25.彼女のフィールドにて《影の戦場》
「てっきり、また見えない所から不意打ちでも仕掛けてくるものかと思ったけど……まさか、律儀に待ってたとは」
そんな警戒を勝手にしていた彼の予想に反して、九鬼有栖はアパートを出た先、道路の真ん中で立ち、今か今かと二人を待ち構えていた。
「アタシにだって少しくらいはプライドとか、そういった物が残っていたらしい。……確かに、どこかに隠れて窓から出てきた所を槍で一突きすればそれで終わりだろうけど。でも、そんな勝ち方で満足できる訳がねえだろうが。これはアタシに付けられた傷、この屈辱を晴らすための戦いなんだからさああッ!」
彼女の笑みは、この暗い闇夜の中でもはっきりと分かるくらいだった。どうやら、向こうはこの戦いを心から楽しんでいるらしい。
……どうも、魔法師や人形師といった人種には血の気が多いというか、戦闘狂というか。そういった部類の人間が多すぎるように感じる。それも、彼女のような実力者ともなれば尚更だ。
生憎だが、こちらには楽しむ余裕も気概さえないので、ただ生き延びていつもの日常を取り戻す為に全力で応戦させてもらうだけだ。
「さて。アタシを真に楽しませてくれる敵は、たった一撃喰らっただけで立てなくなっちまったアイツじゃなくてお前だったらしいし。せっかくここまで出向いたんだ、せいぜい楽しませてくれるんだよなああッ!!」
彼女が叫ぶと、同時。その姿が完全に闇夜の中へと消え去ってしまう。
そう。日差しのない夜はいわば、街灯といった光に照らされている場所を除けば、その全てが『影』なのだ。影に潜り込む事ができる彼女にとって、これほど都合の良いフィールドはないだろう。
どこから攻撃が来るか。そもそも、敵がどこに潜んでいるのかさえも分からない。もしかすると、隣で隠れて二人を嘲笑っているのかもしれない。そんな、見えないプレッシャーが常に襲いかかってくる。精神的にも、戦略的にも追い詰められている状況だ。
こんな時、もう一人の自分だったら恐怖すら感じる事なく暴れられたのだろうか……なんて思う。当然、そんなものに頼る気は毛頭ないけれど。
どの方位から襲ってきても対応できるよう、圭司と納乃は互いに背中を合わせて魔法銃を構える。
「……こんな、影に隠れてばっかりの戦い方でプライドもなにもないと思いますけどねっ」
「口が達者なだけじゃあ、テメェはアタシの糧になっちまう訳だがいいんだなあああッ!?」
納乃は、そんな煽りを交えながらもしっかりと警戒は怠っていなかった。飛んできた槍をなんとか避けて、反撃の魔法銃を一発撃ち込む。
……が、それも当たらない。
再び闇夜に紛れ、消えたと思った――その直後。
「――ッ!! 圭司さんっ、後ろです!」
「ま、間に合わな――ッ」
納乃に向けて槍が放たれてから、ここまで一秒も経たない間の出来事だった。
いや、そもそも納乃への攻撃はフェイクだったのかもしれない。本命である、彼女の右手に強く握られたもう何本目かも分からないその槍が、その鋭利な先端を向けて近づいてくる。
いくら影の中に槍をしまっておけるらしいにしても、一体何本持ち歩いてるんだ……なんて半ば呆れたように心の中で嘆いている間にも、彼の首元を狙うそれは着実に近づいてくる。
しかし、いくら彼が人形師といっても、結局のところはただの人間。ヒトの範疇を超えたその速さについていけるはずもない。
納乃の援護だって間に合わないだろう。もう、この状況からどう足掻いたところで、この槍を防ぐことなんてできない。
……はずだった。
――キイイイイイイイィィィンッ!!
横から一瞬で、ただまっすぐに。槍の先端に向けて飛んできたのは、一本の『ナイフ』。
槍に比べれば小さいながらもその一撃は、九鬼有栖の狙いを外す。
投げナイフというちょっとばかりマイナーに思える武器。それを放ったのは当然、ピンクのツインテールにメイド服を着飾った魔法人形、リリアしかいない。
そして、彼女が来たとなれば当然。その主人である彼も一緒に飛んでくるだろう。
赤が滲む包帯を巻いた手で、紫色の剣を強く握った一輝は、リリアが作った隙をついて圭司と九鬼の間へと割り込むように入ると――ギイイイイン!! 魔力と金属の触れ合う音が、静寂の中で響き渡り、圭司を貫くはずだった槍が簡単に吹き飛ばされていく。
それだけじゃない。
突然のことに戸惑う九鬼有栖の背後からひとり、一気に距離を詰めて近づいていく姿があった。それは、聖騎士を彷彿とさせる、煌びやかな装備で身を守っていて――。
それは、無表情で、言葉を発することもなく。ただ、その剣で薙ぎ払うように、強烈な一撃を横腹へと叩き込んだ。
「ッがあああああああああああああああああああああああああああああ――!?」
彼女もまた防護制服を着ていたせいか、その剣は服を通ることはない。が、その分あり余った力が、建物と道路の仕切りであるブロック塀へと吹き飛ばし、叩きつける。
あまりの衝撃に、硬いブロック塀さえもひび割れ、容易く崩れてしまう。
「バーカ、ちょっと傷ついたくらいで後ろに下がってられるかよ!」
「この命に替えてでも、マスターをお守りするのが魔法人形の務めですので。それがマスターの大切なご友人だとしても変わりません」
「申し訳ございません、圭司様。待っていろという命令を守れず、ここまで来てしまいました」
一輝とリリア、そしてシエラの三人が、先走ってアパートの一室を出て行ってしまった二人に向けて言い放つ。
「なんで来たんだ……と言いたい所だけど、ありがとう。助かったよ」
このままでは、確実に――彼女の槍によって、防護制服によって守られていない首元を一突きされていただろう。
手を二度突き刺された一輝とリリアだって、武器を握るだけでも計り知れないほどの痛みが伴うはず。それでもなお、作ってくれたこのチャンス。逃すわけにはいかないだろう。
ブロック塀の破片が散らばる上で倒れる九鬼ではあるが、あれでも攻撃は防護制服の上からだ。流石にまだ生きているだろう。また逃げられても困るので、圭司が魔法銃の引き金に、人差し指をかけた――その瞬間。
「ふふ、ふ、あッははははははははははははははははははははははははッ!!」
強く頭を打ちつけてしまい、気でも狂ってしまったのか? 一瞬そう思い、引き金を引く事を躊躇してしまいそうになったが……いや、違う。彼女は――。
「最高だよオマエら……。丁度、星も出ているみたいだし。これを使うつもりはなかったんだが、この痛み、何千倍にして返してやるからよおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
彼女が粘り強く、また立ち上がろうとしながら――懐の影から取り出したのは。
遠目でも、この暗闇の中でさえはっきりと分かる。そんな主張の強すぎる銀色で、柄から先端まで、その全てが作られた――今まで彼女が使っていた物とは違う。例えるなら、ゲームの最初の街で売っている装備と、伝説の武器を比べるかのような。そんな異質な『槍』だった。




