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ミカン  作者: 日次立樹


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room4

 

 ぱら。




 四度目。そろそろ数えるのをやめてもいいんじゃないだろうか。私は病室で目を覚ました。

 何やら部屋の中が全体的にぼんやりしている。ここが最初の白い部屋と同じ部屋なのかどうか、私は迷った。壁は白、天井の色も白、窓があってテーブルの上に水差しがあり、衝立が入口からの目隠しのように立っている。それから、パックが空っぽの点滴台。ここまでは同じだ。しかしそれに加えて、窓からの景色は駐車場で、水差しのとなりにはお見舞いらしき花とフルーツがある。かすかに消毒液の匂いもする。ベッドの周囲には隣のベッドと仕切っているクリーム色のカーテンがあり、向かいのベッドには人の気配がする。誰かと誰かが会話しているが、内容を聞き取ることはできない。隣のベッドは誰もいないのか眠っているのか、静かだった。四人部屋らしい。枕元にはナースコールがあった。ベッドの番号が書かれているのだろうプレートの文字はぼやけていて読めない。曲線が多いので数字だろうと思うだけだ。まるで病室と名前を付けただけの部屋のようだ。あとはあなたの想像にお任せします、とでもいうような。手抜き感は否めないが、ただの白い部屋から病室と名前がついただけでずいぶんとそれらしくなったように見える。


 ひらり、と向かい側のベッドのカーテン下から紙切れが滑り出し、ベッドに腰かけた私の足もとで止まった。拾い上げると、それは見覚えのあるような封筒に変わった。向かいのベッドのカーテンを開けるが、誰もいない。ベッドは綺麗に整えられていて誰かがいた形跡もないのに、そこに誰かがいる気配だけが残っている。ここで薄気味悪い気分にでもなれば、出来の悪いホラーくらいにはなるのではないだろうか? しかし怖い思いはあまりしたくないな、そう思いながら封筒を開けると、中にはやはりカードが一枚。今度は白紙ではない。たった一行だが、白いカードの中心に黒々と記された言葉がある。


『何してみたい?』


 黒のボールペンで書かれたらしい文字を見つめる。ここには私以外誰もいない。少なくとも、姿が見える人物は。つまりこのメッセージは〈誰かさん〉から私宛て、ということでいいのだろう。しかしその内容を理解しかねて、数十秒ほど固まっていた。ぽかんと口を開けて。ゆっくりと瞬きを二回して、深く息を吐きだそうとする。そのとき口を開けたままだったことに気づいて慌てて閉じた。いくらここには私しかいないからって、間抜けすぎる顔だ。仕切りなおそう。


 それにしても、と考えながら大げさなため息をついた。

 なんということだ。とうとう例の〈誰かさん〉は私に勝手に動けと命令を下してきた。私が何をするかは、私ではなくて〈誰かさん〉が決めるべきことではないのか。それが、私に託されるというのはどういうことか。主人公とはいえ、一介の登場人物、架空の人間に過ぎないのだ、私は。登場人物が勝手に動いて物語を動かすことはままあるが、ああいうのは彼らの人格や設定がきちんと固まっていて、自律するから起こるのであって、私のような名無しにできる所業ではない。


 何故〈誰かさん〉がそんな無茶を言い出したのか。この一切合切ぼやけたような部屋の様子を鑑みれば、結論は一つしかなかった。

 何たる怠慢か。〈誰かさん〉は私を生み出しておきながら、この箱庭の世界に対して絶対的な権力を持ちながら、すでにそれを行使することに飽きてしまったようだ。バッドエンドでなければ、とか波乱万丈でなくても、とか、今まで自分が期待していたことが何もかも馬鹿らしくなってしまう。まだ白紙、どころか永遠に白紙にされてしまうかもしれない未来なのだ。しかも残念なことに、〈誰かさん〉が作りかけの箱庭に飽きて放り出してしまうのは、たいして珍しいことではない。話によると五回か六回に一遍くらいはこうしたことがあるらしい。神とはかくも身勝手な生き物である。


 私はこの言い回しが気に入った。もちろん〈誰かさん〉は神ではないので、これは皮肉だ。神とはかくも身勝手な生き物である。そうだ、そのとおり。だから私も勝手にしようじゃないか。そもそもそれを望まれているのだ。何をしようか、そんなことを考え出したら、明日の予定はどんどん埋まっていく。

 次に目が覚めたら、まずはこの辛気臭い病室を抜け出してアイスクリームを食べよう。私はチョコミントが好きなことにしておく。ミントの青緑とチョコの茶色の組み合わせは嫌いじゃない。〈誰かさん〉はチョコミントは邪道だというが、本当は食べられもしないほど苦手なのだと知っている。ミント以外にも、のどがスース―する飴なんかも苦手らしい。うまく描写できなくて盛大に困ってしまえばいい。いつもあちらの都合に振り回されるのだから、たまには意趣返しをしたっていいはずだ。それから、電車に乗って知らない町まで行こう。車窓からは〈誰かさん〉が見慣れたサーカスのテントなんか見えない。ニタニタ笑うピエロの顔が嫌いなのだ。それに、サーカスとピエロにはホラーがつきものだから避けるに限る。〈誰かさん〉に妙なことを思いつかれても困るのだから。大量にお酒を買って、一人暮らしの部屋で酔っ払って頓珍漢な夢を見るのもいいかもしれない。私の正確な年齢を決めておかなかったのは〈誰かさん〉の方だから、わざわざ少女のままでいなくたっていいだろう。〈誰かさん〉も甘いカクテルが好きだけど、それは仕方がない。少しは困ってほしいけれど、私だって〈誰かさん〉が嫌いなわけじゃないのだ。ああそうだ、海を見に行こう。今が何月なのかは知らないが、海はいつ行ったっていい。波の音を聞きながら貝殻を拾うだけだって楽しいはずだから。

 それから、それから。


 心臓が高鳴るというのはこういうことだろうか。どきどきしてちっとも眠れそうになくて、明日が来なかったらどうしようと思ったけれど、いつの間にか眠ってしまった。


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