしまったということになる。
だって。納乃とのコンタクトだって、こちらもしっかりと感じ取れる。同時に二本感じられるのだ。……共存できるはずのないコンタクトが。
「やはり。シエラの感覚はまさか、本当に。圭司様との繋がりだったなんて」
てっきり、助けてくれただけと思っていたこの力。それは、ただ彼らを助けただけではなく――どうやら新たな『試練』も残していったらしい。
まあ。
今はそんな重大なことすら、どうでもいい気分にさせられる。
だって――。
「確かに、突然コンタクトが繋がったのは不可解です。でも、シエラは……圭司様、いえ、今はもう『主様』とお呼びすべきでしょうか。主様と繋がることができて、とても嬉しいですっ」
「圭司でいいよ。納乃だってそう呼んでるんだし。俺だって、シエラとは曖昧じゃなく、ハッキリとした関係になれて嬉しい」
「……シエラさん。感情を思い出してから、本当に表情豊かになりましたよね。なんだかこっちまで笑顔になってきちゃいました!」
あんなに無表情で、冷たかったあのシエラが――こんなにも、幸せそうな笑顔を浮かべてくれているのだから。




