見合いからの結婚命令
「すみません。遅れました」
王城で遠くから見た騎士団の制服、そのままでいらっしゃいました。カフェテラスがざわつきます。それもそうです。何故着替えていらっしゃらなかったのかしら、事件の聞き取りでもあるまいし。
「遅れてはいけないと、着替えようともしなかったのだ」
そういう隣の男性は、え?王太子殿下?お父様も付添人が誰が来るのかを知らなかったので驚いているようです。
「いいね、ここで君はお茶を飲む。フリージア嬢をエスコートして、次のデートの約束をする。緊張しているのはわかるが、チャンスは逃すな」
殿下のほうが、年下よね?というか、そんな会話聞いていると、怖そうに見えないんですけど。殿下はさらりと私達のほうを見て、
「私は最後の引継ぎ確認がまだ終わっていないから、もう戻るよ。フリージア嬢、お見合いに来てくれてありがとう」
と言い颯爽と去っていきました。
気まずくなったお父様もすぐに立ち上がります。
「帰りは騎士団長に送ってもらいなさい」
逃げるように席を立ちました。お父様、私も逃げたいです。こんな目立った衆人環視の中にいるにも関わらず、慣れているのかオウリアン様は私を見て周りが気にならないようです。
カフェテラスで周りも聞き耳を立てているのでしょうか。
「・・・・」
「・・・・」
静かすぎる。
気まずさから手元にあるメニュー表ばかり眺めてます。
「お飲み物は?」
店員が聞きにきました。
「コーヒー」
「ケーキセットで、私は紅茶を」
すみません。新作ケーキに負けました。
「ケーキ、お好きなんですか?」
「ええ」
「・・・・」
会話、続きません。
「お忙しいんですね。お休みはあるのですか?」
「一応、交代制ではあるのですが、今は特別に忙しいですね」
「ああ、準備が・・・」
何を話せば良いのでしょうか。こうなったら新作ケーキに集中しましょう。ちょうど運ばれましたしね。
ふんわりと甘みたっぷりのクリームが添えられているビターショコラです。
「実は私も好きなんです。甘い物」
意外ですね。そういえば、噂ほど怖くないですね。先程の王太子殿下の登場のせいでしょうか。
「食べますか?」
「いえ、職務中ではないのですが、さすがに制服ですので」
「そうですか」
「・・・・」
「・・・・」
結局新作ケーキを堪能しただけでした。有名店なだけあって美味しかったです。そんな羨ましそうな顔しないでください。あとでお土産にしますよ。上級侍女はこんな時に気が利くのが求められるのですから。
「今日はありがとうございました」
ケーキを奢ってもらいましたので、お礼を伝えます。もう会うことはないでしょうしね。
「いや、こちらこそ、こっそり手土産を準備してもらってしまって、ありがとう」
ニコニコ笑ってます。なんだか可愛らしい方です。年上のはずですが。たしか、もうすぐ30歳?私が23なので、7歳差です。
「次はいつ会えますか?」
は?へ?カフェテラスでの静かな時間を忘れたんですか?
「穏やかで、思った通りの人でした。ぜひお付き合いさせてほしい」
嬉しい。嬉しいですが、
「…私は今、仕事に集中したいのです」
せっかく上級侍女へのスタートラインへ立とうと意気込んでいるところに婚約なんて、婚約解消された私には婚約やお付き合いが悪いイメージしかないのです。
「上級侍女を受験されたばかりですもんね。では合格したらお祝いします!」
オウリアン団長が部下の昇進を祝う様子が目に浮かびました。楽しそうです。
「…ではまた」
「おめでとう。これからもよろしくね。フリージア」
王妃リリーア殿下が微笑みます。合格も決まり、リリーア様は王妃となりました。
「ありがたきお言葉、恐れ入ります。これからもどうぞ、よろしくお願い致します」
先日リリーア殿下は、二人目のお子様がお腹にいることが分かりました。
執務では長い時間座ったりできないので、私も大忙しです。合格祝いをしてくださるお話でしたが、落ち着くまで待っていただくことになりました。ありがたいですが、そのまま断り続ければお見合いも断りやすくなるでしょうし。
「フリージア!」
陛下との昼食後、何かとても不満そうに執務室へ戻ってこられました。何かミスをしたのでしょうか。思い当たりません。
「フリージア!結婚なさい!これは命令ですわ!」
ご乱心か?と言われるほどの強行っぷりに周りも唖然としています。とりあえずお腹のこどものために落ち着いていただきましょう。とティーセットの用意を指示します。
「…はぁ。ちゃんと説明するわ。ここに」
近くに私を呼び、事情を話してくださいました。陛下の右腕としてめでたく昇進されて騎士団長になった彼は、昔婚約で痛い目に遭ったそうです。
女性には苦手意識があるそうで、ここ10年、全然女性の影もありません。騎士団長として任務にあたり、ついに両親が心配して次々と見合いを勧めるが拒否。だったら、誰が?とブチ切れた親が元国王に呟き、幼なじみの元国王は息子をけしかけ、息子である陛下が本音を聞きだす。そして、私の名前が出ました。そこからは国家プロジェクトとして動いている案件になったとか。見合いのあと、堅物のあの騎士団長は私となら結婚したいと言ったそうです。見合いをさせるも全然進まないことにイライラして、お腹の赤ちゃんに良くないと、思い切って言ってみたそうです。
ちょっと良くわからないのですが、国家プロジェクト?なぜ?結婚?どうして?
「もちろん貴方の気持ちも確認するわ。ちょっと妊娠中は気分の上下が激しいので、いきなりあんなこと言ってしまったわ。ちなみに見合いの後はどうして次のデートがないのかしら?」
「…時間が合わずに」
というか、断るつもりでしたから。
「そう、では、国家プロジェクトとして、絶対に失敗できない戦いとか言ってお義父様達が楽しんでいるのよ。業務中で特別に時間を作り、次のデートの時間をとりましょう。貴方が婚約に不安があるのは知ってるわ。だから結婚しなさい。二人共いい歳なんだから、婚約ではなく結婚を前提にお付き合いよ!」
妊娠中は気分の上下が激しいとは聞いてましたが、ご乱心なされたようです。穏やかにお子を産んでもらうためにも、デートは必須と周りからも判断されました。というか、皆さん楽しんでますよね。人の見合いを。