噛みたがり彼女に今日も襲われる
初投稿です。最後まで読んで頂けたら幸いです。
「直樹~、ちょっと首筋噛ませてくれない?」
家で恋人とゲームをしていると、彼女である九月由良はにこやか笑いながら尖った歯を見せてきた。犬歯にあたる歯だけやけに尖っているのは彼女の血筋による物だ。
「断る」
「え~良いでしょ~ 軽くがぶっといくだけだよ?」
「絶対痛いじゃん」
「痛くしないからさ、ね? ちょっとだけ」
と言いつつ、があーと首筋に迫ってくる由良の顔を押さえて噛付きを阻止する。
すると目の前に彼女の整った顔が迫り、思わず目をそらしてしまう。もう高2になるというのに、昔からのノリがずっと続いているのは良いのか悪いのか。
ちらりとまた由良の方へ視線を向けると、小悪魔みたいな笑顔が広がっていた。
「あれぇ~? もしかして見惚れてたのかな~?」
「やかましいです」
図星だからか敬語になってしまった。だいたい由良は美人なんだから見惚れるのは当たり前で、こんなに近くにいて平常心を保つ方が難しい。普段は悟られないよう平静を装っているが不意打ちはずるいと思う。
「それじゃあ可愛い私に免じて噛まれてくれない?」
「いや、それは遠慮します」
「何でよお」
「毎度言ってるだろ、痛いって」
「……血は吸わないからさ?」
「それならまぁ……いや、やっぱり痛いから嫌だ」
ここ最近、由良はこの様に俺に対し何かにつけて噛み付こうとしてくる。前にされた時は痛かったからもう勘弁して欲しい。
「こんなにかわいい彼女がお願いしてるのに、直樹ってば意地悪~」
「だって噛んだら歯が刺さるじゃん? うっかり血も吸われそうじゃん?」
「……分かった。 じゃあ刺さらないようにするよ?」
……うーん、どうしたものか。由良がこのまま引き下がらないのはよく知っているし、かといって痛いのはなぁ。
「……あーじゃあ甘噛みならいいよ」
「ほんと!? やったぁ直樹愛してる~」
はむっと首筋に柔らかい感触が来た。噛むのではなく歯を乗せるような感じで、痛みもなくむしろ心地よさすら感じる。
だが、それよりも留意すべき事がある。首筋に顔を埋めているせいで由良の吐息が耳元でよく聞こえ、眼前に広がる艶やかな黒髪からは花のような良い香りが鼻腔をくすぐっている。
いつも我慢している分、ここまで密着されると理性が危ない。
そろそろ限界が近づいてきた頃、やっと由良が顔を上げた。助かったと思いつつ、不思議と寂しさが残っていた。
「っはぁ、充電かんりょ~、ってあれ? どーしたの?」
「いえ、何でもございません」
きょとんとした由良に問われ、またしても敬語になってしまう。
「? そう、ならいいけど」
「由良さんや、次からは腕にしてくれませんか?」
「え? またして良いの!! やったぁ」
……さっきまで感じていた心地良さからか余計なことを言ってしまった。けどまぁ意外と悪くないかもしれないと思いながら少し気になった事を聞いてみた。
「そう言えばさ、何でそんなに噛みたがってたの? 癖になるって感じでもなさそうだけど?」
問われ、うーんと考えた由良は一言。
「愛情表現?」
「そんな愛情表現があってたまるか」
愛情表現のたびに噛まれていたら歯形だらけになってしまう。是非とも抑えて頂かなければ。……ただ歯形がつかないなら問題ないかとも思ったため、
「……けど、さっきみたいな軽めのやつならまぁ、いいよ」
なんて許可してしまった。
そんな俺の心根を知ってか知らずか由良は元気に返事をしていた。
元気の良い返事だな、まったく。
********
翌日の昼休み、授業の片付けを済まし弁当を食べようとしていたところ、背後からぐでーっと体重を掛けられた。
「だーれだー」
「普通そこは目も隠さないと意味ない気がするけど? 吸血鬼もどきさん」
「もどきじゃないです~、先祖返りってやつです~ ……ってそれは知ってるでしょー」
彼女の一族吸血鬼の末裔らしく、由良はその血が濃く出たらしい。かといって陽光で灰になることもなければ十字架やニンニクも苦手ではない。……いや、ニンニクは苦手かも。
日常的に血を吸う必要もなく、吸えば体力や怪我が治癒するというものらしい。それも以前由良が大怪我し、それを治すために俺から吸血した時だけだ。
つまり由良はほとんど人間と変わらない、普通の女の子だ。
「何のご用ですか、由良さん」
「ご飯一緒に食べようかな~って」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、いただきま~」「ちょっと待とうか」
「どーしたの?」
今もなお俺の後ろにもたれかかっている由良はまだ弁当を出してすらいない。なら何を食べるか。……俺? いやまさかここで噛まれるのか?
唐突に昨日のことを思い出し、内心で慌てふためくがそれを悟られないよう静かに問いただしてみた
「……今何をしようとしたか教えて頂けます?」
「? 食べようとしただけだよ」
「何を?」
聞いたら案の定、耳と答えやがった。
「学校でやるのはやめてくれ」
「……恥ずかしいから?」
「それ以外の何があると」
「……ふ~ん、そっか~」
顔は見えないが、にたりと笑っているのだろうと簡単に想像できるぐらいには声が弾んでいる。それに加えてさっきからずっと背中に当たっているものが気になってきた。普段も後ろから抱きつかれることはあるが、いざ意識するとやはり由良も女の子何だと実感する。
これらのせいで精神的ダメージ蓄積されてきたが、やっと由良が離れてくれた。前の席を借りて対面に座るといそいそと弁当を取り出しはじめた。
「まぁ今のは冗談だから気にしないでね~。さすがに私もここではしないよ」
「……」
「何よその『何言ってんだこの人』みたいな視線は」
みたいなではなく本心からそう思っているが口にはしないでおく。おそらく最初は本当にするつもりだったと思う。
学校でするには人目がありすぎたのかもしれない。
「学校でするのは禁止です」
「分かってます~ 今もやらなかったでしょう」
「そうですねー」
この後帰ったらまたせがまれそうだなと考えながら、弁当を食べ始める。由良も自分のを食べ始め、他愛ない会話をしながら昼休みを過ごしていく。
それからは由良への対策を考えていた。甘噛みなら良いとは言ったが、このまま由良の思うままに噛まれ続けるのも癪だ。だが彼女が簡単に引かないことも知っている。
何か別のことに気を紛らわせることができれば噛まれる頻度も減るだろう。
********
特に対策も思いつかないまま下校時刻になり、帰宅してしまった。今日も由良は俺の部屋に来ている。2人でゲームしたり漫画を読んで駄弁り、時々ご飯を食べてから帰るというのがいつもの流れだが、今日は少し落ち着かない。
昨日のようにまた噛まれるかもしれないと思うと頬が熱くなる。由良を近くに感じられるのは素晴らしいが心臓にも悪い。しばらくすれば慣れるかもしれないが、当分はドギマギしてしまうだろう。そうなったらまたからかわれる。
「ねぇ直樹~、今日も噛んで良い?」
「甘噛みならね」
「はーい」
昨日言ったことを覚えてくれていたのか、左腕をとって前腕を甘噛みしてきた。何度か位置を変えたり強くしたりとしていたが、次第に動かなくなった。どうやら良い場所を発見したみたいだ。幸せそうな由良を見つめていて、ふと思いついた。ただこれは、凄く勇気がいる気がする。
腕から由良の口の感触がなくなり、気が付けば顔を上げていた。キョトンとした顔でこちらをのぞき込んでいる。
「直樹? どうしたの……!?」
言い終わる前に、俺は由良の唇を奪った。キスだ。柔らかく温かい、ずっとしていたいような感覚を味わいながら由良の顔を見つめていた。驚きの顔から次第に赤くなっていき、今ではトロンとしている。
どれぐらいしていたか定かではないが、唇を離したとき由良は名残惜しそうにこちらを見ていた。
「……私、キス、しちゃった。……ファーストキスだ……」
唇を指で押さえながら、譫言のようにずっとつぶやいていた。
「……どう、だった? その、初めてした感想は」
「……凄く、良かったです」
湯気が出るのではないかと思うぐらい顔が熱くなっている。由良も同じぐらい赤面していてオロオロする様子がたまらなく愛おしい。
自分でしておいてなんだが、甘噛みよりも心臓に悪かった。
しばらくして2人とも落ち着いた頃、由良が口を開いた。
「その……もう1度、して欲しい。今度はちゃんと……」
こちらを向き、目を閉じる。いわゆるキス待ち顔だ。落ち着いていた心がまたざわめき始める。もう1度、するのか。さっきは不意打ちに近く勢いでできたが、今そんな雰囲気じゃない。勢いでするわけにはいかないだろう。ドクンドクンと心臓の音がうるさいぐらいに聞こえる。覚悟を決めよう。
由良の肩に手を置き、ゆっくりと近づく。さっき1度は出来たんだ、今度も大丈夫だ、と言い聞かせながら出来るだけ落ち着いて唇を重ねる。
先程感じた柔らかさと温かさがまたこちらに伝わってくる。さっきと違うのは、由良の唇が少しだけ震えていたことだ。それも次第に収まっていき完全に止まった頃、腰回りに抱き寄せられる感覚が来た。由良が腰に手を回したのだろう。
その後、密着したまましばらくして、どちらからともなくお互いに離れた。
「私、初めてだったんだけど?」
「うん、知ってる」
「初めては今みたいにムード作って欲しかったな~」
どうやら不意打ちでしたことがお気に召さなかったらしい。
「ああ、それはごめん。でもあのままずっと噛まれ続けるのも癪だなっておもって……!?」
唐突に口を塞がれた。由良にキスされたのだと一瞬遅れて理解する。今度はすぐに終わってしまった。
「ふふ、仕返し~」
「ムードが大切なんじゃなかったのか?」
「それは初めての時。もう2回もしてるしあと何回しても大して変わんないでしょ」
「な、なるほど」
由良はとても楽しそうに微笑んでいた。まるで新しいゲームを始めるときのような……
「じゃあもう1回」
言うやいなやキスしてきた。もうすでに恥じらいは飛んでいるのか由良は。
その日、合計で6回ぐらいキスして由良は帰って行った。もしかして、彼女はキスにはまってしまったのだろうか。当初の狙い通り噛み付きからは意識を逸らすことが出来たかもしれないが、ここまでドキドキするなら本末転倒のような気もする。
翌日も由良は俺の部屋に来ていた。学校では何事もなく接していたが。
「ねえ直樹、キスして良い?」
「……いいよ」
「やったぁ」
やはりキスにはまってしまったようだ。ゆっくりと近づき、お互いに目を閉じる。しかし、来るはずの感触が来なくて一瞬疑問が生じたが、その直後首筋にその柔らかな感触が来た。
…………え? 噛まれた?
「あの、由良さん? キスじゃなかったの?」
ぷはぁと甘噛みを終え、顔を上げた由良は一言。
「噛みたくなっちゃったから……てへっ」
「ええー、なにそれ」
てっきり噛み付きはもう終わったと思っていたんだけどな。そう上手くはいかないのか。
「ふふっ、えい」
少しだけ落胆していたところに今度はキスされた。ってキスもするんかい。
「キスしないなんて言ってないよ?」
やはり小悪魔だこいつと由良の得意げな表情をみてそう思う。
その日から噛み付きとキスをほぼ毎日せがまれるようになった。拒んでも隙を見てしてくるし。何回もされる内に抵抗する気も小さくなっていってしまう。
今日もまた、噛みたがりのそしてキスしたがりの彼女に襲われる。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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