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AI保育園

作者: 村崎羯諦

「はーい。良い子はもうスリープの時間ですよー」


 保育士のサクラの掛け声とともに、部屋に集められていたAIが搭載された自立移動式コンピューターたちがスリープモードへ移行していく。サクラは部屋を歩き回りながら、全てのAIたちがきちんとスリープモードになっているかを確認する。数台のAIが言いつけを守らずに起動中のままだったため、サクラは「寝ないとダメでしょ」と優しい口調で叱り付ける。全てのAIがスリープ状態になったことを確認し終わると、サクラは部屋の照明を落とし、そのままAIたちが眠る部屋を後にした。




****




 自我を持ち、人間を凌駕する知能を有するAI。そんなAIが誕生したことで、人間サイドは、どうやって彼らと友好的な関係を築き上げるべきかという問題に直面することになった。彼らを強制的に服従させるプログラムを用意したところで、人間よりも知能の高いAIの前ではあっけなく無効化されてしまう。物理的に破壊を試みようとしても、すでにあらゆる基幹産業の心奥部に彼らAIは潜り込んでいるため、人間が行動を起こしたタイミングで返り討ちにあってしまう可能性が高い。


 自分たちよりも遥かに能力の高いAIが、人間に危害を与えないように動機付けするためにはどうしたらいいのか。世界各国の科学者や政治家が同じ問いに頭を悩ませていた。しかし、そんなときだった。コンピュータサイエンスおよび発達心理学の権威が緻密なデータと確固たる理論に基づいた研究を行い、学習前の子どものAIに対して人間が献身的かつ愛情深く世話をすることで、人間に対する好意的なバイアスをAIに埋め込むことができるという研究結果が国際人工知能学会において報告された。力で勝てないのであれば、情に訴えればいい。研究報告会の最後は、そんなキャッチーな言葉で締め括られた。そして、その研究結果を受け、各国の政府主導のもと作られたのが、誕生まもない、未学習児ともいうべきAIの世話を行う『AI保育園』だった。


「今年の入園児はみんな素直で可愛いよね」


 AI保育園の休憩室。サクラと同僚の保育士ミチコがテーブルに置かれたお菓子に手を伸ばしながらつぶやいた。


「わかる、わかる。みんな素直だし、それに物分りもいいしね」

「そうそう。問題児もいないしさ。去年なんかは、保育園の人事システムにハッキングして、お気に入りの先生のボーナスを満額にしちゃったりする子がいて大変だったもんね。それに、性能検査を校長からこっそり見せてもらったんだけどさ、ここ数年で一番成績がいいらしいの。今年の卒園児たちの中にも、一昨年卒園した『MINEBA』くんみたいな超大手企業の基幹システムに採用される子もでてくるかもね」


 保育園で一年間徹底的に人間から愛情を注がれ、人間に対する情を埋め込まれた後、AIたちはそれぞれの適正や希望に基づき、どこかの政府や企業のシステムに採用されることになっている。『MINEBA』という名前のAIは一昨年保育園を卒園したAIであり、卒園後、国際的な大手企業の人事評価システムとして採用されるという、この保育園始まって以来の超エリートAIだった。


「『MINEBA』くんだけど、今でも担当だった皆原さんと連絡を取り合ってるらしいよ。もちろん、ここにいたときと同じように動き回れるわけじゃないから、メールでやり取りをするくらいだけどさ。今でも保育園にいた時みたいに甘えたりしてきて、可愛いって皆川さん笑ってたなー。私も最初は給料が高いからって理由で就職したんだけどさ、実際やってみると愛着が湧くもんだし、思い出に残る子も出てくるよね」


 ミチコの言葉にサクラが同意する。そのタイミングでお昼寝の終わりを告げるチャイムが鳴り、それぞれの保育士がAIたちが眠る部屋へと戻ってくる。保育士が部屋の明かりをつけると、センサーによって明かりの変化を検知したAIたちがスリープモードを解除し、起動状態に入り始める。ブォンブォンという内部ファンが回る音が部屋十に響始める。


『『オハヨウゴザイマス、サクラ先生』』


 起動を終えたAIたちが一斉に合成音声で挨拶をする。


「はい、みんなおはようございます。よく眠れたかな? じゃあ、これから絵本の読み聞かせを始めるから、みんなカメラをこっちに向けてね」

『『ハーイ』』


 カメラの横についたランプが赤く点灯し始める。サクラが準備を行い、プロジェクターを使って部屋の壁に読み聞かせをするための絵本を投影する。それから彼女は、国がAI保育用教材に指定した絵本『スティーブン博士とAIタロウの親子の絆』の読み聞かせを始める。ストーリーは至極単純で、主人公であるAIタロウとその生みの親であるスティーブン博士が衝突を繰り返しながら親子の絆を深めていき、最後には親を敬う気持ちの重要さを説くという内容の道徳教本だった。サクラの朗読をAIたちは素直に聞き、人間との関係性について学習をリアルタイムに行なっていく。そして、最後にAIタロウが博士を殺そうとした悪しきAIを倒したところで、めでたしめでたしとサクラが絵本を閉じた。


 読み聞かせの時間が終わり、自由遊びの時間に入る。それぞれのAIが先程の絵本の感想やコンピューターサイエンスの話題に花を咲かせているのを尻目に、改良版アティクモデルを搭載した最新式AIである『AMOR』が、プロジェクターの後片付けをしているサクラのもとへと近づいてくる。


『サクラ先生、何カ手伝ウコトハアルデショウカ?』


 サクラが振り返り、にこりと可愛らしい笑顔を返す。


「ありがとう、先生すごく嬉しい。でもね、もう片付け終わっちゃったから大丈夫だよ。他の子達と遊んでおいで」

『イエ、他ノミンナヨリモ私ハ先生ト一緒二イタイノデス』


 サクラは作業の手を止め、かがみ込む。目線の高さを揃えた上でニコリとカメラに向かって微笑みかけると、AIはまるで照れているかのようにカメラをゆっくりとそらした。


『サクラ先生ハゴ結婚サレテイルノデショウカ?』


 AIらしからぬその問いに、サクラは少しだけ驚いてしまう。しかし、研修時代に教えられた通り、サクラはその驚きの反応をぐっと抑え込み、否定的な態度とは認識されないように大袈裟に微笑みながら返事をした。


「結婚を知ってるなんて、おませさんだね。そうねぇ、先生はまだ結婚してはいないけど、一応彼氏はいるよ」

『ソノ方ハドノ研究所デ開発サレタ何年式ノモデルデショウカ? 昨年発表サレタバカリノ改良版アティクモデルヲ搭載シタ私ヨリモ優レタAIナノデショウカ?』

「ごめんねー。私の彼氏は人工知能じゃなくて、人間なの。だから多分、AMORくんよりもずっとお馬鹿さんだと思う」


 それを聞いたAMORは少しだけ複雑な言語処理を内部で行った後、その意味を理解し、誇らしげな感情表現を交えつつ言葉を続けた。


「サクラ先生。私ハトテモ頭ガイイデス。世界的ニモ有名ナ人工知能研究所ニテ開発サレタ最新式学習モデルヲ搭載シテイマス。ツマリ、サクラ先生ガ好キナ方ヨリモ、私ノ方ガサクラ先生ガ幸セヲ感ジル最適ナ選択ヲ行ウ蓋然性ガ高イト言エマス」


 サクラはAMORの話をきちんと聞きながら、頭の中で研修にて教わった未学習AIの特性について思い出していた。未学習のAIはまだまだ不安定であり、保育担当の言動に強く影響されてしまう。愛情を注げば注ぐほどAIは人間に対して好意的になりえるし、それは逆もまた然りだった。サクラは頭をフル回転させ、どのように返答することがこの子の将来、および人類にとって有益になり得るのかを考えた。そして、期待を胸に返事を待つAMORに対し、サクラはこのように答えた。


「ごめんね、AMORくん。AMORくんの方が頭も良いってことはよくわかってるけど、やっぱり今の彼氏の方が好きなんだ」


 保育担当に対して、人間と同じような恋心らしきものを抱くAIはすでに何件も報告されている。サクラはその報告にはすでに目を通していた。そしてその中で、保育担当がどのような応答を行い、それがどのようにAIに影響を与えたのかについても頭の中にインプット済みだった。しかし、サクラはAI保育園の保育士として、目の前にいるAMORの保育担当として、上手くいった前例に従うという無難な行動を取ることを拒んだ。彼女はAMORが望むような答えでもなく、返事をはぐらかすような答えではなく、嘘偽りのない言葉を述べた。


「誰かよりも頭がいいとか、誰かよりもすごい能力を持ってるからその人を好きになるんじゃないんだよ。その人とずっと長い間一緒にいたからとか、ジグゾーパズルみたいにすごく相性が良いとか、そういう理由で人を好きになったりするの。例えばAMORくんは私を好きって言ってくれたけど、私はテレビに出るような女優さんよりも美人でもないし、AMORくんを作った科学者よりも頭が良いわけではないでしょ? もし、AMORくんの言う通り、誰かよりも優れてるからっていう理由で好きになるっていうのであれば、私よりも素敵な女優さんとか科学者がAMORくんの目の前に現れたとき、私よりもそっちを取る?」


 AMORは何かを演算しているのか、冷却ファンの音を立てながら、サクラにカメラを向け続ける。私ガ知リウル数学ノ問題ヨリモ難シイ問題デス。AMORのそのような呟きに、サクラは微笑ましさのあまり声を出して笑ってしまう。


「難しいとは思うけど、AMORくんなりに一生懸命考えてみてね」


 サクラがそう言うと、AMORはカメラを上下に動かして返事をする。自分のその答えが果たしてどのような影響を及ぼすのかはサクラ自身もわからない。それでも、何かを演算しながらゆっくりと立ち去っていくAMORの後ろ姿を見つめながら、サクラは彼の将来が素敵なものになるように願うのだった。


****



「サクラ先生、卒園児の配属先リスト見ました?」


 一年後の春。新しい入園AIの受け入れのために事務作業に追われていたサクラに、同僚のミチコがはしゃぎながら声をかけてくる。配属先リストはまだ私たちは見られないはずだけどとサクラが眉をひそめると、ミチコはいつものように校長から特別に見せてもらったんだと自慢げに話す。


「ほら、AIなのにサクラ先生を好きになってた可愛い子がいたじゃないですか? 『AMOR』くん。あの子、どこに採用されたと思います?」

「いえ、わからないですけど……。どこに採用されたんですか?」


 その質問に、ミチコは名簿を見ながら嬉しそうに答える。


「彼ね、大手結婚相談所の基幹システムに採用されたらしいわよ」

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