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11.一限目《現代魔法情勢》

 大学に着いた時には、一限目の開始まで余裕すらあるくらいだったのだが……。


 講師控え室に寄ったり、教務課でシエラの件についての申請手続きだったりをしていると、時間がギリギリである事に気がついて、広い学内を納乃(のの)と共に走ってきた次第だ。


 新学期が始まって心機一転、時間に余裕を持って大学に着き、余裕の朝コーヒーをキメる時間でも作ってやろうかと意気込んでいた所、横から嘲笑われたような気分である。


 人形師としての訓練をここ一年は毎日のように行なっているからか、流石に同年代の平均と比べれば、体力には自信がある。生活費を浮かせるために家とは逆方向のスーパーにわざわざ歩いて通っているのも大きいかもしれない。


 始業開始ギリギリで滑り込み、一限には間に合ったのだが……彼が思い描いていた優雅さの欠片もない。


「日本の三大魔法機関。『神影(みかげ)機関』『ノーレッジ』『MSMS』の三つがありますが、今日は数多くの優秀な魔法師、人形師が所属する神影機関についての講義を――」


 講義室の前に立ち、平坦かつ落ち着いた口調で話しているのは、西城最次(さいじょう もつぐ)。『現代魔法情勢』という教科の担当講師だ。


 銀髪を肩の辺りまで伸ばし、ビシッとスーツを着こなしている。その若さと整った顔立ちから女学生の人気と注目を集めまくっている彼は、講師の中でも『唯一の良心』とさえ呼ばれる程の人格者でもある。


 そんな彼は『副講師』……主講師である灯砥禊(とうと みそぎ)とは逆に、特定の科や学年、クラスといった枠組みには所属せず、自身の担当科目についての講義を行う。いわゆる教科担任みたいなものだ。


「まず神影機関とは。日本一の魔法師と、同じく日本一の人形師を含めた多くの実力者が揃う『神影家』を筆頭とした魔法機関で――」


 普段なら、頭の片隅へ残る程度には聞いている講義であったが、今日はどうも内容が頭に入ってこない。


 朝一番の講義で、加えて座学というのもあるかもしれないが……シエラの件が頭にチラつくのが一番の理由だろう。


 あの後、申請を出すだけ出したのは良いが、教務課で相談した際の反応を見るに、あまり期待はできなさそうだ。


 申請が通らなかったらどうするか。毎日一人で留守番をさせる訳にもいかないだろうしと、圭司は頭を抱えてしまう。


 それを見かねた、長机の右隣に座る納乃は――。


圭司(けいじ)さん。もしダメだったとしても、その時はその時です。何なら強硬手段でも――」


 言いながら、再びスカートの中、左太ももに手を伸ばす彼女の手を圭司は抑える。


「こら納乃(のの)。すぐに銃を取り出そうとするんじゃない。第一、そんなことしたら俺たちも退学で本末転倒だ」


「ううっ、すみません。つい……」


『つい……』で銃を構えるなんて物騒なとも思うが、この大学自体が血の気の多い人々の集まりで、物騒の塊みたいな物だし、そう気にすることでもないのかもしれない。


「でも、流石に考えすぎじゃないですかねえ? 一人にするのが心配なのは分かりますけど、シエラさんだって子供じゃないんですから留守番くらい任せても大丈夫な気もしますよ?」


 家を出る前にシエラが『気にする事はありません』と言っていたように。納乃も今、こう言っているように。やはり、圭司の考えすぎなのかもしれない。


 ただ、三年前。通り魔に、彼のパートナーであった魔法人形(ウィズドール)奈那(なな)を殺された経験がある。もし、シエラまで失ったとしたら――。


 出会ってからまだ一日しか経たぬ彼女だとしても、家族である事には変わりない。……きっと、彼はもう人形師として立ち直る事ができなくなるだろう。



「――起きてください、マスター。また怒られてしまいますよ」


 ふと、後方から聞き慣れた声が耳に入る。


 振り向くと、圭司と納乃が座る一つ後ろの席では――隣で机に突っ伏して眠る男、新井一輝(あらい かずき)を何度も揺さぶり起こそうと奮闘する、フリフリのメイド服を着飾ったリリアの姿があった。


「マスター、起きませんね……。どうしたものでしょうか」


 リリアが一人で困っているその姿がだんだんと不憫に見えてきた。


 とりあえず、気持ち良さそうにすやすやと眠りにつく彼が枕代わりにしている、分厚い教科書――『よくわかる現代魔法情勢(全501ページ)』を引き抜くと、そのまま頭上に振り上げて――。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 ……そのまま勢いに任せて振り下ろした。


 漫画なら『ズッシャアアアッ!』とかいう擬音が描かれそうな調子で、一輝の頭に命中したその教科書は、彼の頭部に五〇〇ページ分の衝撃を叩き込んだ。


「——いってえええええええええええ!?」


 驚きと痛みに同時に襲われ、ただ叫ぶ事しかできない一輝。この状況に、未だ理解が追いついていないようだった。


「あ、あの……確かに、起こして頂いた事は有り難いのですが……いくら何でもやり過ぎじゃ……」


「リリアが可哀想に見えたからな。一輝、自業自得だ」


「だからって、思いっきりぶっ叩く奴があるか! しかもコイツ、よりにもよって五〇〇ページもある重量級じゃねえかよ!」


 わーわーわーと騒がしくしていると、背筋が凍り付くような気配に襲われる。そーっと振り向くと、そこには――。


「これはこれは。随分と余裕があるようですねえ……?」


 冷たく突き刺さるような視線をこちらに向ける、講師――西城最次の姿があった。


『唯一の良心』……そう呼ばれている彼ではあるが、この魔法大学の講師という枠組みに収まる事には変わりがない。講義の妨害をするような学生には、慈悲も容赦も有り得ないのだった。

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