29桶目
ふう、気持ちよかった。
ナニがって?
お風呂だよ、お風呂。
そろそろエルを起こしに行ってあげるか。
狼も呼びに来ていないし、なんともないだろう。
「うえぇーーん」
と思って、エルの部屋の前まで来たのだが、中から泣き声が聞こえる。
「ガウガウガウ」
「そうだよねそうだよね、私が悪いよねね……グス……」
「ガウ」
タイミング間違ったか。
エルも色々大変なんだな。
もう少し、そっとしといてあげるか。
ガチャ
じとー。
ドアが開いた。
開けたのは狼だ。バレていたらしい。
隙間から、目を真っ赤に腫らしたエルが鼻をすすりながらこちらを見ている。
「はいっでぐだざい」
「お、おう」
俺を見るやいなや、泣き声のまま招き入れられてしまった。
入れ違いで狼は出ていった。
なにやら言いたげな目でこちらを見ていたが、なんなんだろうか。
「ええっと、エル、体調は大丈夫か」
「はい、だいじょうぶでず」
ズビビ、と鼻をすする。
可愛い顔が台無しだ。
誰だ、エルを泣かせるやつは。
だんだんと腹が立ってきた。
「一体何があったんだ。なんでそんなに泣いているんだ? 誰かにキツいこと言われたか? 今日キツかったか? 別に俺の元で働かなくてもいいんだぞ?」
「ちがうんです。私、自分が恥ずかしくて、こんなにもコウ様は私達のこと考えてくれているのに、私ったら自分のことばかりで」
「どういう事か、俺にはさっぱり分からないんだが。誰のせいで泣いているんだ」
「コウ様」
「なんだ」
「だから、コウ様のせいです」
「え? 俺のせい?」
「半分は、そうです」
「俺、なにかしちゃった? ちょっと心当たりないんだけど、まって、もっとよく考える、その、すまん」
「いえ、違います。何もしてくれなかったんです。 ななのに私勘違いしちゃって、思い出すだけでも恥ずかしくて」
「勘違い?」
「はい。今日実はコウ様のこと、その、ゆ、ゆゆゆ誘惑してみたんです。私、やっぱりコウ様のこと好きなんです。族長だから、歳離れてるから、ユキさん居るから、と色々諦めようとしたんですけど、やっぱりどうしてもコウ様の事考えると、胸が苦しくてこの気持ち忘れられなくて」
オーマイゴット
まじか。
なんだか様子がおかしかったとは思ってたけど、あれはエルなりのアピールだったのか。
今思えば、そう思わなくもないけど、本当にその方面の欲が全く湧かないから、多分琴線に触れすらしてないんだと、思う。
「私と、私をお嫁さんにしてくれませんか!お願いします!」
何がどうなってそうなっまのか分からんが、これは茶化していい雰囲気じゃない事だけはわかる。
「ありがとう、その気持ちとても嬉しいよ」
「じゃ、じゃあ!」
「でも、すまない。エルの気持ちは嬉しいし、その気持ちは尊重したい、エルの事も魅力的に思うし可愛いと思おもう。ただ、俺達はまだ出会ったばかりだ。種族も違うし、歳も離れているんだろう? 俺の事を嫌いになれとは言わない。ただ、今の話は俺の胸の奥にしまっておく。エルもゆっくりとでいいから、今の気持ちはしまって欲しいんだ」
「そんな……」
エルは、この世の終わりのような絶望した顔で落胆してしまった。
「わかった、じゃあこうしよう。今日みたいなアピールは正直俺もよく分からないのだが、こうグッと来ないんだ。決してエルに魅力がないって訳じゃないんだけどね。だからこんな既成事実を作るような事はやめて、俺を振り向かせることが出来たら考えよう」
なんだかこんな生殺しみたいなことを言ってて、男として非常に情けないのだが、この目の前の絶望しているエルを見てると、なんとかしてあげたいと思うのも事実だ。
「本当ですか!」
「ああ、本当だ。だからそんな悲しい顔は辞めてくれ。俺のせいでそんな顔をさせているのは分かっているんだが、本当にすまない」
「いえ、こちらこそ取り乱してしまって本当にすいませんでした。コウ様の心遣い、痛み入ります。でも!私絶対諦めませんから! きっと振り向かせてみせます! 今日は本当にすみませんでした、失礼します!」
そう言って、エルは走り去っていった。
これで本当に良かったんだろうか、俺には分からない。




