実録私小説『トシキ』シーズン1
「この物語はあくまでもフィクションですので、実在の人物や番組等とは何の関係もございません。予め御了承下さい」
そして春が過ぎて、夏が過ぎて、
さらに秋も過ぎて、冬がまたやって来る・・・
あれはもう何年前になるだろう。
たまたま夜中にやっていた『みんなエスパーだよ』というドラマを俺は見ていた。
SFエロティックコメディという感じのドラマで、結構面白かったのだが、俺が毎回気になったのはそのオープニング映像だ。
エロいコメディのはずなのに、何故か妙にカッコいいのだ。ドラマの内容はうろ覚えだが、そのオープニングだけは今でも強く印象に残っている。
学校の教室とおぼしき部屋に、メインキャストの俳優陣がまるで円陣を組むかのような形で椅子に座っている。
主演は染谷将太。のちに『寄生獣』の泉新一を演じる男。そして安田顕。のちに『エヴァンゲリオン』の庵野秀明を演じる男。夏帆も可愛い。マキタスポーツも好きだ。監督は園子温。大好きだ。
その円陣の一角で、アコギを掻き鳴らし主題歌を歌っている見知らぬ男がいた。
なかなかカッコいい曲だ。歌い方も迫力があって惹き付けられるものがある。誰だこの男は?
画面の隅っこに小さく名前が出た。
高橋優?知らない人だなぁ。
俺はそのままその男をスルーした。
それから数ヶ月後・・・俺はユアノンの会員になっていた。
なんでそんな事になってしまったのかは、またの機会にしよう。
更にその数ヶ月後、楽しみにしていた「大倉くんと高橋くん」の放送がスタートした。ラジオの深夜放送を聴くのなんていつ以来だろうか。俺は昔を思い出して、なんだかワクワクした。
大倉くんといえば人気アイドルグループのメンバーだが、俺は大倉くんを見る度にちょっと複雑な気分になってしまう。だって下の名前が、俺の死んだ親父と全く同じなんだから。ただの偶然なんだけどね。ただよしだけに・・・失礼。
そんないろんな想いを胸に番組を楽しんでいたある土曜日の深夜、その後の俺の人生を変えてしまう程の事件が起きるなどと、一体誰が予想出来ただろう。
それは何の予告もなくやって来た。
「デンワだよ、デンワだよー」
大倉くんと高橋くんのトークを遮って、彼は彗星の如く番組に登場した。
彼は自分の事を『トシキ』と名乗り、福島に住む高校生だと言った。
彼の木訥とした声や話し方から、とても純粋な優くんへの愛を感じた。
彼は日々、学校の友達の前で優くんの歌を歌って聞かせているのだと言う。そしてその事を、独り真夜中の河原でケータイ片手にしゃべっているのだと言う。
なんていじらしい奴だ。と俺は思った。
同じ優くんを愛して止まない人間の一人として、とても強いシンパシーを感じ、好感を持った。今の日本にまだこんな純朴な少年がいたのかと、驚きと共にとても嬉しくなった。
そうこうするうちに、大倉くんと高橋くんが一曲歌ってくれと彼に催促する。
そして彼は二人に促されるままに歌い出した。あの伝説の迷曲『太陽と花』を。
「こんどぉくにゃ~かんがぁにゃき~~・・・」
その瞬間、俺を含めた日本各地の優くんファンが、一斉にズッコケて大爆笑した事を、俺は信じて疑わない。
俺は久々に腹を抱えて笑った。
こんなに清々しい気分になったのは本当に久しぶりだった。
俺はまだ自覚していなかったが、今から思うと、この時すでに俺の魂の一部が何らかの化学反応を起こしていたに違いない。
そして『トシキ』は、俺の心の師匠となった。
それ以来俺は『トシキ』先生を見習って、会社の忘年会などでカラオケをする機会があると、ひたすら優くんの歌を歌いまくった。
周りの空気が徐々に引いていくのを感じながらも、俺は酔いに任せて歌い続けた。
それこそが『トシキ』スピリッツの神髄だと自分に言い聞かせて。
(あぁ、俺に師匠のように面白く歌うテクニックがあれば・・・)
己の未熟さを呪いながらも、俺は歌うことを止めなかった。
だがその甲斐あってか、今ではうちの会社で「高橋優」の存在を知らぬ者はほぼいないという成果を上げた。
俺はこれからも師匠に追いつくために、日々精進して行く事を心に誓った。
読んで下さった方ありがとうございました。
シーズン2があるかどうかは、制作上の都合なんとも言えません。