room5
ぱら。
五度目。おはようございます、なんてのんきに挨拶をしているような気分じゃない。私はベッドから飛び起きて、誰もいない病室の中をいらいらと歩き回る。これが憤らずにいられるだろうか。
前回も私は言ったが――神とはかくも身勝手な生き物である!
〈誰かさん〉は私が手におえないといい始めた。実際に声が聞こえるわけではないのだが、そんな気配が部屋中からにじみ出ているのだ。私が前回さんざんに考えつくした予定やら計画やらが、よほど気に食わなかったと見える。ざまあみろ、とでも言っておくべきか。もちろんただの虚勢だ。〈誰かさん〉の決めたことに私が逆らうなんてこと、本当の意味では決してできやしないのだ。私が昨日どんなに楽しみにしていた予定だって、〈誰かさん〉が許さなければ一言だって現実にはならない。
足元がぐにゃりと不安定になり、視界がちかちかと明滅し、三半規管がぐるぐる回っている。これはめまいではない、部屋が揺れているのだと気づいた。窓、カーテン、衝立、ベッド、テーブル、部屋の中にあった何もかもが、水をこぼした水彩画のように滲んで、ぼやけて、溶けて混ざり合って流されていく。
私は知っている、これは「お蔵入り」というやつだ。
見上げた天井が歪んだと思ったらチョコレートのようにどろりと滴り落ちて真ん中に黒い穴が開き、そこから大量の何かが注ぎ込まれる。何か、の正体は紙切れだった。何種類かのメモ用紙、ルーズリーフ、破られたノートのページ、コピー用紙、原稿用紙、ラッピングペーパーの切れ端、カレンダーやチラシだっただろう裏紙、などなど。どれも〈誰かさん〉が私のことを何かしら書いているようだった。私はここで初めて私につけられるかもしれなかった名前のいくつかを知った。
天井だった場所から大量に落ちてくる紙、紙、紙。ベッドも衝立も窓も消えた何もない真っ白な部屋で、私はそれに埋もれていく。ぺらり、と眼前に張り付いた紙にやけにくっきりと記された一言。
『さよなら』
そして白い渦に飲み込まれて、私は消えた。
ぱら、ぱら、ぱららららら。ぱたん。
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