19.命を狩り取る一撃を《一本確殺》
「おいおいおいッ、どうしたんだァ!? さっきまでの威勢は何処にいっちまったのかなああッ!?」
先端が鋭くとがった槍を握る影が、一輝とリリアに向けて何度も、何度も、その矛先を振るい続ける。
実体のある槍はともかく、その攻撃を放つ彼女には、こちらの攻撃は触れることさえもできない。故に、彼らはこうして避け続ける以外の選択肢は残されていなかった。
しかし、避けつづける過程で――彼は、ある違和感に気がついていた。
(確かに、影になったアイツは、物理的な攻撃は透き通るように当たらない。……でも。もし仮に、全身が影になっているとしたら。右手に握っているその槍は、どうやって持っているんだ?)
あの槍だけ都合良く、彼女の手に取る事ができる。そんな都合の良い魔法があるとは到底思えない。――だとすれば。
「リリア、『右手』を狙ってくれッ!」
「はいっ!」と返しながら、メイド服のポケットからナイフを二本取り出すと、両手から一本ずつ、二方向からナイフを放つ。
それぞれ正確でまっすぐに、暗く半透明な人形喰いの右手に向かって飛んでいく。
対する彼女は、そのナイフを――避けた。ここまで、二人がどんな攻撃をしようがけろりと平気な顔で避けようともしなかった彼女が、だ。
その行動が意味するのはひとつ。
「やっぱり。お前の弱点は、槍を持つその右手って訳だ。よくよく考えてみれば当たり前のことだ。全身の隅から隅まで全部影にしちまったら、そっちだって攻撃できなくなるんだしな」
「だからどうしたァ? 弱点を見つけたからって、お前が勝ったって訳じゃねえよなああッ!?」
右手に持つ槍で、こちらに向けて攻撃を何度も高速で放つ。厄介なのは影の魔法だけではなく、彼女の槍自体もとてつもなく速い。
あの右手が弱点であると分かった今でも、残像しか残らないようなそれを直接狙うのはあまりにも無謀だろう。運良く当たるのを待っている間に、こちらが貫かれてしまうのが関の山か。
(さっきの演習みたいに、俺が攻撃を受け止めて、その間にリリアが……いや、これも無理だ)
槍は一点火力。剣で受け止める事ができなければ、防護機能付きであるこの制服ではあるが、いともたやすく貫かれてしまうだろう。
そんな確実性のない賭けに、こちらも命を賭ける度胸は持ち合わせていない。そもそも、魔法師とか人形師といった人間が、こんな無謀な賭け事ばかりしていたら命がいくらあっても足りない訳で。
もっと確実性のある方法。彼は、雨のような槍の猛攻を避けつつ、考える。
(……そうか。いきなり弱点を狙おうとしたのが悪かった。あの右手が弱点だと分かった今だからこそ――)
彼は魔法剣、紫色の刃を携えて、槍を握る影の元へと走る。
「単調、単調ッ!! 弱点だと分かった途端に、そこしか狙ってこねえ。動きが見え透いてんだ……よ?」
彼が狙ったのはもちろん、唯一の弱点である右手なんかではない。
――キインッ!!
金属音と共に、宙を舞ったのは――彼女の使っていた槍だった。
転がり落ちた槍を一輝は左足で踏みつけながら、人形喰いに向けて言い放つ。
「どうだ! これでもうお前は攻撃できない。……この槍を拾わない事にはな」
一輝は、馬鹿正直に弱点を狙うわけではなく、弱点を狙う機会を作ったのだ。『槍を拾う』という隙を作らせ、その間に余裕を持って唯一の弱点を狙うために。
対する人形喰いは――暗い影と、フードによって隠された顔の奥で、誰に見せることもない笑みを浮かべていた。
「おいおい、忘れたのか? この槍は一本だけじゃないってことを。人形どもが一番最初に撃ち落として、証明して見せたってのに。報われない――な」
その瞬間。空中に、不自然に現れた影。そこへ手を伸ばそうとした彼女の手に、一本のナイフがグサリと突き刺さる。
「私に『隙』は必要ありません。ただ、右手がそこに現れる確証があるだけでいい。そこにただ一本だけ、|優しく命を狩り取る一撃を《One Knife, One dead.》」
突然の、感じるはずがなかった感覚――意表を突かれたからこそ増幅するそれが、与えた側にはその表情が見えないながらも、確実な苦痛を与える。
それは『声』となって、閑静な住宅街に響き渡る。
「――ぐあああああああああああッ!?」
影になっていた彼女の全身に、魔法によって失われていた彩度がみるみるうちに戻っていく。
大方、痛みで集中が乱され、魔法が維持できなくなったのだろう。どんなに強力な魔法だろうと、発動できなければ意味がない。
「その影になる魔法がある限り、最後まで油断できないからな。悪いけど、魔法が使えなくなる程度に痛めつけさせてもらう。なに、命までは奪わねえから安心しろっ」
一輝は言いながら、もがき苦しむ人形喰いの元に向かって走り出す。その右手には紫色の刃。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
一輝の、渾身の一撃は――彼女の身体を切り裂かない。
「ふ、ふふ、あはははははははははははッ!! これで勝ったと思うな。すぐにまた殺しにきてやんよ。……アタシの戦場で、先に逃げ帰ったあの人形師もろとも、ブチ殺してやるからよおおッ!!」
その声は、近くのアパートの敷地を示す、石造りの塀が作り出した影から飛んできた。
自分自身を影にする程の余力はなかったが、影に隠れる程度の力なら、手を貫通するナイフの痛みを受けながらも行使できたらしい。
リリアが、声の発された場所に向けてナイフを降らせるが――手応えはなかった。どうやら逃してしまったらしい。
「くっ、あと一歩だったんだけどな……。リリア、ありがとな。って、まだ気を抜くのは早いか」
「申し訳ございません、マスター。最後の最後で油断して、取り逃がしてしまいました」
「いや、リリアは悪くないさ。右手が弱点だって分かった所で、俺だけじゃあその弱点が突けないしな」
最後に、彼女が残した言葉。……人形喰いが、再び殺しに戻ってくる。それも、一輝とリリアだけではなく、圭司らの元にまで。
なんとか退けたものの、安心はできない。怒りと憎しみに満ちたあの声からして、それに宿る殺意は本物だ。
次はいつ襲ってくるのか分からない。そんな不安と恐怖に苛まれながらも、ちょっとした騒ぎになってしまい、いつ人が来るかも分からないので、ひとまず二人はこの場を離れる事にした。




