幕間 胸へと刻み込んだ『目的』
かつて、この世界には『未来を視る』魔法を扱うことのできる魔法師が存在した。
そもそも未来視は、理論上は可能……と囁かれつつも、人間の脳が持つ処理能力、人間の身体に宿る程度の魔力では実質不可能とされている、夢物語な魔法であった。
仕組みといえば、脳内に一つ『仮想の世界』――科学的に言えば、超巨大なVR空間とでも表せるだろうか――を構築し、構築した世界に対して未来を予測する為に必要な条件、つまりはプロパティを設定する。
準備が整い次第、再生ボタンのようなトリガーを発動させて、その顛末から予測結果を得るという、仕組みは至ってシンプルかつ、人間ならば規模は小さくとも、誰しもが無意識にやっているであろうことだった。
車を運転している時、歩行者用の信号機が点滅しているから次の信号もそろそろ赤に変わるだろう、と警戒する。
ボールが飛んできた時、その挙動から落下位置を予測して移動し、両手でキャッチする。
未来視は、それらの規模を極限まで大きくして、入力する情報量を果てしなく膨大にしただけのことだ。ただ、その規模が人間ひとりの力でも、例え複数人の魔法師が並列に処理を行っても届かない領域で、絶対に不可能というだけのこと。
そんな不可能を可能にしたのは、当然彼女の魔法師としての実力もあるが、一番はその身に宿る『神の領域』だろう。
それでも、完璧な精度を求めず、一から全ての条件を設定する訳ではなく、ある程度の妥協をして――ではあるのだが。
完璧な未来を一瞬で予測して、臨機応変に動くなんて便利な使い方は到底できない。としても、決断がすぐには迫られない、長期的な問題を解決するには十分な力でもある。
……しかし、そんな彼女の目標は未来を視るだけに留まらなかった。彼女にとっては、未来視などただの通過点に過ぎなかったのかもしれない。
『未来をこの手に掌握する。その可能性がたった少しでもあるのなら、自らの命など安い物です』
言うと。その貴婦人のような上品さを漂わせる銀髪で長身の麗らかな女性は、その首元へ迷いなく一直線に、魔力的効果さえ宿っていない、右手に強く握りしめる純粋な短剣を突き刺した。
しかし、人体の急所である首を一刺しすれば、いくら短剣であろうと、いくら未来視が可能な実力ある魔法師であっても、簡単にその生命は停止してしまう。
深く突き刺さったと同時に、強烈な痛みだって走り抜けるだろう。が、当の本人はそれさえも果てしなく気持ち良さそうに。ただ笑っていた。
誰もいない道の傍らには、白銀の鎧を纏った魔法人形が意識を失い、弱々しく倒れている。主人に捨てられた、本来なら未来などなくただ消えていくだけの存在だ。
しかし、彼女は未来視によって見てしまう。シエラという魔法人形が辿る、彼女の未来視でさえノイズが掛かって完全には見通せない『無限の可能性』を。
(さて、全てはもう誰も傷つかない、完璧な世界を創り出すために。神影機関ナンバーツーの人形師が作りし魔法人形、シエラへと我が魂を刻みつけましょう)
領域魔法を持つ者が死亡した際には、その時強く想った相手へと力は継承される。
この場合、彼女の『神の領域』が次にどこへ宿ったか――とは、わざわざ言うまでもないだろう。




