下民の幸せ〜一生幸せになれない私は溺愛されて皇后になった〜
私の日課は朝起きたら高くジャンプをして腹を強く何度も叩くことだ。
これをしないと私は生きていけなくなってしまう。
「あなたまだ居るのね?」
「すみません」
ここでも邪魔者扱いだ。産まれてきてからずっと私はこの扱いに慣れてきる。
むしろこれが私の中では普通なのだ。
「早く仕事してきなさい」
バケツとモップを渡されると水を入れ屋敷の掃除に向かった。
私は公爵家のメイドとして働いていた。産まれた時から母親もメイドだった。だからメイドになるのは当たり前だ。
掃除をしていると突然水が入ったバケツを誰かが蹴った。
「すみません」
私は急いでバケツを拾おうとすると手に衝撃が走る。
「あら? 汚らしい手だからゴミだと思ったわ」
「申し訳ありません」
私の手を踏みつけたのは私が働く公爵家の第二夫人だ。
「早く片付けてくださるかしら」
そう言いつつも第二夫人は私の手を強く強く踏みつけた。
「痛っ――」
「こんなところでどうしたんだ?」
「あら、ウィリアム!」
声をかけてきたのは現公爵様だ。
「あらあら、こんなに濡らして――」
「申し訳ありません」
私はバケツを拾おうと手を伸ばすと公爵様もバケツを拾っている。
「今夜も君の大事な部分を濡らしてあげるよ」
「失礼します」
私は急いでモップで水を吸い込ませるとその場を立ち去った。
「あのゴミ早く退けてちょうだい」
「ははは、彼女は私の大事なメイドだからね」
「本当に汚いわ」
「一番は君だけに決まっているだろ」
「ウィリアムったら!」
彼女は公爵様に腕を組みどこかへ向かっていった。
私にはもう一つの顔があった。それは伯爵家の欲望の処理道具として使われる"孕み袋"としての役割だ。
それでも私は生きるためにここにいなければならない。毎日高くジャンプをして腹を強く叩く。
孕み袋としての役割がなくなったものは……処刑されるからだ。
この世界の女性はふた通りの生き方を強要されている。煌びやかな服に身を包み夫に大事にされるアクセサリーか欲望の捌け口として使われる女性のどちらかだ。
そんな私は生まれた時から後者で通称“孕み袋”と呼ばれていた。孕み袋の子は生まれても孕み袋なのだ。
「アリシア……君はなんて醜いんだ」
「ありがとうございます」
そんな私は今日も公爵様に抱かれていた。
愛なんて一度も感じたことないただ単に処理の道具として使われる日々にうんざりだ。
でもここでしか生きる方法を知らない。それが運命だから変えられないのだ。
「はぁ……はぁ……」
私の中から出る熱い塊に反対に私の体温は下がっていく。明日も強く強く腹を叩かないといけないからだ。
――パン!
「本当に見てて醜いな」
公爵様との行為は強くビンタをされて終わる。こんな惨めな私だが公爵様の役に立っているのだろう。
ボロボロな私を見て今日もニヤリと微笑んでいた。
♢
朝起きると体の気だるさを感じていた。公爵様との行為を終えた日は体調がおかしくなってしまう。
「そんなにもたもた動いて邪魔ね」
メイド長は私に強くぶつかるとそのまま姿勢を崩した。
「痛っ……」
「本当に鈍臭い子ね」
メイド長は何かを向けると私はそれを掴んで立ち上がった。
「ありがとうございます」
「気にしなくていいのよ。 あなたが掴んだその棒は公爵様の後始末をしたものよ」
私は勢いよく手を離した。私が掴んでいたのは排泄時に出た汚物を片付ける棒だった。
「本当に汚らわしい子だわ。 早く片付けてしまいなさい」
そう言ってメイド長は棒を私に投げつけると去っていった。
「また掃除に行かないといけないのか……」
私はバケツと棒を持つと排泄物を流すために近くの川に向かった。
近くの川に行くとそこにも何人もの女性がいた。全て私と同じ境遇の人達だ。
「あなたは最近どう?」
今日も私によく声をかけてきてくれる女性が話しかけてきた。
「まだ大丈夫です」
「そうなのね。 私ひょっとしたらダメかもしれんないの」
彼女は神のお告げのことを言っているのだろう。
「お告げはないんですか」
「ここ二ヶ月ほど来ないんです」
私達は皆神のお告げを大事にしていた。それがなければ私達はいつでも簡単に捨てられてしまう。
「まだ諦めないでください。 いざとなったら逃げましょう」
「ええ、少し気が楽になったわ」
彼女は少し戸惑いながらも笑っていた。
だけどその笑顔は私が見た最後の孕み袋の姿だった。
♢
屋敷に戻るとどこか屋敷内はバタバタと忙しそうだった。
「あんたこんなところで何してるのよ」
私に怒鳴りつけるように話しかけてきたのはメイド長だ。
「本当に使えない子」
「すみません」
私はメイド長に頼まれた仕事をしてきただけなのにこの扱いだ。
「早くあなたも準備してちょうだい?」
「何があるんですか?」
「はぁ!? あなた仕事も真面目にできないのね! 孕み袋しか価値がない女だわ」
私だって孕み袋をやりたいわけではない。変わってもらえるなら変わって欲しいぐらいだ。
毎月神のお告げがないか心配し過度に自信に傷つける毎日。そんな人生に変わりたい女性はいないだろう。
「私は仕事に戻ります」
「何言ってるの? あなたの仕事はこれしかないでしょ?」
私に渡されたのは布が少ない下着だった。綺麗な装飾もないただの紐でしかなかった。
「今日は次期国王がこの屋敷に来るのよ」
「それは私には――」
「関係なくはないのよ! 次期国王といえばこの国を支える有名な人よ。 そんな人に会えるだけでも孕みちゃんが会えるだけ良いと思いなさい!」
そう言って彼女は仕事に戻っていった。
彼女もどこかで自分自身を変えてくれる男性を探しているのだろう。
それでも私はこの生活をするぐらいならただ働くだけのメイドに生まれたかった。
「ああ、神様私にお告げをください」
私は今日も神のお告げがもらえるように空に祈った。
♢
私は紐のようなもので裸体を隠し今日も公爵様の部屋に向かった。
――トントン!
「誰だ?」
「私です」
声をかけると扉が開いた。私の役割はここからだ。
「ほぉ、今日はその姿で私を惑わせにきたのか」
公爵様は私を部屋に引き込むとベットに押し倒した。
「ははは、お前の孕み袋は中々綺麗な顔をしているな」
私は声がする方に目を向けるとそこには煌びやかな服をきた金髪の男性が座っていた。
――パチン!
「お前の相手は俺だろ?」
よそ見をしていた私の頬に衝撃が走った。目の前にいる公爵様が私の頬叩いたのだ。
「本当にお前歪んでるな」
「それはキース様には言われたくないですね」
「それもそうだな」
「ははは、なら俺も楽しませてくれよ」
この国の次期国王も腐っている。私の体を貪りつくすように私の体を痛みつけてくるのだ。
「私の大事な子を壊さないでくれよ?」
「お前がよく言えたもんだ」
私はその後も彼らから痛みつけられた。全身が冷たくなるこの行為に何の意味があるのだろう。
気づいたら私は床で寝ていたようだ。公爵様と次期国王は何かを話していた。
「最近は一部で孕み袋を排除しようって動きがあるがどうするんだ?」
「そんなことは次期国王の俺が変えさせないぞ? こんな楽しいことが認められているのを変える必要性がないじゃないか」
少し期待した私が馬鹿だった。やっとこの生活から抜け出せると思ったが孕み袋は何をしても孕み袋のままだ。
「倒れていたようで申し訳ありませんでした」
私は立ち上がると公爵様達が気づいた。
「ははは、これは絶景だな」
彼らは私の脚に垂れ流れる液体を見て微笑んでいた。
「だろう? 私のお気に入りの孕み袋だ」
「これが無くなったら俺らが生きていく楽しみがなくなるからな」
公爵様は私に近づき頬を強く叩いた。
「やはり酷く美しいな」
私はそのままベットに引き戻されると再び孕み袋としての仕事が始まった。
♢
今日はいつも以上に腹を強く叩いた。昨日あれだけ何度も仕事をしたら神のお告げが遠のいてしまうからだ。
私は今日もメイドの仕事で明け暮れていた。集中していないと昨日の仕事でできた体の傷が痛みを感じてしまう。
その痛みが生きている証拠と言えばそれはそれで間違いないが、それを認めてしまうと私の中で何かが壊れるような気がした。
「君は今日も大変そうな顔をしているね」
休憩している私に声をかけてきたのは見窄らしい格好をしている男だった。
私は疲れた時に屋敷の近くにある木の日陰で座って体を休めているのだ。
「お仕事が忙しいから仕方ないです」
「大変なんだね」
男性で唯一気を許せるのはこの人だけだった。
「それはお互い様じゃないですか」
彼も私と同様に顔や体に傷がついているのだ。
「ははは、それはそうですね」
木の隙間から光に照らされる彼の髪は綺麗な銀色で輝いていた。
私はそんな彼の髪に手を伸ばしていた。
「ふふ、私の髪が気にいりましたか?」
「いえ……虫が付いていただけです」
咄嗟に嘘をついて手を引っ込めた。
「そうですか……」
彼は少し寂しそうにこちらを見ていた。
「ならお願いがあります」
「えっ?」
彼は私の手を取り自身の頭の上に乗せた。私は何が起きているのか分からず固まっていた。
「汚いです!」
私は手を引こうとするが彼の手が重く引き抜けなかった。
「あなたの手はとても綺麗です」
「そんな――」
「頑張って生きている手をしています」
彼の言葉にどこか私の中にある何かが少しずつ溶けていく気がした。
公爵様や次期国王とは違った優しい手だ。だがそれと同時にこんな生き方しかできない私に少し嫌悪感を抱いた。
「へへへ、ありがとうございました。 これで今日も頑張れそうです」
そう言って彼は満足したのか立ってどこかへ行ってしまった。
私の心を乱す彼はいつも嵐のように来ては去って行った。風で目を閉じればすでに彼はいなくなっていた。
「私の手が綺麗って……」
私はどこか嬉しい気持ちになりながらも仕事の続きをするために屋敷に戻った。
屋敷に戻るとメイド達が騒がしくしていた。
「みなさんどうしたんですか?」
「ああ、あなたみたいな人には関係ないことよ」
話しかけても私には関係ないことらしい。それなら仕事に戻ろうと荷物を持つと何やら声が聞こえてきた。
「あなた達早く仕事をしなさい」
「ローズ様」
声をかけたのは第二夫人だ。手を止めて話していたメイドに怒っている。
「あら、そこにはいるのら見窄らしい孕みちゃんね」
掃除に行こうとしたのにわざわざ話しかけてくる必要はないはずだ。
「ごきんげよ――」
挨拶をしようと荷物を床に置き頭を下げた瞬間に髪の毛を掴まれた。
「能無しのあなたも今日がどんな日なのかわかっているようね」
一体何を言っているのか分からない。ただ単純に挨拶しようとしただけでこの結果だ。
「ローズ――」
――パチン!
「その汚らしい口で私の名前を呼ばないでくださる」
頬に突然感じた痛みに私は手を添えた。なぜ私が叩かれないといけないのだ。
「ローズこんなところでどうしたんだ?」
「ウィリアム様」
どこかで私と第二夫人のことを見てたのだろう。そうしないとこのタイミングで現れるはずはない。
それでも止めないのは自分の愛する第二夫人が可愛いのだろう。
「この汚い女が掃除をサボってたので注意したまでだわ」
周りを見渡せばすでに他のメイド達は掃除を始めていた。知らない人から見たら本当に私だけがサボっていた光景に見えるだろう。
「そうか」
公爵様はこちらを見るとニヤリと笑っていた。
「ローズはそんなこと気にしなくていい」
「えっ……」
「だってこんな綺麗なローズの手が赤く腫れているではないか」
公爵様はローズの手を握ると私の耳元で囁いた。
「痛かったですー」
可愛いく甘えた声で第二夫人はウィリアムに体を寄せようとした。
「さあローズのために新しい菓子を用意したんだ」
「ほんとですの!?」
ローズは無類の甘いもの好きだ。公爵様の声を聞いてさらに甘えた声になっていた。
「なら私の部屋でお茶をするのはどうですか?」
「ああ、たまにはそうしようか」
「やったわ! あなた達もたまには休憩するのよ」
第二夫人はメイドに気遣うように声をかけて公爵様と屋敷に戻って行った。
ただ、私の背筋は冷たく凍った。公爵様が通る時に彼はこんな言葉を言っていた。
「こんないい日に騒ぎを起こすとはお仕置きが必要なんだね」
なぜ毎回私だけこんな扱いをされないといけないのだろう。今日も夜の仕事のために公爵様の部屋に行くことが決定した瞬間だった。
公爵様の部屋に行くとすでに部屋から声が聞こえている。
――トントン!
「殿下?」
扉を開けたのは次期国王と言われている男だ。この間帰ったはずの男がなぜこの場にいるのだろう。
「俺がいたら不満か?」
「いえ、そんな――」
答える前に強く腕を引かれた。
「うっ……」
背中に衝撃が走るとともに強制的に息が吐き出された。気づいたらそのまま床に放り投げられていたのだ。
「殿下、私の私物に手荒な真似はやめてもらいたいな」
「ははは、それはすまないな。 お前も私が国王になるのを祝いにきたのだろう」
何を言っているのか分からず首を傾けた。
「本当に生意気なやつだな」
殿下は私の服を無理やり破り捨てると上に覆い被さってきた。
「俺の親父は今日死んだ。 直接俺の手で殺してやったぞ」
聞こえる言葉に身の危険を感じる。
「殿下それ以上言うのは良してください」
「ははは、これでお前らも共犯だな」
私はいつのまにか自分の部屋に戻ってきていた。あの後の記憶は全くはないが、体の痛みからして役割はしっかり果たしたのだろう。
それにしても国王となる人物があんなことをする人だとは思いもしなかった。
あの三人と秘密の共有をすることになってしまったのだ。国王を殺めるなんて人としてあってはならないことだ。
まだ暗く日が出ていない中、私は外を歩いていた。
流石にこんな時間にはいないと思ったが、冷たい風のなかにわずかに揺れる人影が動いていた。
「こんな時間にどうしたんだい?」
まさか本当にいるとは思わなかった。ただ心を休める場所を探していたら、気づいたらいつも休憩する木の下にいた。
「少し寝れなかっただけです」
「ふふふ、私と同じなんですね」
どこか寂しそうな顔をしている彼にどこか興味を抱いた。
「何かあったんですか?」
「そんな風に見えますか?」
質問したのに質問で仕返してきた。どこか意地悪した子どもの様な表情に私ドキッとしてしまった。
「いえ……」
「私の話を聞いてくれますか?」
何も反応がないのがよかったのか彼は語り出した。
「今日私の家族が亡くなったんです」
彼の突然の言葉に私は息が詰まった。
「あっ、でもそんなに良い関係ではなかったんだですよ。 唯一の血縁者っていえばいいんですかね」
口ではそう言っているが彼の顔はどこか寂しそうだった。
「私も家族が誰一人もいないです」
私は幼い頃に母親に連れられてこの公爵家に住んでいる。その前はちゃんとした家に住んでいた記憶が僅かにあるぐらいだ。
「なら私があなたの家族になりますよ」
「……」
時々彼は突拍子もないことを言う。それに孕み袋の私は誰かと一緒になることはできないのだ。
幸せになれるのは一般の女性だけだ。
「私じゃ物足りないですか?」
私の顔を覗き込むその姿に胸が締め付けられた。
「すみません、私はこの先もずっと一人なんです」
この先を考えることはできなかった。ただ今を生きることだけで精一杯だ。
「そうですか……。 でも覚えててください。 私は家族じゃなくてもあなたの味方です」
彼はなんでこんな私に優しく接してくれるのだろう。
「なら私も家族にはなれませんがあなたの味方です。 辛い時、寂しい時はいつでも話を聞きます。 正確に言うと話しか聞けないんですけどね」
私が彼にできることはこれぐらいだ。だからそれを伝えられればよかった。
話しているといつのまにか日が出てきていた。
「助けが必要――」
「もう明るくなってきたので帰りますね」
何か途中まで話していたが日が出てきたため仕事の準備をしないといけない時間になった。
「そうですね。 私も戻らないとだめですね」
優しく微笑んだ姿を見たからなのか、朝日に照らされたからなのか私の心は少し暖かくなっていた。
♢
あれから時折木の下に休憩をしに行くと彼に会うことが多くなってきた。
少し疲れた顔が座っている私の肩の上にいつも乗っている。
ふわりと広がる彼の匂いに私はいつもドキドキとしていた。
今日も彼に会いに行くと彼は木にもたれて寝ていた。
「ふぅ、やっと終わったわ」
私も彼の横に腰掛けると次第に眠気が襲ってきた。
だから私は彼と一緒に体を休めることにした。
♢
冷たい風が私の頬に触れていた。
「んっ……」
まだ寝足りないと思い体の向きをかけえるとどこか違和感を感じた。
目を開けるとそこには見知った顔があった。
「お嬢さんおはようございます」
「すみませんでした」
勢いよく体を起こそうとすると止められた。どうやら彼の膝の上で寝ていたようだ。
「いえいえ、素敵な寝顔を見れたので私は嬉しかったです」
どうしてか最近彼に会うたびに息苦しさを感じる。
「少し体調が悪そうですが大丈夫ですか?」
「はい」
彼の言う通りここ最近になって体の調子がおかしい。
前より眠気が強いし、少し体が熱い。風邪を引いているのか少し気だるさもあるのだ。
「あまり無理しちゃだめですよ」
私の髪を撫でる大きな手に再び眠気が襲ってきた。でもそろそろ休憩時間が終わり近づいている。
「私もう戻らないといけないんです」
私の言葉に少し残念がる彼にどこか胸が締め付けられた。
「また疲れた時にはここに来てくださいね。 私はいつでも待っています」
「わかりました」
後ろ髪に引かれる思い出私は屋敷に戻った。
それが私の知る彼と会う最後になるとはこの時はまだ思ってもいなかった。
♢
屋敷に戻るとメイド長は私を探していたのだろう。見つけるや否や突然叩かれた。
「あなた今までなにしてたのよ」
「休憩時間――」
「あなたに休憩時間があるっていつ言ったのかしら? 公爵様に気に入られているからって甘えないで」
私は何を言われているのだろうか。休憩はみんなに与えられているものだ。
そもそも公爵様に好かれているとも思ってない。
少なくとも好かれたいとも思っていない。
「その顔よ、顔! そんな顔しているからローズ様から嫌われるのよ」
「はぁー?」
別に私は嫌われたって構わない。ただ生きていける方法があるならそれをやるまでだ。
「何よその態度は……あなた来なさい」
メイド長に引っ張られると私は倉庫のようなところに入れられた。
「その態度を反省するのね」
「いや、なんでこんなところ――」
扉を閉められる倉庫は真っ暗になった。外からの光が入らないため中の様子もわからない。
「誰かー! 開けて!」
扉を必死に叩くが近くを通っている人が誰もいないのか反応がない。
私は一人扉が開くまで座って待つことにした。
♢
ずっと暗いところにいたら時間の感覚がわからなくなる。あれからどれぐらい経ったのだろう。
お腹も張って来ている中で私はいつまでここにいなければいけないのだろうか。
――ガラガラ
すると扉がいきなり開いた。
「ありが――」
「本当にここにいたのね」
扉を開けたのは第二夫人のローズだ。
「少しは反省したのかしら?」
「えっ?」
「その態度はなんなのかしら? あなたが私の大事な花瓶を割らなければこんなことにならなかったでしょ?」
本当に何を言われているのかわからなかった。
「私はなにも――」
「お黙りなさい! メイド長から全て話は聞いているのよ! あなたが私の部屋に入って花瓶を割ったって」
第二夫人の後ろにはメイド長が立っていた。彼女は私を見るとニヤリと笑っている。
知らないうちに私はメイド長にはめられたのだ。
なんで私ばかりこんな目に遭わないといけないのだろうか。心の底からふつふつと怒りが込み上げてくる。私はメイドを睨みつけた。
「その目は何よ! まだまだ反省が足りないようね」
メイド長を睨みつけたはずが勘違いされたようだ。
第二夫人とメイド長に連れられると今度は違う部屋に連れて行かれた。
「嫌だ……辞めてください」
「ここに来て謝るなんて遅いのよ」
第二夫人が取り出したのは大きくしなる鞭だ。
そう、ここは悪い人を反省させる拘束部屋だった。
♢
もうどれだけ鞭が振られたのだろう。私の体は痛みで少しずつ感覚がなくなってきていた。
「あなたがウィリアムをたぶらかしたのよ! この尻軽ビッチ」
私はただ自分の仕事をしただけだ。孕み袋であれば雇い主に抱かれるのは当たり前だ。
「公爵様と殿下に抱かれて満足したんだろうね」
メイド長である彼女も腹いせに私に鞭を振るった。
「なら、あなた達が相手をすればいいじゃないの!」
私はやりたくてこんな仕事をしているわけではない。生まれた時からこの方法しか生き方がないしわからないのだ。
「誰が尻軽になるのよ! 私はウィリアム様にしか――」
「ならローズ様がお相手して――」
「尻軽がぐちぐち言わないでよ! 私の何を知っているのよ! 私だって……一人の人にずっと愛して貰いたいのよ」
第二夫人は鞭を振るう手を止めてその場で泣き出した。
「孕み袋の存在でローズ様になんてことを……」
メイド長はすぐに第二夫人に駆け寄った。
「そういえばあなた最近神のお告げが来てないわよね?」
メイド長の突然の言葉に第二夫人はこちらを見た。
「もしかしてウィリアムか殿下の子を孕って……」
「だから最近体調が悪そうにしていたわよね?」
メイド長の言葉に第二夫人の視線は冷たくなっていた。
「あなたみたいな尻軽女に世継ぎまで奪われるには行かないわ。 今すぐにあの女を殺す準備をして」
第二夫人は自ら近くにあったナイフを構えるとギロリと睨んだ。
このままでは危ないと思った私は近くにあった松明を床に叩きつけて逃げ出した。体の痛みを堪えながらも必死に逃げるように走った。
頭の中には私が孕み袋として仕事を終えたということだけだった。
逃げきれなくても役目を果たした私は殺されてしまう。貴族に働く孕み袋の宿命はどこに行っても変わらない。
「早くあの女を捕まえてちょうだい! あいつは私を殺そうとしたのよ」
騒ぎに駆けつけた騎士達が第二夫人の言葉を聞き笛を鳴らしていた。
私は必死に逃げた。ただ、逃げても私の居場所はどこにもない。
孕み袋として生まれた私は孕み袋として人生を終えるだけだ。
「もう疲れちゃったよ……」
私は気付けば彼と休憩した木の下に来ていた。もちろんこんな時間に彼はいない。
それでも死ぬなら最後に一目見たかった。
私は木の下に座るとゆっくりそのまま目を閉じて意識を失った。
♢
「殿下そのようなことは私に任せて――」
「いや、彼女は私の大切な人だ。 まずは彼女治療を優先しよう」
どこから声が聞こえてくるが私の意識は曖昧だ。
「お待たせしてすみません。 やっとあなたを迎えにくる準備ができました」
「最後に会えたんですね……」
私は彼の頬に触れると温かみを感じた。やはり彼だけは特別なんだろう。
「いくらでも触っていいですよ?」
彼は私の手の上から自分の手を重ね、頬や口、額に手をずらした。
「ふふふ、私もアクセサリーになりたかったな」
孕み袋として生まれた私は一度でもアクセサリーになりたかった。ただ単に大事にされたかっただけだ。
でも彼といる時だけは自分がアクセサリーになったような感じがした。
「私はいつでもお嬢さんの味方ですよ。 私と結婚してください」
意識が曖昧の中聞こえた言葉に私は頷いた。夢ならこのまま醒めないでくれと願った。
♢
音が聞こえて目を覚ますと私は知らない部屋で寝ていた。感じたこともないふかふかなベットに煌びやかな天井。私は死後の世界に来たのだろう。
「お嬢さん目を覚ましたか?」
「私は死んだんですね」
いつも見ている彼は普段と異なり綺麗な服を着ていた。だからこれは私が夢見ていた世界なんだろう。
「死んでやっと好きな人に出会えましたね。 今度はあなたと楽しい毎日を過ごす日々が送れるんですね。 ふふふ、楽しみです」
少し思い出すと笑みが止まらなかった。孕み袋としてただ生きる毎日が辛くないと言えば嘘になってしまう。
「お嬢さん……」
「どうされたんですか? そんなところに座らず一緒に寝ましょう」
彼は少し照れ屋なのか段々顔を赤く染めていた。こんな姿を見れるなら死んでよかったと心の底から思った。
私は彼の手を引くとそのままベットの中に入れた。
「ふふふ、暖かいですね」
少し遠ざかろうとしている彼の体に腕を巻きつけ、温もりを求めて抱きついた。
「死後の世界がこんなに楽しいのなら早く死ねばよかったね」
間近にある彼の顔を見るとどこか寂しそうな顔をしている。
「お嬢さんそんなことを……」
彼は何かを話していたが私はそのまま眠った。死後の世界ならいくら寝ても怒られないだろう。
「これはどんな拷問なんだ……」
♢
鳥のさえずりに目を覚ました。いつもは寒くて起きるのだが今日はぐっすり寝られたようだ。
「おはようございます」
声をする方に視線を向けるとそこには彼がいた。
「えっ……なんで……」
「お嬢さんが私を握りしめて離さないんです」
そっと布団の中を覗くと腕と脚を彼に絡めていた。
「ああああぁぁぁ」
驚く私の顔を見て彼は楽しそうに笑っている。
「すみませんでした!」
私は急いで手を離すとどこか彼は寂しそうだ。
「この後朝食の準備をしてありますので用意ができたら来てください」
彼はベットから出ると少し深呼吸をしていた。
「あのー、できれば向こうを向いて頂けると助かります」
そう言って彼は部屋から出て行こうとしていた。チラッと見てみるとどこか腰が引けていたのは腰を痛めていたのだろうか。
きっと私の寝相が悪かったに違いない。
しばらくすると扉叩く音が聞こえてきた。
――コンコン!
「失礼します」
声がする方に目を向けるとメイドが立っていた。
「あっ、あなたは!?」
「お久しぶりです。 お会いするのはあれ以来ですね」
ベットから急いで降りると彼女に抱きついていた。
「生きていたんですね」
彼女は排泄物を流す川でよく話しかけてくれた同じ孕み袋の女性だ。あの時は神のお告げが二ヶ月ないと言っていた。
「お腹の方は?」
「あの後、子どもはお告げとともに地に帰りました」
彼女は孕み袋としての仕事を中断したのだろう。
「あっ、でも私が勤めていたをところを取り締まり、助けて頂いのが殿下なんです」
「殿下ってあの殿下ですよね?」
私が知っている殿下は孕み袋に己の鬱憤を放出する男だ。
「殿下に助けてもらってここで働くことになったんです。 さぁ、身支度をして食事に行きましょうか」
私が知らないだけで次期国王には別の顔があるのだろう。それなら私も助けて欲しかった。
そのまま彼女に連れて行かれると綺麗な浴槽が置いてあった。
「さぁ、服を脱いで体を綺麗にしましょう」
彼女は私の服に手をかけた。
「なんてこと……」
体を見て驚いているのだろう。ここに来る前には鞭で何度も打たれて、その前には公爵様や次期国王にたくさん暴力を振るわれた。
顔はビンタされるだけで見えないところの方が傷はたくさんある。ただ、それを回りは知らないだけだ。
「一人で準備できるので大丈夫ですよ」
驚く彼女を前に私は一人で準備をすることにした。
体を湯につけた時はあまりの痛さに顔が歪んだ。髪は彼女が手伝ってくれたおかげで今は綺麗に整えられている。
「ではお食事に向かいましょうか」
彼女に案内されるままついていくと彼は椅子に座って私を待っていた。
「お待たせしてすみません」
声をかけると彼はこちらを見て固まっている。
「どうかしましたか?」
「ああ、すまない。 あまりの美しさに驚いてしまった」
この人は何を言っているのだろう。今着ているドレスは胸元までしかないため腕や肩にある傷は見えている。
それを見て美しいと思うのは流石に私でもおかしいと理解できる。
「それで私は何をやればいいでしょうか?」
ここに連れてこられた理由もないかあるのだろう。冷静に考えれば考えるほど良くしてもらうのに意味はないのだ。
「では単刀直入に伝えるね」
「はい」
何を言われてもいいように心の準備をした。
「いつ婚約発表したい?」
「はい……ん!?」
答える準備をしてつい"はい"と言ってしまったが聞こえた言葉は違った。鞭で叩かれすぎて耳がおかしくなったようだ。
「もう一度言って頂いてもよろしいですか?」
「ああ、いくらでも言おう。 いつ婚約発表したい? 私は今すぐにでも良いと思うがどうかな? もう準備は整えたんだがどうかな?」
彼の言葉にどんどん私の耳はおかしくなっていた。
「それはなんの冗談で……」
「冗談でしたか?」
彼の悲しむ顔はどこか犬に似ていた。こんなに露骨に落ち込むとは誰も思わないだろう。
「アルベルト様、まずは自己紹介からもう一度された方がよろしいのではないでしょうか?」
近くにいた男性に声をかけられると彼はいつも通りに戻った。
「キース助かった」
「私はウェンベルグ王国第二王子アルベルト・ウェンベルグです」
「へっ?」
私の反応に彼はもう一度名前を言った。
「お嬢さんの名前は?」
「私はアリシンです」
今まであんなにあったのにお互いの名前を伝えたのは今日が初めてだ。
「そうか、お嬢さんはアリシンって名前ですね」
私の名前を呼んでいるだけの彼はどこか嬉しそうだった。
「ふふふ、そんなに私の名前が知りたければいつでも教えましたよ?」
あまりの表情の変化につい笑ってしまった。
「やはりアリシンは笑顔が一番素敵です」
「えっ……」
「その笑顔はずっと私が守ります」
唐突なことに私は顔を上げられないでいた。
「アルベルト様もう一押しですよ」
男性の声にアルベルトは立ち上がり私の前に来て膝をついて屈んだ。
「一生あなたをお守りします。 だから私と結婚してください」
私は今日プロポーズをされた。
♢
あれから生活が劇的に変わった。私もメイドとして働こうと思ったらアルベルトに止められてしまう。
周りの反応からも彼がこの屋敷と持ち主だと思うが、未だに第二王子だとは思っていない。そもそも、第二王子がいると私は聞いたことがない。
「アリシンさんは働かなくて大丈夫ですよ」
「いえ、私にもここの屋敷にいる理由が必要なんです」
孕み袋としてアルベルトに呼ばれない限り、何もやることがないのだ。ただ、ベットで体を休めるだけではこの屋敷には置いてもらえない。
「屋敷にいる理由ですか……なら、仕事を任命します」
「ひゃあ!」
急な行動に変な声を出してしまった。彼は私を抱き抱えるとそのままどこかの部屋に向かった。
お仕置きをされるのだろうか。嫌な記憶が蘇り内心ドキドキとしている。
「ここで仕事をお願いします」
連れて来られたのはテーブルとソファーがある部屋だった。
「ウィリアム様どうされたんですか?」
「キース少し席を外してもらってもいいですか」
「わかりました。 ではまた時間が来たら声をかけますね」
そう言って彼は私とウィリアムを置いてどこへ行ってしまった。
私をソファーにおろした。やっぱりこの人も私を孕み袋として使いたいのだろう。
「ここは私の仕事場でもあるんです。 ただ、最近やることが多すぎて……」
彼はそのまま私の上に倒れてきた。
「えっ……」
孕み袋として抱かれると思ったら現実は違った。
「少し膝を貸してください」
ウィリアムは私の膝に頭を置いて見上げていた。
「あと……良ければ頭を撫でて頂けると嬉しいです」
私の手を取ると頭の上に置いた。
何か待っているような目線に私は手を動かした。
「ふふふ、心地良いですね」
そう言って彼はしばらくすると眠り出した。目の下には隈が出来ており、あまり寝れていないのだろう。
「毎日大変なんですね。 いつもお疲れ様です」
「もう一回言ってください」
眠った彼に声をかけたらまさかの返答が返ってきた。
「もう一回お願いします」
私はため息を吐くともう一度同じように言った。
「へへへ」
どこか嬉しそうに笑う彼はどこか幼い子どものように感じた。
♢
ある日彼の側近だと思われるキースに呼び出された。
「アリシン様、急な呼び出しに応じて頂きありがとうございます」
「何もやることがなかったので大丈夫です」
私は綺麗な庭で一人でお茶を飲んでいた。
「そうですか」
私は彼に嫌われていると思っている。屋敷の中ですれ違っても挨拶をしても返って来ないのだ。
その後も静かな空気が流れた。キースが用があるかと来たのに何も話さないのだ。
「あのー、キース様。 ご用件は――」
「あなたは本当にアルベルト様と結婚するつもりはありますか?」
私はアルベルトのプロポーズに返事をした。その場合すでに婚約していることになる。
「私は――」
「すみません。 今の話はなかったことにしてください」
キースは答えを聞きたくないのか途中で遮った。
「アリシン様はアルベルト様のために全てを投げ売るつもりはありますか?」
彼は何が言いたいのだろう。ただ、一言わかるのは彼がアルベルトをすごい信頼しているということだ。
「私はあなたが気に食わないです。 皇后になるためには全てを捧げる覚悟が必要です。 それがあなたには感じません」
「アルベルト様は本当に第二王子なんですか?」
キースの言葉からアルベルトが本当に第二王子ではないかと疑問に思った。
「アルベルト様本人が言った通り、彼はこの国の正式な第二王子です。 実際は前国王は認めており今は次期国王を決めるためにアルベルト様は戦っています」
キースの話では私がいた公爵家によく来ていた次期国王と言われていた人とアルベルトが国王になるために争っているということだ。
「あの国王を殺した男はまだ王にはなっていない――」
私はキースに押し倒されていた。
「それはどういうことだ」
――ガチャ
「仕事が早く終わってアリシンに会いに……」
アルベルトはキースに押し倒されている私を見て固まっていた。
「アルベルト様……」
きっと孕み袋の私がキースを誘ったと思われただろう。私の幸せの人生はこの日をもって終わったと思った。
「アルベルト様これには訳が――」
キースはすぐに立ち上がったがすでに遅かった。目の前で鈍い音が響いた。
アルベルトはキースを殴りキースは壁まで吹き飛ばされていた。
「アリシンさん大丈夫ですか? キースに何もされてないですか?」
「……」
驚いて声が出ない私を見て何かを勘違いしたのか再びアルベルトはキースの元に向かった。
「アルベルト様お辞めください」
「あいつはアリシンさんにやっては――」
今にもキースを殴りそうなアルベルトを私は後ろから抱きつき止めた。
「キース様は私がアルベルト様のお側にいるために必要なことを教えて頂いてただけです」
「それは私と結婚してくれるということですか?」
以前プロポーズを承諾したつもりでいたがアルベルトには伝わっていなかったようだ。
「本当に結婚してくれるのか?」
どこかアルベルトの後ろには大きな尻尾が見えた。
「痛たた……」
キースは少し気を失っていたのかゆっくりと起き上がった。
「キース様大丈夫ですか?」
「アリシンさんは気にする必要はありません。 キースはそんなやわな男じゃないです」
「本当にめんどくさいやつだな。 そもそもお前が早く問題を解決してアリシン嬢と結婚すれば問題ないだろう」
キースの口調に驚いた。さっきまでの丁寧な言葉使いの彼はどこに行ったのだろうか。
「あれが王族の番犬と言われている彼の正体ですよ」
「いやいや、あなたが変なことしなければ優しいキースくんで済んだんですよ?」
どこか彼が番犬と言われている理由がわかった。
「ふふふ、キース様はアルベルト様のことがお好きなんですね」
私の言葉にキースは顔を赤くしていた。ひょっとしてライバルは身近にいるとは……。
「それで先程アリシン様が言っていたのは――」
私はキースとアルベルトに孕み袋として働いていた時のことを話した。
公爵様や次期国王と呼ばれていた男に抱かれていたこと。毎日暴力を振るわれていたこと。
そして……。
「その男は国王を殺害して自分が王になると言ってました。 その場にいたのは公爵様と私で共犯者と言っていました」
私はあの時のことを思い出すと震えが止まらない。
「辛い思いをさせたね」
そんな私をアルベルトば優しく抱きしめた。
「辛いことを話して頂きありがとうございます。 実は――」
国王はある日、スパイスが大量に使われた料理が提供されていた。食べた時は問題なかったが少しずつ精神異常を起こし倒れたらしい。
その後命が戻ることもなくこの世を去った。
毒を飲んだ時と症状が似ていたため、原因を探ったが異常となる毒は検出されなかった。
そこで問題になったのは食べていたものだった。大量のスパイスの中に食べすぎると危険なナツメグが多量に使われていた。
その日、調理を担当した者が犯人として疑われたがそのスパイスの存在を知らなかった。
「キースよこの件をもう少し詰めてくれ」
「はいはい。 アリシン様先程は申し訳ありません」
「私も己の立場を再認識しました」
「ふふふ、あなたがこの世の女性のために良い皇后になられることを願っております」
そう言ってキースはどこへ去って行った。
「アルベ――」
私は振り返えろうとするとアルベルトは後ろから抱きしめていた。
「私の大事なアリシンさんが奪われると思いました」
肩に顔を埋めたアルベルトはどこか声に元気がなかった。私は彼の頭を優しく撫でた。
「私はあなたから離れるつもりはないですよ。 私はやることがありますからね」
「やることですか?」
「ふふふ、アルベルト様には秘密です」
「私には教えてくれないんですね」
どこか拗ねている彼は私を強く抱きしめていた。
――半年後
私は皇后になるために必死に勉強をした。勉強を教えてくれたのは私の意思を尊重してキースが先生として教えてくれた。
キースはアルベルトのことになると厳しくなるが、私の興味を向けるために教えてくれるため嫌になることもなく吸収していた。
「今からどこへ向かうんですか?」
課外授業だと言われて私はキースに見たこともない屋敷に連れられた。
「ここに隠れて頂いてもよろしいですか?」
キースに言われた通りに私は衣装部屋に隠れると声が聞こえてきた。
「貴様、私をこんなところに連れてきてなんのようだ?」
「私になんてことをするのよ!」
その声を聞いて私は驚いた。隙間から覗くと私を散々な扱いをした公爵様と第二夫人、そしてメイド長だった。
「何の理由で呼ばれたかはわかってないのか?」
いつもと違うアルベルトの声に私は背筋が凍った。半年一緒にいてわかっているのはどこか怒っているということだ。
「これに見覚えはあるだろう?」
キースは何かを公爵様に叩きつけると彼はアルベルトを睨んでいた。
「私は命令されただけだ」
「命令されれば人を殺めたり、国の財源を使って良いわけではない」
公爵様は何かに関わっているのだろう。距離があってうまく聞き取れない。
「私は関係ないじゃないの!」
「それはあなたが公爵家の一員ではないということか?」
「いえ……」
勉強した中で貴族は法律に反することをすれば刑罰に応じて夫婦共に罰しられる。
「それにあなた方は法律で禁じられている禁忌を犯したようだね?」
声が聞こえづらいため耳をさらに近づけた。
「あの女が全て悪いのよ! 私の公爵様を取ったから……」
「二年前に孕み袋制度は廃止されたはずだ」
キースの言葉に私は驚きを隠せなかった。法律の勉強をしていてもキースはそんなことを教えてくれなかった。
私は話を聞きすぎたようだ。その場から立ち去ろうと立ち上がるとドレスの裾を踏んでいた。
「お前達はもう処刑が確定した。 残った時間を楽し――」
「アリシン!?」
私はそのまま転び隣の部屋に倒れた。
扉に隠れていることがバレると騒然とした。それにしても公爵様も第二夫人もどこか顔がやつれていた。
「あの女が全ていけないのよ! そうでしょ?」
「全てがあいつのせいでしょ」
「やっと会えた……」
第二夫人はメイド長と共に何か言っているし、公爵様も私の方をみて何か言っていた。
「お前らは自分の状況がわかっているのか?」
キースは腰につけていた剣を引き抜くと静かに黙りだした。
「どうしてアリシンがここにいるんだ?」
アルベルトの答えに私はキースを見た。
「私の判断です。 今までのことを全て見届けてもらおうと思ったから勝手なことをしました」
キースが頭を下げるとアルベルトは彼を睨んでいた。この場に私を連れてきたくなかったのが伝わった。
「アリシンよ、すま――」
「私は私で最後を見届けます」
そもそも孕み袋制度がなくなっていたことを私は知らなかったのだ。
「アリシンよ……ずっと会いたかったよ」
公爵様は私の顔を見てゆっくりと近づいてきた。
「ウィリアム!」
倒れても必死近づいてこようとする公爵様に第二夫人も自身の体で止めようとしていた。
「私はずっとあなた達のことを恨んでました」
「なによ、孕み袋の分際で!」
「そうです。 私はアルベルトに出会うまで孕み袋のまま一生を終える予定でした」
「それは違うんだ! 私が君の――」
「少し静かにしてもらおうか」
キースは公爵様の首に剣を近づけた。
「今すぐウィリアムの首から剣を離しなさい」
「でもそんな私でも綺麗と言ってくる人に出会えました」
アルベルトの方を見ると彼は頷いた。
「だから私はあなた達に今まで生かせてくれて感謝しています。 ありがとうございます」
「そんなこと言わないでこれからも――」
「もう私は公爵様の物でも、ローズ様の憂さ晴らしのための道具でもないです。 私は私のために、それに私を大切にしてくれるアルベルトのために生きていきます」
私はそう告げると部屋を後にした。
部屋から出る際に公爵様は何かを言っていたがもうその声は私には届かなかった。
結局彼らの処罰は魔物がいる森に放置され、魔物の餌になることとなった。
後に森の中で女性二人の叫び声とゴブリン達の楽しそうな声がずっと続いていたと歴史書には書かれることとなった。
その後王子になる予定だった男は市民の前で国王殺しとして処刑された。アルベルトが市民や貴族達からの信頼も高く処刑を止める者は誰一人いなかった。
――数ヶ月後
「アリシアまだか?」
「準備できました」
私の返事と共に扉が開いた。
「女神様だ……」
アルベルトは私のドレス姿を見て顔を赤く染めていた。
「大袈裟よ。 体もこんなに汚いですよ」
ドレスに隠れていないところは傷だらけのまま体が出ている。
「そんなことないですよ」
「メリルもお腹が大きくなってきてるのにごめんね」
「私が手伝い違ったので大丈夫です」
同じ孕み袋からメイドになった彼女は現在子供を身篭っている。
「メリル迎えにきたぞ」
「キース様!」
彼女は王子の番犬であるキースと結婚した。さまざまな経験をしている彼女に取ってはキースを手懐けることはそんなに難しくなかったのだろう。
「では行きましょうか」
「はい」
アルベルトは私の手を取って歩き出した。外はとても賑やかで街からお祝いの声が届いていた。
「皆の者静粛に!」
何かの魔道具を使ったのか声が街全体に広がるとすぐに静けさに包まれた。
「この度ウェンベルグ王国の国王となったアルベルト・ウェンベルグだ。 今まで差別で統治されていたこの国は腐っていた」
アルベルトの声は街全体に聞こえた。
「女性は男性に道具のように扱われ、人々は女性に優劣をつけた。 アクセサリーになる者や鬱憤を晴らすために使われる者。 誰もが人権が与えられなかった」
「そんな中私は彼女と出会った」
彼は私の腰に手を回すとそのまま抱きかかえた。
「紹介する。 私の婚約者で皇后となるアリシン・ウェンベルグだ。 私は必死に生きる彼女を見てこの世界を変えたいと思った。 彼女を助けるために沢山の時間をかけたがこうやってみんなに紹介することができた」
昔と比べると彼の顔は逞しくなっていた。
「これからも私は彼女みたいな人が現れないよう今後も努力を続けていくつもりだ。 そんな私達を見守ってくれないか」
アルベルトが話し終えると外は拍手に包まれた。
「アリシンこれからもよろしくね」
「こちらこそアルベルトに出会えてよかったわ」
私とアルベルトは幸せなキスをした。
【あとがき】
今回初めての異世界恋愛に挑戦しました。物足りなさを感じたと思いますが今後も挑戦していきたいと思います。
その他、ファンタジーやBLを執筆していますので目を通して頂けると嬉しいです。
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