26.星の槍《プラティウス》
まるで、そこだけが現実世界から切り離されたかのような。存在自体に違和感さえ感じる、全体が銀色で作られた槍に、この場の全員が身構える。
「『輝槍・プラティウス』……まさか、この槍をただの一般人へ向ける事になるとはな」
狂気にも見える。そんな笑みを浮かべながら言う、九鬼有栖は続けて。
「そもそも、アタシが夜の戦闘が得意なのはなにも、至る所に影が生まれるからってだけじゃねえ。この槍はな、こうやって使うんだよ」
そう言うと、彼女は異質なその槍を、星がまたたく夜空に掲げて先端を向ける。
すると――黒い空で輝く星々の全てから、その槍の先端へと少しずつ、輝きが集められていく。
ひとつひとつの星が彼女の槍に渡す輝き自体は微々たるものかもしれない。しかし、幾千もの星々が集まったとなれば話は別だ。みるみるうちに、異質な槍に神秘的なエネルギーが充填されていく。
あれは止めなくてはならないだろう。しかし、あの槍が何なのかが分からない以上、下手に動くことはできない。
「『オルスエルゲン』とかいう金属には、星から力を集める性質があるらしい。ま、アタシが作った物じゃないし、詳しくは知らないが」
「オルスエルゲン? 確か、それって……」
「圭司、知ってるのか?」
唐突に飛びだしたその単語に、彼は聞き覚えがあった。
「確か『魔合金』ってやつだったか。金属に魔力を練りこんで、特殊な効果を付与する――とかいう研究が進められてるって話だ」
彼は、ランクや進級にはそこまで重要でないため、大多数の人は出席だけして真面目に聞いていないであろう座学も、頭の片隅に残る程度には聞いていた。故に断片だけでも残っていた、役に立つ時が来るとは思えなかった知識。
「ふうん、知っているのか。なら手っ取り早い。当然、これがどれだけ貴重で、危険なものかも理解してんだよなあ?」
故に、彼は知っていた。同じ魔合金は、世界に数個しか存在しないという貴重なものであることも。そして、魔合金と呼ばれるレベルにまで達したものは、そのどれもが数百人規模の軍隊にも匹敵するほどの、強大すぎる力を有していることも。
そして、講義を適当に聞きかじっていただけの知識でオルスエルゲンが魔合金であると分かったのも、それが日本における魔合金研究の例として、一番最初に名の挙がるほどの代物だったからに他ならない。
「……ハッタリだ。魔合金なんて物を、いち個人の魔法師が私物化できるはずない。確かに、レプリカにしてはよく出来ているかもしれないが、偽物は本物にはなれない」
「へっ、お前が信じようと信じなかろうと、目の前の真実は変わらねえ。これを見て、それでもハッタリだの、レプリカだとか言ってられるのか――なああッ!!」
彼女の叫びと同時。かつてのフィクションの世界で、魔法使いが杖を振るっていたような調子で。高く上げた彼女の槍が下へと振り下ろされると――白き『破壊』が放たれた。
それは音速をもしのぐ速さで、触れたもの全てを消し飛ばすような火力で、人間ごとき簡単に飲み込んでしまうような太さで。破壊という二文字でしか表せない、そんな莫大なエネルギーの砲撃が、彼らの真横を通り過ぎていく。
その砲撃は、やがて着弾した先に建っていた一軒家の中心に、大穴を開けて貫通。それでも減衰しない白いレーザーは、空の彼方へと消えていった。
「ああ、こりゃ流石に使いにくいな。溜め時間もかかる、威力もオーバー気味だ。若干出力でも下げれば扱いやすくなるのかねえ?」
それだけの力を放ったにも関わらず。当の本人は、ただボールでも投げたかのような様子で、ケロッとしている。
代償すら伴わず。あの武器の力だけで、これだけの破壊をもたらした。
自身の魔力は関係ない。その武器が扱えるのなら、例え子供でも同じ力を放つことができる。それが魔合金という物質の恐ろしい所だ。
間違いない。あれは――。
「……本物だ」
実物のそれは見たことがない。しかし、それでも彼がこう呟いた理由なんて言うまでもないだろう。レプリカが、偽物が、これほどの破壊を撃てると思うか?
もしそうであれば、とっくに量産されて世紀末を迎えている。ただでさえ、世界情勢が緊迫しているらしいのに。まあ、ただの学生である彼に、直接的な実感はないのだが。
大穴の開いた家を、見つめる事しかできないのは圭司だけではない。放った本人以外の、そこにいた全員がただ、呆然とその家を見つめた。
……関係のない一般人を巻き込んでしまった。そんな罪悪感が、四方八方から襲い掛かってくる。
ただ、同時にこうも思った。彼には特別、強い力もない。度胸だって、並みの魔法師や人形師に比べればかなり臆病なほうだと自負している。
それでも。もう、九鬼有栖の好きにさせてはならない。もう、誰も巻き込んではならないと。
――例えこの身が消し飛ばされようとも。人形喰いだとか、魔合金だとか。そんな規格外の相手だろうと、必ず彼女を止めて見せる――。




