18.お任せします《戦線撤退》
「……圭司さんっ!」
バタリと。閑静な住宅街にて、一人の人形師が倒れる。……魔力を使い果たしてしまい、立ち上がる力さえも入らなくなってしまったのだ。
普段の彼なら、感情に身を任せて自滅するなんてあまりに滑稽な、そんな敗れ方はあり得ないはずだった。
「納乃、圭司を連れて先に帰れ。ここは俺たちに任せろ」
「そんなっ、それじゃあ一輝さんとリリアさんが……」
相手は、今までに二十以上もの人形をその名の通り喰らってきた魔法師だ。そんな彼女を、一輝とリリアの二人に任せて逃げるなんて不安しか残らない。
もちろん、彼らが頼りないと思っているとか、そういった意味ではない。
が、それ以上に、敵が未知数で強大すぎる。この魔法特区におけるここ最近でのトップニュースを独占している、そんなレベルの相手なのだ。
「頼む。……圭司が。お前の主人が、大切だと思うなら――ここは俺に任せて、早く家で休ませてやってくれ。あんなに無茶な魔力の使い方をしたんだ、すぐにでも安静にしてやらないと」
一輝は、納乃に向けて、まるで一生に一度のお願いでもしているかのような調子で懇願する。
そこまで言われて、納乃は彼の気持ちを踏みにじる真似など、できるはずもない。
「……分かりました。人形喰いは二人にお任せします」
納乃は、未だ意識が遠のき、地面に倒れ込んでいる彼をぐいっと抱きかかえると、その身体を軽々と持ち上げる。
彼は一般的な大学生として平均程度の身長、体重ではある。しかし、そんな彼さえも、戦闘用に作られた魔法人形なら軽々と抱える事ができる。
「すみません。私がもっと、圭司さんを守りながらでも戦えるくらい強ければ。……お願いします。一輝さん、リリアさん」
ふと後ろを振り返り、納乃は最後にそう言い残すと、いつも通っているはずの、しかし妙に静かな帰り道をただ全速力で走り去っていく。
納乃の身体能力は言わずもがな、人間とは比べ物にならないほど高い。圭司を抱きかかえながらというハンデを背負いながらも走る彼女が、ここから見えなくなるまでにそう時間はかからなかった。
残された人形師と、黒の衣装を纏う魔法師が、張りつめた空気の中で互いに向かって睨みあう。
「ここから先は一歩も通させやしねえ。アイツにまた、あの時と同じ思いをさせる訳にはいかないしな」
「アタシの知ったことじゃねえ。あの男の暴れっぷりを見るに、人形を失う事に対して相当なトラウマを抱えてるみたいだけど……アレでよく、大学に入学できたものだな」
「うるせえよ。お前が、克服しかかっていた圭司のトラウマをまた呼び起こしたんだ。タダで済むと思っちゃいねえだろうな?」
「へっ、いいぜ? お前、人形喰いとか呼ばれてるアタシを前にして、それだけの大口叩けるなんて。なかなか度胸あるじゃんっ」
人形喰いは露骨に声色を変えると、オモチャを前にした子供のようにテンションを上げて。
「不意打ちばっかでアタシも退屈してたんだ。こんだけの人形を喰って、一体どれくらい能力が上がったか。お前で試させてもらうとするかァ……、アハハハハハハハハハッ!!」
狂気に満ちた笑みと共に、人形喰いは一度、住宅街に立ち並ぶ電柱の影に潜ると――ビュウウウウウッ!! 大砲から発射されるかのごとく、彼女が影から飛び出す。そして、その右手には槍が握られていた。
その顔を覆い隠す黒いフードから覗く視線は、リリアを捉えている。その間、コンマ一秒もないだろう。
対してリリアはぴょんと一飛び。向けられたその矛先を、ピンクのツインテールを揺らしながら華麗に回避する。
「今のが避けられるなんて、やっぱアタシの目に狂いはなかったみたいだ。……いいぜ、こっちも本気で行かせてもらうからよッ!!」
「出し惜しみをされていたなんて、俺たちも舐められたもんだな。リリア、行くぞッ!」
紫色の光を放つ魔力の刃が、一輝の右手から伸びる。
間髪入れずにその剣を握りながら、こちらを見つめる人形喰いの元へと走り、容赦ない一撃を叩き込む。
隣のリリアも、メイド服のポケットから取り出した、片手に四本ずつ、計八本のナイフを惜しみなく発射する。
……しかし、二人の攻撃は――確かに彼女の身体、その中心を貫いた。がしかし、攻撃が当たったという感触自体が存在しなかった。
改めて、そんな人形喰いをもう一度見ると――影になっていた。
隠れるとか、そういった次元ではない。彼女の存在そのものが影に変化しているのだから、二人の攻撃なんて当たるはずもなかった。




