22.束の間の平穏《襲撃者》
いきなり『家に泊まる』なんて言われた時にはどうなることだろうと思ったが、案外、何とかなるものだった。
納乃もシエラも眠らないため、わが家には一つしかないはずだった寝具も、この家の主である彼でさえすっかり忘れてしまっていたが……こんな事態もあろうかと、一つだけ用意していたらしい。
押入れに余っていた布団と毛布があったので、一輝が寝る場所もしっかりと確保できた。リリアもやはり眠らないので、これで寝床は十分だ。
「……こう、うまく事が運んでる時って嫌な予感しかしないな」
「おい馬鹿、圭司っ! そういうのは口に出したら、本当に起こりかねないだろ!」
とは言うが、もう夜の十時。リリアの得意魔法である『ディープ・アイ』も定期的に張り巡らせてはいるが、やはり人形喰いが襲ってくるような気配はない。
こちらの思い過ごしだったのではないか。向こうだって、そういった捨て台詞を吐いただけで、こちらを殺そうという気なんて実はなかったんじゃないか。
そんな考えが頭を幾度もなくよぎっていくし、それが本当なら確かにこちらの無駄骨で終わることになるかもしれないが、誰も傷つくことなくこの騒動を終えられるのだから、きっと限りなく良い幕切れなのだろう。
どうか、このまま平穏に――。そんな些細な願いさえも、時に、一瞬で打ち砕かれるものだった。
それは耳を破るような、ガラスが無残にも砕け散る音と共にやってきた。
アパートの窓を突きやぶって、こちらに向けて飛んできたのは、二本の『槍』。
余計な動きなどなく、ただ真っ直ぐに。二人の右手を勢いのままに貫いた。
「――がああああああああああああああああああッ!?」
「――んぐううううううッ! な、何故……。私の『ディープ・アイ』に魔力反応なんて――」
痛みに悲鳴を上げ、悶絶するのは一輝とリリアだった。あまりに突然、それも一瞬の出来事で。避けるどころか、射出された槍の道筋さえも見えなかった。
「納乃、シエラ! 窓の方だ!」
痛みでひるみ、立てなくなってしまった一輝とリリアの盾になるような形で、まだ動ける三人が割れた窓に向かって立ち塞がる。
やがて、窓の外からゆっくりと、こちらに歩いてきたのは――。
「魔力が探知されちまうなら、その射程外からブチ込んでやりゃいいだけだろうが。なあああッ!?」
そこに立っていたのは、金髪のショートヘアに、圭司や一輝、納乃にも馴染みのある服装……つまり魔法大学の制服を着た、鋭い目つきの女性だった。
あの帰り道に見た姿とは違う。ただ、直感的に分かる。
「……人形喰い……ですかッ!」
納乃は、その『通り名』を叫んだ。
「あー、その呼び方はやめてくれるかなあ。アタシは人形喰いじゃなくて、一人の魔法師――『九鬼有栖』として、ここに立ってるんだからさあ」
つまらなさそうな調子で、人形喰いもとい、九鬼有栖は言い放つ。
「九鬼、有栖……。私の索敵範囲が何故分かったのですか。アレを見せたのは、あなたが昼間、奇襲を掛けてきたあの時だけのはず」
「一から説明しないと分ッかんねェかなああ。知ってたか? あの大学の学生全員の『魔法』『学力』『身体能力』といった情報はな、ぜーんぶセキュリティルームにまとめて保管されてんだよ。『ディープ・アイ』の探知範囲も、ミリメートル単位でなあああッ!」
「しかし、大学のセキュリティルームには国家機密レベルの情報などもあると聞きます。そんな場所に忍び込むなんて、できるはずが……」
「あー、くッどいなあ。そこに忍び込めたからこそ、この寮を突き止められたんだろうが」
九鬼有栖の、影に潜む魔法があればできなくもない芸当だとは思う。それに、寮の管理は大学およびその管轄の組織が行なっているらしい。そんな寮の場所がバレたというのだから、彼女の言うことはやはり事実だろう。
「さあて。もう一発くらいブチ込んで、喋る余裕すら根こそぎ狩り取ってやんよッ」
九鬼有栖が、後ろで何とか立ちあがろうとする二人の元へとゆっくり、余裕そうな表情で歩いてくる。
「させるかッ!」
「ここから先は通しませんっ!」
圭司と納乃がそれぞれ魔法銃を取り出し、金色の髪を揺らしながら歩く彼女に向けて、魔力の銃弾を放つ。
が、同時。銃弾が捉えたその身体が、一瞬にして暗く、半透明なものへと変わる。……全身が、影になったのだ。
二つの銃弾は、影となったその身体に命中することなくそのまま通り過ぎ、アパートの壁に風穴を開ける。
その直後、待機していたシエラも剣を構え、一撃を振り抜くが――それもただ、空気を切り裂いただけに終わってしまう。
「とりあえず、お前らはアタシが満足するまでサンドバッグにしてやるつもりだから、まだ殺しゃあしねえさ。もう一人のFランクが殺される様を、じーっくりと目に焼き付けておくといい」
二人の右手に刺さる槍を強引に引き抜くと、一輝の傷口からは鮮血が飛び散る。リリアは人形なので、血は流さない。が、その傷口からは見えないながらも魔力が漏れ出ているはず。
そして、引き抜かれた痛みに堪えながらも、さらにもう一撃。次は二人の左手に、その槍を突き刺され、貫かれる。
二人の悲痛な叫びが、小さなアパートの部屋を埋め尽くす。
「ふふ、はははははははははッ!! アタシの手に傷を付けたツケは返させてもらったぜ。ま、アタシの正体を知っている以上、最後は口封じのためにも殺しちまうことには変わりねえんだけどさァ!」
そんな地獄を体現したかのような光景を前にして。人形師、漣圭司は――。




