結婚命令に従うか否か
デート当日、応援に気合の入った王妃を背に、生暖かく見守る侍女さんたちから目を逸らし、デートへ向かいます。侍女仲間からのアドバイスがたっぷりと入ったメイクで王城のランチデートです。
最初の指定された場所は食堂でした。
「なんでランチデート?いくら忙しい二人だからってそれはないでしょ!?」
「付き合いはじめのカップルでも選ばないでしょう!?」
と侍女仲間から非難殺到。せめて、場所は変更を!と、騎士団側と交渉した結果、食堂からテイクアウトしたサンドイッチを持参して庭園へ。
「お久しぶりです」
私、この人の私服を見たことがないです。どんな感じなんでしょうね。
「制服、お似合いですね」
「ありがとうございます」
「今日は急なデート、ありがとうございます」
貴方が仕組んだ訳ではないのに、律儀ですね。
「…聞きました。国家プロジェクトなんですってね。わたしと貴方の結婚」
「すみません。大げさなことになってしまって。でも、前向きに考えてほしいです」
「私は婚約解消されてから、自分の好きなことをやろうと思って生きてきたわがままな人間です。そして、これからも仕事を辞めるつもりはないんです」
「良いですよ。そんな芯の強いあなただからこそ、選ばれたんですから。それに、仕事に関しては辞める必要はないですよ」
「でも、結婚したら、」
「結婚しても生活は特に変わりませんよ。私は何も求めません。仕事をしながら妻になる人が少ないので、プロジェクトとして試験的に実施するとも言われたんですよ」
苦笑いしながら話されます。
「私、結婚を命令されたんですよ」
「命令、ですか」
「はい。今日も仕事です。仕事で、結婚…」
「…結婚。本当に嫌なら断ってもいいと思いますよ。貴方の人生ですから」
「オウリアン団長は私なんかと結婚してもいいんですか?」
なんとなくで婚約解消されて、女性としては魅力なしの烙印を押されたまま、結婚適齢期を過ぎてここまできました。
「私は恥ずかしながら、10年も女性とのお付き合いを断り続けていました。今でも女性とお付き合いすることには抵抗があります。ただ、気になる人で貴方の名前を出してしまいました。同じように婚約で嫌な思い出があって先に進めない仲間、なんて、親近感を持ってたんでしょうね。勝手に名前を挙げてしまってすみません。私は貴方のことを勝手に仲間と思ってたみたいです。貴方となら、もしかしたら結婚も上手くいくかもしれない、と」
頭をかきながら申し訳なさそうに話してくださいます。
―――同じ仲間。確かに。
この人とだったら、結婚しても仲間として、異性としてではなくても一緒に過ごしていけるのかもしれません。
私は覚悟を決めました。
「結婚、よろしくお願い致します」
「受けてくださるんですね。ありがとうございます」
比較的穏やかな結婚生活がスタートしました。
互いを仲間として、私達は本当になにもありません。ただ一緒に生活しているだけです。
それを見たオウリアン団長の両親がオウリアン団長をけしかけます。
「孫を見れる日なんて来るのかね。ただでさえ晩婚なのに」
「彼女は私と仕事で結婚したんです。いいじゃないですか。養子で」
…仕事で結婚。確かにそうかもしれませんが、情がないわけではないんです。
一緒にいて、オウリアン団長に不安になることも嫌だと思うことも今のところありません。オウリアン団長はどうかわかりませんが。
私達の結婚後、無事にリリーア殿下が出産されました。愛する人のお子様を抱きしめて、幸せそうな姿を見ると、なんだか自分が情けなくなってきます。仕事で結婚したけれど、だからなのか、求められることもないんです。私はやはり魅力がないんでしょうか。
「フリージア!オウリアン団長を手籠にしちゃいなさい!」
またご乱心です。今度は産後ハイでしょうか。
ただ、これはさすがに無理です。オウリアン団長は私に触れもしないので、私のことをこれっぽっちも考えてくださらないのです。私に女としての魅力がないからだと思うんです。
そんな私が、手籠にするなんて、とても考えられません。
「…できません。私、無理です」
情けなくなって涙が出ちゃいました。
「…緊急よ。騎士団長オウリアンを呼びなさい」
殿下は静かに命じます。涙が止まりません。待ってください。この状態は、見られたくないです。
「フリージア!」
涙が止まる前にオウリアン団長はいらっしゃいました。城内にいたのでしょうか。なんて間の悪い。
「…今日は帰りなさい。二人でちゃんと話して、明日午後から出勤すること」
殿下はオウリアン団長の補佐に伝えます。
「国家プロジェクトの補正よ。今日は二人を休ませる。休めないなら緊急業務のため、外勤を命じるわ」
国家プロジェクト、まだ続いてたんですか。
「仕事でなく、二人でプライベートで休みを申請します」
オウリアン団長は殿下へそう伝えてから、私の頬に触れます。優しい温かな手に涙がまた出てきちゃいます。仕事ではない二人の本当の時間、そうですね。確かに私達に必要かもしれません。
「…そう。許可します」
部屋を出るとき、殿下は私にもお声かけされました。
「フリージア、貴方は私の上級侍女よ。結婚しても何も変わらないわ。これからもよろしくね」
にこやかに微笑みます。
本当の意味での結婚という形になっていたら、仕事は辞めていたのだと思います。私達は国家プロジェクトという名の仕事での結婚です。さっき、プライベートで休み取るってオウリアン団長が言ってました、よね?あ、と言うことは、結婚?プライベート?
「本当の結婚生活で、夫婦になっても、フリージアは大切な私の侍女です。例え子供を産んで少しだけ離れたとしても、帰ってきなさいね」
殿下の言葉の意味する先を見て、結婚への不安が少しだけ軽くなりました。
「ありがとうございます」
自宅へ戻るとケーキが買ってありました。オウリアン団長が部下に買いに行かせたそうです。
二人で一緒に食べます。
「・・・・」
「・・・・」
お見合いの時を思い出します。
食器を片付けながら
「結婚、後悔してますか?」
オウリアン団長が不安そうに聞きます。
「いいえ、ただ、私、貴方が好きになっちゃったみたいです。本当の夫婦になりたいなって思ってしまったみたい、で、」
冗談っぽく言った言葉は途中で途切れました。オウリアン団長が私を抱きしめたからです。
「私も貴方のことが好きです。好きなんです。でも怖い。貴方が振り向いてくれなかったら、拒否されてしまったらと、不安でしかたない」
「私も同じ、です」
私達はいわゆる恋の駆け引きがとても苦手なんだと思います。
「…キスしても、いい?」
オウリアン団長が不安そうに聞きます。
私は恥ずかしくて俯きながら応えます。
「…はい」
私達は予定通り、午後から出勤しました。
「ジア、今日はランチミーティングがないんだ。一緒にランチしよう。庭園で」
「わかったわ。あとでね、リアン」
私達の様子をニマニマ見ているリリーア殿下から目を逸らし、仕事に集中します。
強面で10年もの間女性とのお付き合いがないと噂された堅物騎士団長は、甘い物が好きで、私に甘えるのも好きでした。
仲間であり、恋人であり、夫婦。そんな私達はこれからも国家プロジェクトのレールに乗ります。次は子づくり後の育児休暇制度でしょうか。働く女性を守る法案が通るまであと少し。
これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました。