2.常識外れ《漣圭司》
大学のキャンパスを出て、そこから一週間分の食料を買うべく、学校から少し離れたスーパーまで歩いてやってきた。
交通機関を使うにも、微妙に躊躇われる距離だったし、少しでも食費を節約するためにわざわざ安いスーパーへと向かうのに、二人分の交通費を払うのは本末転倒だと言える。
彼の知っている中ではここが一番安くて、鮮度の良い食材が揃っているのだが、難点はやはり、そのスーパーが建つ場所だった。
圭司と納乃が暮らすアパートとは方角が正反対であり、それでなくとも学校から中々の距離を徒歩で向かうのだから、帰る頃には間違いなく真っ暗になってしまうだろう。
それでも、親からの仕送りで細々と暮らしている彼のお財布状況を考えれば、少しでも食費を浮かせる為には仕方のない事だと割り切れる。
「それにしても、圭司さん」
これからしばらくの食料となる肉や魚、野菜やらを粗雑に、次々と買い物カゴへと突っ込んでいく彼に向けて、不意に納乃が話しかけてくる。
ん? と、買い物に夢中なせいか適当な調子で返事を返すと、立ち止まり、真剣な眼差しでこちらを見つめる納乃と見合わせる。
「どうして、人形である私を、なんといいますか……まるで人間のように扱ってくれるんでしょう?」
「と言うと?」
彼には、投げかけられた質問がよく理解できなかった。彼女の放った言葉、その意味が。
納乃という存在を作ってから今日まで、大きく態度や接し方を変えた記憶はない。そう訊かれるような出来事に、身に覚えがなかったからだ。
ここまで言っても、未だによく分かっていなさそうな顔をする主人に向けて、彼女は続ける。
「たとえば。講義でも習ったように、魔法人形はご飯を食べなくとも動きます。それなのに、圭司さんは毎日、私にご飯を作ってくれるじゃないですか」
なんだ、その事か。と、彼はようやく納乃が言いたいであろう事を理解した。……彼にとってはもう当たり前の事だったので、そうすぐに思い浮かばなかったのだ。
しかし彼女の言う通り、納乃は魔力を動力源として動いているので、その身体に魔力さえあれば、人間のような食事を摂らなくとも最大限の力を発揮できる。
その魔力だって、よっぽどの事がない限りは人形自身で少しずつ回復していくので、激しい戦闘だったりで著しく魔力を失ったりしない限りは、半永久的に動き続ける。
それだというのに、彼女の主人は特に理由もなく、毎日、温かい食事を自分の為に用意してくれる。
彼の行動、その全てが、まるで納乃の事を人形としてではなく、一人の人間であるかのように接してくれているように感じる。
……魔法人形である納乃にとって、それが不思議でならなかった。
そして、彼も彼で、それが一般的な人形師としてはおかしい行動であることくらいは分かっていた。人形師として、常識外れであることを自覚していた。
しかし、彼は。
「……変だって思われるかも知れないけどさ。どうも俺は人形を人形だと思えないんだ」
それが、彼の人形師としての客観的な評価――大学でいう所のランクだったりを下げている原因へと繋がっている事だって、薄々気付いていた。分かっていながらも、そういった行動を取ってしまう理由は、その記憶の中にある。
脳裏へと強く焼き付けられたあの一件は、彼にとっての魔法人形に対する価値観、そのものを大きく変えた。——それは、とある一体の人形が遂げた『死』が大きく関わっている。
彼女の苦しむその姿を思い出す度に、胸が張り裂けそうな感覚に陥る。
だから、思い出したくはなかった。でも、忘れる事なんて出来るはずもない高校二年の頃、あの記憶を。