『転生する数日前の木崎、同期藤野と居酒屋トーク』
金曜の夜。居酒屋で藤野とふたり、差し向かいで飲んでいる。仕事抜きの酒は久しぶりだ。
そう言うと
「合コンは?」と藤野。
「二回、立て続けに潰れた。接待とバッティング」
「そいつは残念だったな」
「ほんとだよ」
「でもお前、人事部の女子の告白、断ったんだろ? 噂になってるぞ」
「彼女は好みじゃない」
「可愛いのに」
「あれはダメ。真面目だから」
藤野は肩をすくめ、お通しのこんにゃくのピリ辛和えに箸をつける。
「木崎は女の好みが悪い。『真面目だからダメ』だなんて」
「ひとの好みにケチつけんなよ」
「でも 珍しいじゃん。こんなに長く彼女がいないの。間宮と別れて二ヶ月経つだろ」
「三ヶ月。ていうか、そういう藤野こそ。宮本、どうしたんだよ。進展してるか?」
「アプローチはしてる。でも気づいてくれない」
思わず笑い声が漏れる。
あのアホ喪女は本当に鈍い。
ビールを一気に飲んだ藤野はジョッキを置くと、深いため息をついた。
「今日の昼間さ、宮本を晩飯に誘ったんだよ」
「へえ」
で、今現在俺と飲んでいるということは、断られたってことだ。気の毒に。
藤野がビシッと俺に指を突きつける。
「断られたんじゃないぞ。彼女に先約があっただけだ」
「はいはい」
「来週に約束したから」と藤野。「問題は、別」
「問題?」
「そう」藤野はまた、ため息をついた。「『今晩、食事どうかな?』って誘った返事、なんだったと思う? 『相談事?』だぞ」
思わず口に入れていたたこわさを吹き出す。
「汚ねえっ!」藤野が叫ぶ。
「悪い悪い、ナナメ上すぎて」テーブルに飛んだ残骸をペーパーで包む。「さすが宮本だな」
「めっちゃ心配されたよ」
「良かったじゃん、無関心よりは」
藤野はまたため息をついた。
「勘違いの理由が最悪」
「へえ?」
「高橋が晩飯を誘ってくるときは必ず相談があるかららしい」
高橋は宮本と同じ第二営業部の男で、入社は俺たちの三年あと。宮本直属の部下って訳でもないのに、やたらと彼女にひっついている。
「あいつ、絶対に宮本狙いだよな」
俺がそう言うと藤野ははあっと、またため息。それからビールをあおる。
「彼女は慕ってくれる可愛い後輩としか思ってないみたいだけどな」
「鉄壁の鈍さだな」
藤野が
「それな」
と言いながら、出されたばかりの唐揚げにマヨネーズをかける。
「聞いた話じゃ、どうもトラウマがあるっぽい」
藤野は同期で宮本と仲のいい女子を、最近、味方につけた。彼女からの情報だと言う。
「宮本に?」
「そう。詳しくは教えてもらえなかったけど。そのせいで、男が自分を好きになることはないって思い込んでいる節があるって」
「……あのアホに、そんなマイナス思考があんのか? 似合わねえ」
「ま、とにかく、そういうこと。普通のアピールじゃ、分かってもらえない」
「ふうん」
ホッケの身を箸でほぐし、口に運ぶ。
宮本はアホ喪女だが可愛くないことはない。女を捨てたような地味な格好や負けん気の強さは俺的には可愛いくないけど、藤野や高橋はそれでもいいらしいし。
宮本のくせに、何があったら、そんな思考に陥るんだ?
仕事はあんなに自信満々にやってるのに。
「だから」と藤野。
目を上げると視線が合った。
「真剣に告白する。好きだから付き合ってほしい、って。宮本が逃げも誤解もできないよう、はっきりな」
「……へえ。頑張れ」
目をホッケに戻す。
「いいのか?」と藤野。
再びヤツを見る。
「何が?」
「……」
藤野が手を添えている卓上のグラスが空だ。
「ああ、じゃあ、俺も」
残っていたビールを飲み干し、店員に声をかける。
「来週の飯のときに言う。もう、良さげなフレンチの予約もした」
藤野がやけに真剣な声と表情で言った。
「唐揚げにマヨネーズをかける藤野がフレンチかよ」
「雰囲気を作るんだよ。変な勘違いで逃げられないように」
「ふうん。──ちゃんとその日に結果報告しろよ」
「できるかな。朝まで彼女と一緒かもしれないだろ」
「前向きだな」
「社の男の中なら、一番仲がいいからな。宮本自身からのお墨付き」
「『オトモダチ』で終わらないといいな」
「終わらせないよ。ただ、研修が」
来週は営業部の若手だけで研修がある。しかも泊まりだ。
「高橋あたりに先んじられないかが心配で」
「なら、さっさと告ればいいじゃん」
藤野は肩をすくめ、何も言わなかった。
どうしても雰囲気づくりを優先したいということなのだろう。
──そうか。ついに藤野ははっきり言うのか。
あのアホ喪女はどう返事をするのだろう。
《終わり》




