room3
ぱら。
さてさて三度目のおはようだ。もしかしたら何万回目かの――いや、この口上はもうやめよう。あまり面白くない気がしてきた。
部屋は相変わらず白いままだ。今度はベッドのそばに点滴台が増えた。薬液のパックも吊り下げられているが、針はついていなかった。そもそもパックが空だ。それから、衝立の色が変わっていた。オレンジがかった淡い黄色が〈誰かさん〉の最近気に入っている色だということは百も承知なのだが、私はちょっと顔をしかめた。この色は好きじゃない。なぜかって、それは、なんだか室温で生ぬるくなったうえに表面が乾燥してしまったカスタードクリームみたいな色だからだ。
ふむ。〈誰かさん〉はそれなりに頑張っているらしい。ここまででわかった私のことについて少し整理してみよう。
まず、私は少女であるらしい。わかったことについて、と言っておきながら、これはただの推測だ。髪を長く伸ばしていることと、細く頼りない手足から判断した。だからもしかしたら少年かもしれないし、不老不死の老女かもしれない。しかしおそらく少女である。それから、何らかの理由で入院しているらしいこと。衝立に点滴台、私が目を覚ますたびに病室らしくなっていく部屋からも間違いはないだろう。
そして最後に絶対に確かなことは、ここは〈誰かさん〉の作った箱庭の中だということだ。
〈誰かさん〉、は私の目の前に姿を現したことはない。しかしその存在を私は知っている。〈誰かさん〉がいなければ私はここにいないからだ。ゆえに〈誰かさん〉は存在する。
何の証明にもなっていない証明に聞こえるが、これは事実だ。こんなことを言っていると、〈誰かさん〉が神様か何かのように思うかもしれない。現実では、〈誰かさん〉は神様でも何でもない、ただの一人の人間だ。しかし、箱庭に関しては相当の権力を持っていて、その中の誰を殺すも生かすも〈誰かさん〉の指先にかかっている。〈誰かさん〉は毎日机に向かってノートを開いては偉ぶって安物の万年筆をふるい、時にはパソコンのキーボードをたたきながら、私の過去と未来を創造するのだ。
ここまで言ってしまえば、もう説明する必要もないかもしれないが――たぶん私は主人公なのだ。〈誰かさん〉が書いている物語の中、このおぼろげな形しかない世界の。とはいえ、主人公だからと言って今のところ特別に不幸な境遇にあるわけでも、何か不思議な能力があるわけでもない。実は名前すらない。そんな私が主人公という立場になって思うのは、そんなに波乱万丈でも、幸福に満ち溢れた未来でなくてもいいから、バッドエンドだけはよしてくれないかということだ。〈誰かさん〉はハッピーエンドが好きだと言いながら、平気な顔をして誰かを死なせるので油断ならない。入院の時点で何かのフラグが立っていないことを祈るばかりだ。できれば痛い思いもしなくてすむと嬉しいが、それは高望みというものだろう。まったく平坦でつまらない物語を望んで読む人なんていないだろうから。
しかし、目が覚めたのはいいがやることがない。病室の少女といえばベッドの上で健気におとなしくしているのが〈誰かさん〉の理想らしいが(ずいぶんと偏ったイメージだと顔をしかめる)、ここには本もなければ鉛筆やノートもないので、読書や勉強や絵を描くなんてことはやりようがない。もう少し考えてほしいものだ。仕方なく健気で薄幸そうな表情を作って(できているかどうかは自信がないが)窓の外を眺めてみるが、空色だけの景色を見ていても何も面白くない。早々に飽きて、ベッドに転がり、しみ一つない天井を見上げる。
目を閉じると視界は黒で覆われた。