神よ、僕の言葉を聞け
鐘の音が鳴り止むのを待ち、鎧の男たちは動き出した。振りかざした旗が風に揺ればさりと音を立てる。
「これより、尊いお方からの書状を読み上げる」
真ん中に立っている男がそう高らかに宣言すると、別の男がなにやら文字が書かれた紙を広げた。警戒している街の人たちは困惑しどよめく。ラピス達も彼らを見つめ唾を飲み込んだ。
「我等の平穏の為、踊り子レイラ・ローレンスの身柄を確保する。」
時が止まったかと思った。
その男の口からよく知る少女の名前が出てきたのだ。レイラ・ローレンス。この街にその名前は1人しか居ない。
今日の祭りの主人公、ジャスミンの香りをまとい笑顔で笑っていた少女のことだ。
「…は?なんて言ったあいつ、今」
マキが絞り出したその言葉で脳みそが回り出す。
「れいら、レイラって言った」
「レイラってあの、」
マキの言葉は最後まで声にならなかった。
その間にも男は言葉を続ける。
「レイラ・ローレンス。聞いていたら出てこい。危害など加えない。衣食住も保証しよう。ただ我々についてきてもらうだけでいいんだ。」
答えるのものは居ない。レイラならこの状況を止めるために飛び出してしまっていただろう。ここにいない事に動揺している心の隅で安堵する。
サリアおばあさんはその場に座り込んだまま動かない。男の宣言を正面で聞いていた街の人たちも同様、静まり返っている。
「ふはははは!」
要求に応じないことを察し、まさに悪役のような笑い声をあげて鎧を着た男が言った。
「レイラ・ローレンスはどこだ?」
それが合図だったかのように、何処からか同じ鎧を着た兵達が大勢現れレイラの捜索を開始した。
誰かが反抗するのと同時に一気にそれは戦場と化した。隠れていたもの達も飛び出し、サラナの街はこれまでに聞いた事のない怒号で埋め尽くされる。平穏とは?何故レイラなのか、要望に従う義務はない、出ていけ、気味が悪い、何故爆発を、けが人がいる、責任を取れ何者なんだ祭りが台無しだ………………どれだけ声をあげようがこの混沌は収まらない。それどころか兵達は武器を取りだしはじめる。
考えても考えても思考が定まらない脳みそで動けずにいる中
反抗するものには容赦するな。踊り子は生け捕りにしろ、高く売れる。レイラ・ローレンスだけは必ず生きたまま連れてこい!
そんな指示が聞こえてきた。
レイラ、レイラは今どこに居るんだ。さっきまで迷路のようだった思考がいっきにレイラの事でいっぱいになりラピスは反射的に立ち上がった。
「ラピス、どこに」
「レイラを探す。守らなきゃ」
走り出そうとしたラピスの裾をサリアおばあさんが慌てて掴む。
「レイラは分からんが、踊り子達はほとんど街の奥の古い練習場まで逃げているはずだ。」
青ざめた顔でそういうサリアおばあさんの手は震えていた。その様子を見るだけで心臓が押しつぶされそうになる。
「ラピス、行け。俺はばあさんと街の外れの方まで逃げる。」
マキがサリアおばあさんの肩を抱き、しっかりとした口調でラピスに言い聞かせるように言った。
「俺がレイラを見つけたら…そうだ、さっきの鐘。鐘のある時計台まで行くように伝えるから。あそこまでの道は少し複雑だから。時計台に着いたら…合図だ、レイラに鐘を鳴らさせる。鐘がなる時間なんてこの街の奴らしか知らないだろ。」
マキと目があい、その気迫に押されるまま何も言わずに走り出した。
いつもふざけてる癖にこういう時に冷静で頼りになるマキがにくい。憎い?いや、これは僕の身勝手な嫉妬だ。
ずっとレイラのことを想ってきたけど、レイラの為に行動できたことなんて全然ない。同じ街で育って小さい頃から僕の手を引っ張ってくれていたレイラ。
彼女は何度も僕とステージに立ちたいと言ってくれたけど、僕は抗うことすらしてこなかった。やっと彼女を守りたい一心で立ち上がって足をちぎれるくらい動かしてるのに、こんな時に思い浮かぶのが後悔ばかりだなんて僕は本当に情けない。
後ろから空を貫くような銃声と悲鳴が聞こえた。やめて、やめてくれ。この街を壊さないで。
「神様はどうするんだろうね」
いつだったか噴水の前での会話を思い出した。街一番の踊り子が神様の元へ行く話。
神様、居るのならレイラを連れていかないで。お前の相手なら僕がやってあげるから。
「レイラあぁああっ!」
鳴り止まない喧騒の中、ラピスは彼女の名前を呼んだ。




