23.赤い意識《暴走感情》
(また、奪われるのか。……あの時みたいに)
影を操る魔法師が、二人に向けて槍を振り下ろすその瞬間が、まるでスローモーションのようにゆっくりと感じる。
今度は、納乃だけでは飽き足らずに一輝たちまでも。何も悪い事なんてしていないはずなのに、ただ一方的に蹂躙されて。
視界がやがて、赤色に染められていく。怒り、憎しみ、恨み、そういった負の感情という名の紅いペンキを極太のブラシで塗りたくられていくかのように。
やがて、自分の意識さえもが赤色に染められてしまい、溢れ出る衝動が抑えきれなくなっていく。自分ではない『何か』に感情が、意識が乗っ取られていくような。そんな感覚に陥っていき――。
(嫌だ。昼間みたいに、皆に迷惑をかける訳にはいかないんだ。だから――やめてくれッ!)
『普段の弱いお前のままなら、本当にアイツらを殺されるだろう。一輝にリリア、お前の魔法人形である納乃も、折角出会って、これから共に暮らしていくと決めたシエラも。そして、自分自身さえ』
自分の中に潜む、視界を染める赤色の正体が、そう囁いてくる。
(……ッ! 失いたく、ない。でも、コイツだけには頼っちゃいけない……ッ)
『弱いお前には守れねえ。だから、あの時――奈那を失ったんだろ? だから、お前が人形師を続ける限りは、俺に全てを委ね続けるしかねえんだよ』
所詮は、たったひとつのトラウマが生み出した『もう一人の自分』。その言葉に甘えなければいいだけの話。
でも。
(もう一人の俺が言うとおり――果たして、俺にはみんなを守り切れるような力があるのだろうか?)
『……それでいい。お前には無理だ。さあ、俺に任せろ。負の感情を力に変えて、全てを破壊で救ってやるから――そこで指を咥えて見ていろよ、もう一人の俺』
そして、彼の意識、視界、心。その全てが血みどろの赤色へと完全に染まり切る。
***
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 俺はッ! 全てをッ! 守らなくてはならないッ!!」
一度そう叫んでしまえば、もう後戻りはできない。倒れるか、彼が満足するまで、『もう一人の自分』によって完全に支配されてしまう。
自分ではない自分をただ、三人称の視点から見つめる事しかできない。
(……やめろ。衝動に任せて戦ったところで、誰かを守れる訳がない。分かってるだろ、俺)
それでも。彼は魔法銃に、込められる限界まで魔力を注ぎ込む。それが、最悪な結末しか辿らない事を理解していながらも。
衝動的に、込めた魔力を人形喰いに向けて放出する。ただ力任せに撃っているだけでは、彼女を倒せないと分かっていながら。
(……結局。俺には誰かを守る力なんてなかった。自分自身の感情さえも守り切る事ができない。その程度で人形師なんて、務まるなんて思っていたのが馬鹿みたいだ)
そうだ。初めから――あの時、奈那を失った際に、人形師になる事を諦めていれば。納乃に命を吹き込んでさえいなければ――。
こんな悪夢のような光景を目にする事だって、なかったはず。
中途半端な人間が、中途半端な覚悟で、中途半端なことさえしていなければ。
(せめて最後くらいは。もう、誰も傷つく所なんて見たくないんだ。……すまない)
自分勝手かもしれない。だが、もう。自分のせいで周りの人々が傷ついていく現実を、この第三者目線から傍観しているだけの立場であるのがあまりに辛かった。
ゆえに彼は、そっと目をつむる。いずれ訪れる最後の瞬間を、今か今かと待ち続けるように。
……そんな彼に向けて、ある聞きなれた『声』が飛んできた。
『圭司さんっ! ……戻ってきてください。こんなの、圭司さんじゃありません』
見ると、魔法銃を握った両手を必死に押さえつけている納乃の姿があった。
彼女は続ける。
『……聞こえてますよね、圭司さん。……お願いします。――私たちを助けてっ』
……納乃、ズルいだろ。
そんなに震えて、悲しそうな声で、こんなことを言うなんて。
もう、とっくに諦めていたはずなのに。もう一人の自分に任せて、自分は戦いから逃げ出してしまったはずなのに。
これじゃ、また立ち上がらざるを得ないじゃないか。
(さようなら。もう一人の自分。もう、お前には頼れない)
決別だ。もう、自分の弱さになんて甘えない。あの日、確かに誓っただろう。皆を護れるよう強くなると。
遠く離れた意識の中にいる彼は、想像で創造した銃を取り出して力を充填させる。
そして、納乃が今も押さえ続けてくれている、忌々しい赤き自分に向けて――放つッ!!
ピキピキピキピキ……。――ガッシャアアアアアアアアアンッ!!
遠い場所で見ているだけだった、彼の意識が割れて――再覚醒する。




