35桶目
「温泉とやらで瀕死の傷が治るなんぞ、聞いたことがないのじゃ」
「あっ……」
しまった、という顔をしてエルがこちらを振り向いた。
あー、そういえばアリアが来た時はまだ効能持たせる前だったか。
「それに、なんじゃ、コウ様なんて呼ばせおって。妾は名前すら読んだことがないというのに」
「そういえばそうだっけ? ならアリアも俺の事好きに呼べばいいと思うよ」
「なっ……魔王様の事を呼び捨てにしおった!」
「これはいくらなんでも大賢者様でも不敬に当たるのでは」
「いや、面識があるようだったしもしや」
俺の会話を聞いてエルフたちがザワザワしだした。
たしかに、一国のトップを呼び捨てにしてタメ口なんて、不味いな。
「魔王様、大変失礼致しました。私のことはお好きに呼んでいただいて構いません」
「なっ!! 妾が良いと言っておるのじゃ! 妾もコウと呼ぶからな、よいな」
「ははー」
「からかうでない。言葉使いも前のままで良い。なんせお主は銀狼の森の王なのだから。それに大賢者ともあろうものが、もう少し偉そうにしてもいいと思うのじゃが」
「まあ、賢者なので偉そうにはしませんよね」
「ん? んんん? そう言われればそうじゃの」
「魔王様と対等に会話しておる」「やはり大賢者様は…ナムナムナム」「コウ様素敵……」
なんかへんな囁き声が後ろから聞こえてきているが、よく聞こえないしスルーしとくか……、ろくな事にならなさそうな予感はするし。
「して、こ、ここここ、コウよ。傷の治るお湯とはどういう事か説明してもらおうか」
アリアが眼光鋭くズズいとよってきた。
その割に偉く顔が火照っているようだが、熱でもあるんだろうか。
「ひゃいっ」
「なんだ、熱いじゃないか。体調でも悪いのか」
「そそそそそんな気安く妾に触れるでにゃい!!」
「ああ、わるいわるい」
ついつい子供にするようにおでこに手を当ててしまった。
こっち来てからそういう欲がさっぱりだから、ボディタッチもなんというか、下心なくサラりと出来てしまうようになっている気がする。
良くないな、これは。
「まぁ効能については一旦この場を落ち着けてから説明するから」
とりあえず、魔王襲来で乱れまくった場の収集に走ることにした。露天風呂の話はまた今度だな。
これからは定例会議でもやろうかな。
「これが一応例の効能を持った温泉だ」
「なっ……」
アリアは浴槽をじっと眺めたまま絶句していた。
そんな不味い感じなのか。
これはこの効能消すしかなくなりそうだな。
正直なところ、理屈は分かったのでわざわざ温泉にすることも無いのだが、住民たちにはすこぶる評判がいいのでそのままにしている。
それに、いざと言う時温泉に来るだけで救われるかも知れないしな。
「あああ、あんたこんな量のハイポーション一体どうしたって言うの!? 製法は第零種国家機密のはず……」
「え? そうなの?」
「え? そうなの? じゃ、ないわよ! 場合によってはあんたを裁かなければならない」
「製法がどうのって言ってたけど、少なくとも俺は誰かに聞いた訳じゃないぞ」
「じゃあ、そうね、こうしましょう」
アリアはそう言って何やら呟いて半透明半球状の何かで俺とアリアの周りを覆った。
「これは?」
「前にも見せなかったかしら。盗聴防止結界よ」
「なるほど、すごいなアリア」
「な、べべ別にそんな褒めてもこれから聞くことは変わらないわよっ」
「いやそんなつもりじゃ無かったのだが」
「とりあえず、製法をざっくりでいいから話しなさい」
「分かった」
まあ、アリアになら教えてもいいだろう。
というか、ここで秘密にすると逆に疑われる気がする。
俺はザックリと回復魔術付与装置の仕組みを話した。
「……」
アリアは途中から唖然とした顔のまま止まっていた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。あんた本当に自分でたどり着いたのね」
「なぜ製法を聞いただけで分かるんだ」
「詳しくは言えないけれど、国家機密情報の製法は8割ダミーの工程なのよ。本来はコウ、いえ、貴方の話した方法で出来るのだけれど。……やっぱり貴方が大賢者だったのね」
どうやら、製法を盗んでまねしただけでは、ダミーの工程と本来の工程の見分けがつかないらしく、それで製法を聞いたということらしい。
最後なにか呟いていたが、なんて言ったんだろうか。
まあ、いいか。




