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『バレンタイン決戦!』

作者: ヤトー

 『――バレンタイン。


 過去に一人の聖人が殉教した日に端を発し、現代でもポピュラーな、お休みにならない癖に祝日のような“特別”な一日だ。

 外国では男女問わず、大切な人に日頃の感謝を込めた贈り物やメッセージを送る日となっており、最近では日本でもそういった感じになっている。というか、今までの習慣からの反動か、むしろ同性同士での贈り物に対する熱の方が高まっているような感じもする。この日の贈り物が、ある意味で一つのステ―タスのようになってしまうくらいには。


 けれど。けれども、だ。

 やれお菓子会社の陰謀だ、やれ男女差別だ、やれセクハラだのなんだの言ったところで。

 この日が、ある意味では最も合法的に、乙女の想いを伝えられる日だと、そう夢見るくらいは、許されたっていいんじゃないか。


 そう、高見陽彩たかみ ひいろは思うのだ。






 二月の朝の通学路は、まだまだ寒い。オーバーコートだの手袋だの、とまでモコモコにはしたくないが、それでもマフラーは手放せない、そんな天気。


 陽彩は、普段使いのリュックとは別に手にぶら下げた手提げカバンを、あまり衝撃を与えないように肩にかけて歩いていた。

 

(慎重に、慎重に……)


 慣性で揺れないように、脇をしめて体に密着させて持ち歩くのは思った以上に重労働だったが、やめるわけにはいかなかった。

 

本日2月14日、バレンタインデー当日である。


 普段から一緒にいる友達との交換用はもちろん、部活で後輩や先輩に配る用のものまで、それぞれ三種類に分けた大量生産品(義理チョコ)

 そしてもう一つ。何より大切な、たった一人の為に作られたとっておき(本命チョコ)が、このカバンの中には入っている。

 

(結城君、喜んでくれるかな~♪)


 スキップしそうになる気持ちを抑えながら、意中の相手の顔を思い浮かべる。

 自分でいうのも恥ずかしいが、基本的に陽彩は料理が美味い。弁当は毎日手作りだし、おかず交換するクラスメイトからの評判もいい。お菓子作りはなにかイベントでもないとやらないが、それでも去年のバレンタインやちょっとした勉強会、部活での差し入れなど、経験ならそれなりだし、その時の評判も上々だ。


 その上で、今回は一層気合を入れた。

 

 普通のチョコはもちろんのこと、生チョコからクッキー、マフィンにケーキまで。試作品の数は三ケタに届く勢いで、準備は実に一か月前。正月が明けた時から道具とレシピ、材料を買いそろえておいた。おかげで冷蔵庫の中の一部は完全に材料で埋まり、試作品や失敗作の数々はすべて弟のおやつにした。

そんな弟だが、最近はほっぺの辺りがぷくぷくしてきたらしい。あと鼻血が増えてポケットティッシュが欠かせなくなったようだ。小学生で身だしなみを気にするなんて偉いねと本人に言ったら、なんとも微妙な顔をされてしまった。まあいっかと陽彩は秒で忘れたが。


 とにかく、それだけの試行錯誤を繰り返して作った今回は、手間も時間も、気合も何もかもがケタ違いだ。

 そしてそれだけに、持ち運びに細心の注意を払わなければいけないくらい、見た目にも凝ってしまった。


 なので、万が一にも慌てるわけにはいかないと、陽彩は朝練よりも早い時間に、こうして通学路をゆっくりゆっくり歩いているのであった。……まあ本当は、緊張で眠れなくて鏡に映る目のクマを慌ててごまかしていたら、いい感じの時間になってきたので出てきたわけだが。


 そんなこんなで、ただいま午前七時半と少し。あと十分もすれば学校だ。早いといえば早いが、これくらいの時間なら朝練や勉強のために登校してきている生徒たちもいる。似たような考えの女子もいるだろうが、それはそれ。お互いさまという事で、何か言うのは野暮というもの。


「あ、おはよう」


昇降口に入った陽彩の目の前を、一人の女子が通りかかった。

 知り合いだったので挨拶をすると、びくんっ、と肩を震わせてその子が振り返る。

 短く切られた髪と、わずかに伸びた前髪にかかる目元にはメタルフレームの眼鏡。全体的に小柄な印象のその子は、陽彩も仲のいい一人だった。


「おはよう、高見さん」

「ミッチーおはよう! 早いね!」


 見た目通りのか細い声に、陽彩は元気づけるように大きな声で返す。

 月島美知留つきしま みちる。陽彩のクラスメイトの一人で、あまり目立たないが中々にかわいい子だと一部で評判なのを、陽彩は噂で知っている。


(リスとかハムスターみたいな子だもんねー)


 寒いのか、襟元に首をすくめ、袖を伸ばして精一杯手を覆おうとする仕草を見てそう思う。

 あざといだのなんだのという人もいるのを知っているが、別に気にしなければいいのにと陽彩は思っている。いちいち他人の目を気にして動いていては、息苦しいではないか。


「うん、ちょっと用事があって」

「そうなんだ。あ、ハッピーバレンタイン」


 下駄箱から上履きを取り出して履き替えるまで、律儀に立ち止まってくれていた美知留に陽彩は取り出したチョコを渡す。

 これまた自作のラッピングを施されたそれを、美知留は目を見開いたあと恥ずかし気に片手で受け取った。


「ありがとう。それと、これ……」

「わー、ありがとう!」


 ポケットにチョコを入れた後、代わりに取り出されたのは、サイコロ状の小さなチョコだった。小さいながらも確かにオリジナルのラッピングが施されており、彼女の手作りだという事がうかがえる。なんとも彼女らしいチョコだと、陽彩は受け取りながら思う。

 と、その目が、美知留が後ろ手に隠していた包みを捉えた。


「あ、それ、もしかして……」

「えっと……」


 思わず、といった感じで美知留はもう片方の手も背中に回すと、陽彩から遠ざかるようにより二、三歩下がった。


(あっちゃー)


 うつむいてしまった美知留を見て、陽彩は自分のうかつさを呪った。

 美知留の性格を考えれば、こうなることは予想できたはずだったのに。彼女だって自分と同じ、今日という日の為に準備をしてきたのだ。それを、不用意な一言で台無しにするわけにはいかない。


「ごめんね。えっと、頑張って! またね!」

「あ、その……」


 返事を待たずに、陽彩は教室へ小走りした。そうして、踊場への角を曲がった辺りで、ふと、美知留が誰にチョコを渡すのか、気になった。


(どうせだし、いいよね)


 こっそりと身を潜めて首を伸ばし、美知留の様子をうかがう。これで、彼女が、こちら側に陰になるような位置の人に贈るならここからでは見えなかったろうが、幸いにも(?)彼女の意中の相手は、今の陽彩の位置からでも見える場所に下駄箱があるようだ。


 きょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確認して美知留が下駄箱の一つに手をかける。小柄な彼女が精いっぱい手を伸ばしたそこに張られていた名札は――


「……嘘」


 それを見た瞬間、陽彩は駆けだしていた。音をたてないようにだとか、持っているカバンの中身がどうなるとか、そんなことは頭の中になかった。無性にその場を離れたくて、どこに行きたかったのかさえ分からない。

 膝を上げて、腕を振って、全速力でたどり着いた先は、気づけば最上階の踊り場だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 屋上に続くドアのある踊り場の、上り切ったすぐわきの壁際に、陽彩は小さくなって座り込んだ。

 なにがこんなにショックだったのか、何にこんなに衝撃を受けているのか、わからない。ただあの場から逃げ出したくて必死で、それだけを考えて、ここまで走ってきてしまった。


「あ、チョコ……」


 肩にかけていたカバンから、チョコを取り出す。

 義理チョコの奥、崩れないように細心の注意を払ってくるんでおいたタオルをはがすと、中から花のようにラッピングされた箱を取り出す。



 ためらうことなく、開けた。



 専門店で買った紙の皿の上、家を出る直前までこだわって盛り付けたチョコは、無残な形に崩れていた。

 細かいところまで丁寧に作った飾りチョコも、何度も試作品を作り味見をしたスポンジも、デコレートした文字も。

 すべてが今の行動でぐちゃぐちゃになっていた。


 陽彩はまだ落ち着かない心臓を止めるように、むりやり大きく息を吐いた。そのままえづきそうになる喉を締め付けて、暴れ出す心を静めていく。


 膝に顔をうずめて、きつくきつく手を握る。脳裏によぎるのは、怯えるように、それでいてどこか照れくささをにじませた、チョコをかばう美知留の姿。


 そのはにかんだようにも見える顔に、初めて陽彩は、いらだちを感じていた。

 

 ――なんで、あなたがその下駄箱を開けるの。なんであなたがチョコを渡すの。なんで、あなたはチョコを作ってきたの。なんで、なんで、なんでなんでなんで…………


「……あれ」


 手の中の感触に違和感を覚えた。開いて見ると、ゆがんだ銀色の塊。さっき、美知留にもらったチョコだ。


 ふと思いついて、包みを開けてみる。中には、半分溶けかかったチョコが、つやをなくして転がっていた。そのまま、口の中に放り込んでくちゃくちゃにかみつぶす。粘度のある塊がいくつも、口内を塗りつぶす。まとわりついてくるそれを、陽彩は舌でこそげ取ってゆっくり呑み込んだ。


「甘……」


 手の甲で口元についたチョコを拭い去ると、陽彩は立ち上がった。

 開けっ放しの自分のチョコを無理やり箱の中に詰め込むと、再びカバンの奥まで押し込んでいく。その上に、義理チョコの入った袋を丁寧に入れる。


「……よし」


 ポケットから取り出した手鏡を使い、陽彩は走って乱れた髪を手櫛で整える。最後に口角を引き上げて、自分の顔がどう見えるか確かめる。問題は、ない。


 立ち上がってスカートについた埃を叩き落し、カバンを持ち直す。そうやって、階段を下りていくと、2階の廊下でばったり美知留に出くわした。


「あ、高見さん」

「ミッチー!」


 何か言いたげな美知留に駆け寄り、陽彩はその手を両手でぎゅっと握る。


「チョコ美味しかったよ、ご馳走様!」

「う、うん……」

「じゃね!」


 そのまま、何も言わせず陽彩は教室のドアを開けた。すぐさま、陽彩の姿に気付いたクラスメイト達が声をかけてくる。すでに、始業時間まであとわずかといった時間になっていた。』


………………………………



「どうよ」

「どうよ、ってなぁ」

「なにその顔。私の書いた奴に不満でもあるって―の?」

「いや不満も何もな、俺お前になんて言ったっけ?」

「『咲夜の書いた神ssが読みたいー』じゃなかったっけ?」

「自分で自分のこと神と呼ぶその神経の図太さは尊敬するがそうじゃない」

「わかってるって。部活の脚本でしょ? 三月の送別会でやる奴」

「それが何でこうなった? いや、小説形式なのはいい。いつものことだし。

でもなんで寄りにもよってこんなドロドロした話になってんだよ!?」

「時期的にバレンタイン、恋愛イベント、つまりは三角関係、ってなったのよね、私の中で」

「そこにこんなどんよりした要素がどうして入った」

「え、だって女の子の恋愛だよ? 綺麗に見せて裏側でなにやってるかわからないくらい陰湿なのがデフォルトだよ? なに真、もしかして女子に幻想抱いちゃってた? ごめんね「お前の相手しててそれはない」どういう意味だゴルァ」

「そのまんまの意味だ……一応聞くがこれこの後どうなるんだ?」

「え、美知留への嫉妬に目覚めた陽彩は、自分の人望を最大限使って美知留を苛め抜くんだけど、美知留は意中の結城君への愛だけを胸に立ち続けて、ついに彼と結ばれるの。で、陽彩はそれを知ってとうとう包丁を「ストップ」えー」

「えー、じゃない。こんなの先輩たちを送る会に見せられるわけないだろ。確実に場が凍るわ」

「忘れられない思い出になるわよね」

「悪夢だろうな」

「私、一生消えない傷跡をつけられる女になりたい、物理的に」

「死んでるだろ、そいつ」

「大丈夫、生きてるわよ。私の中に、物理的に」

「食ったのか!?」

「真うるさい。喉乾いたからジュース頂戴」

「理不尽すぎる! まあいいや。ご注文は?」

「うさぎ?」

「……牛乳な」

「タンマ! オレンジジュースでお願いします」

「最初からそう言えよ。……待て、お前どこに手を伸ばしてる」

「え、ベッドの下。なに? いきなり正解?」

「本当に牛乳持ってきてやろうか?」

「それはもしかして俗にいう真の…ごめんなさい悪かったからダンベル持ち上げるのやめて目がマジになってる!」

「わかればよろしい」

「それじゃよろしく」

「その笑いを信じたくないが信じてやる」


 戻ってきた真の目の前に、咲夜のどや顔と共に段ボールにまとめていた雑誌が並べられていたかは、二人だけが知っている。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


頂いたお題は

『どんでん返し』『メタ』『愛憎劇』『強い悪意を笑顔に乗せて』『究極対至高』の五つです。

解消できたかどうかは、まあ、皆さんの評価にお任せします。


それでは、失礼いたします

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