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天女が舞い降りて

9/24最後の方に1文追加しました。

2017/05/03 誤字脱字を修正しました。

 都の隅のとあるお寺の離れで、天女が扇を手にして舞っている。満月ではない月の弱い光が小さな邸を照らし、簀子(すのこ)を舞台にスラリとした天女を妖しく白く浮かび上がらせている。

 白い手に持つ扇すらも、夏の夜を涼し気に吹く優しい風の様に揺れ、仄かに輝いて見える気すらする。


 深い陶酔に満ちた微笑みを浮かべつつ、静かに静かにゆっくりと、ユラリユラリと舞う姿が、天女が味わっている喜びや幸せを私に伝えてくる。宮中のいかなる美姫も敵わないほど、妖しく恐ろしく美しく輝いている。


 天女というものは、現実の存在ではないはず。本当に、あってはならない存在だと思うわ。



「ねえ、私、お寺にでも行って、開運祈願とかしてこようかと思うんだけど」

「また、唐突に、変な方向に前向きになったね、姉上」


 部屋に遊びに来てくれた山吹(やまぶき)の君に、ふと思いついたことを相談してみた。この子は宮中に出入りして、多くの人と話したりしてるから、お勧めや流行りの寺なんかを聞いたりしているはずだ。


「……まあ、暑くなってきたし、涼しいお寺に行くのもいいかもね。確かに姉上には開運が必要だし。ついでに根性も出せるように祈願する?」

「素晴らしいことですね、若様。姫様に足りないのは、どちらかと言うと運より根性です。いくらでも写経される根性はおありなのに、ことに恋愛絡みは、すぐに諦めてしまわれるんですから」

「では根性祈願だね、そんな祈願できるお寺があるかな? ハハハ!」


 根性無しで悪かったわね。何よ、仮にも前向きになろうと努める姉を笑って馬鹿にして。そのうち泣きをみるわよ!


「まあ、父上も姉上についた鬼絡みの悪評を払いたがってたから、神仏頼みをしようか。せっかくだから根性祈願にお勧め所をそれとなく尋ねてみるよ」

「根性祈願でなくてもよろしくてよ。普通に開運にお勧めの所にして」


 不思議なほどあっさり父上様の許可が下りて、とある山寺に参詣することが決まった。行き来も含めると、数日かかることになる。宿も混むほどの人気寺なので、寺近くの、知り合いの知り合いの方の別邸を手配したらしい。右大臣の力で、少人数だからと無理矢理頼んだのだろう。実は、父上様も私に厄払いを勧めようと思っていたそうだ。


 姉上の女御様のご安産のためにも、お互いに落としておきたいですよね、最近の『不運』。元凶である私は、一度右大臣邸を離れた方が良いかもと思っておられたよう。そのまま帰って来るなと、言われたわけではないわ。


 (たちばな)の宮様に代わって、帝の弟宮様が帝の跡継ぎの位である東宮(とうぐう)に立たれることが正式に決まってから、父上は深くお悩みだ。

 姉上の女御(にょうご)様の御子が男子の親王(しんのう)であった場合と、姫宮であった場合で政局が大きく変わるからだろう。親王様だったら次期東宮に、姫宮だったら新東宮様となんとか繋ぎを取らねばならないからだ。宮中から追い出されて引き籠っている私に分かるはずもないけど、もう既に、水面下で様々な動きは始まっているはず。


 先日、久しぶりに父上が私に会いに来てくださったけど、私を見ては大きくため息をつくばかりだった。小雪に何かごにょごにょ言いつけては、またため息。

 

 大丈夫です、嫁き遅れかもしれませんが、良い貴公子をなんとしてでも捕まえて(小雪曰く攻略して)、父上のお悩みの一つを減らして差し上げますから! ……それでもだめなら、出家して尼にでもなるしかない。理由が情けないことこの上ないけど。


 参詣に行くことが決まったお寺は、山吹の君が聞きつけてきたところによると、宮中の女官達もこっそり祈願に出かけるほどの隠れ人気で、よくお願いが叶うという。主に恋愛系で。根性祈願の寺は心当たりがないと言われたそうだ。


 良かった、そんな所に連れて行かれなくって。開運祈願、恋愛成就が、私に今一番合ってるわ。


 出立の日が楽しみで、ウキウキ気分で指折り数えてその日を待った。


「ああ、どうしよう! 怒られてしまう! どうしよう!」


 しっかり者の山吹の君が、牛車の傍の馬上で珍しく泣きごとを言いだした。やっぱりまだ14歳の子供だ。成人の儀をもうじき迎えることもあって、だいぶ大人になったと思っていたけれど。


 大丈夫ですよ、と主である若君を宥める多くの大人の声が、牛車の外から聞こえてくる。悪名高い姫と大事な若君のために、右大臣家からしっかりした家人達が随行してきているはずだから、何とかなるはずよ。


 私達と山吹の君、右大臣家の一行(一応お忍び)は、多くの家人を引き連れて意気揚々と目的のお寺へと出立したのだが、私達、数人の女性が乗った牛車が途中で動かなくなってしまったのだ。どうも車に不具合が出たらしい。


 いつも有能な家人達による管理が行き届いているのに、珍しいこともあるわね。何となく幸先悪そう。


 暗くなる前に宿泊予定の別邸にたどり着けそうにないので、山吹の君は慌てふためいてしまっている。お付きの大勢の家人達が、若い主を宥めつつ周囲を警戒警護し、緊急事態の対策に走り回っている。

 家人達によると、どこかの宮家所縁と知られる寺の前を先程通り過ぎて来たという。ならば、そこに助けをお頼みするしかない。私はお願いのお文を書いて、その寺へと届けさせた。


 牛車の中からそっと外の物音を伺うことしかできないので、やっぱり私だって不安ではある。

 バタバタと足音がして遣いが戻り、その寺に泊めていただけることになったという。牛車も遣いの後からやって来て、私達はその借りた牛車で寺へと無事移ることができた。その間に、他の家人が馬に乗って、代わりの牛車の手配をしに右大臣邸へと急ぎ戻って行ったり、宿泊予定の別邸へ遅れる連絡をしていた。


 何故その寺に、都合よく牛車があったのかしら? 驚きだわ。これも不運な私を神仏が哀れに思われた?


 私達が右大臣家に繋がる女性達だからか、年老いた尼達がわざわざ寺の奥から出てきて、優しく私達を迎えてくれた。見知らぬお寺だから不安だったけど、別棟に尼達もいる所で良かった、ホッとする。知り合い同士で身を寄せ合って暮らしているようだ。


 元々誰かの隠居所だったらしい奥の離れが尼達の住まいで、そこの空部屋へと私達女性を案内してくれた。私と小雪で一間、もう一間に残りの女房達だ。

 

 暑苦しい夏は夜風が涼しいからと、内廊下である(ひさし)と外廊下の簀子(すのこ)の間の格子は上げられているが、内廊下の(ひさし)との境の御簾(みす)は当然、降ろしてある。ただ、その御簾も古びてあちらこちら穴が空いて荒れており、同じくボロボロの几帳(きちょう)が一つあるだけだ。数が足りていないのだろう。助けてもらって、文句は言えない。


 弟や家人達は、表の寺の方で休ませてもらえるらしい。本当に感謝しかない。父上に申し上げて、後でお礼の品々を調度品も含めて、沢山届けてもらおう。


「姫様、あの先程の牛車のご家紋は、式部卿(しきぶきょう)の宮家のものではないでしょうか? 女車でしたから、宮家に関わりのある女性がどなたかいらしているところなのかもしれません」

「では、宮家の女房が御遣いでいるのかしら? ご厚意にお礼を申さなければ。お礼状を書くから、小雪、届けてきてほしいわ」

「先程この部屋に案内をしてくれた尼君にお文をお届けいただけるよう、お願いしてきますね」


 早速、小雪にお礼状の文を託し、他の女房達も水や食事の確認などに部屋を出る。寺は突然の大人数に対し、人手不足だから手伝いはしようがない。


 ようやく落ち着いて一息ついていると、どこからか鼻歌のような小声や、ため息が聞こえてきた。シュルシュルと絹布や袴を引き摺るような音もわずかにする。


 隣だ。襖で仕切られた隣の部屋、いや、その前の(ひさし)あたりで誰かが何かしている。


 いや~、外で何しているのよ! 見てはダメ、聞いてはダメ、気にしてはダメよ。数多くの恋が溢れた宮中でも、こんな(ひさし)あたりで盛り上がっている人はいなかったはずよ!

 はっ! ひょっとして例の宮家に関わりのある女性は、ここに逢引きにきているのでは?ならば、恩人の邪魔をしてはダメよ! どうしよう、小雪はまだ?


 囁くような澄んだ男性の声がする。シュルシュルと布のこすれる音。いや~、何故か近付いてきた。もう、私の部屋の前辺りにいる気配がする。陰にもならない几帳の傍、扇の陰で息を殺して身を潜める。


 けど、見てしまいました。ボロい几帳と御簾と扇の隙間から。好奇心に負けた私は、天罰を受けるかもしれない。


 白っぽい(うちき)姿のスラリとした天女が扇を手にして歩き舞っている。満月ではない月の弱い光が簀子(すのこ)を照らし、その姿を妖しく白く浮かび上がらせている。白い手に持つ扇すらも、夏の夜を涼し気に吹く優しい風の様に揺れ、仄かに輝いて見える気すらする。


 深い陶酔に満ちた微笑みを浮かべつつ、静かに静かにゆっくりと、ユラリユラリと舞う姿が、天女が味わっている喜びや幸せを私に伝えてくる。宮中のいかなる美姫も敵わないほど、妖しく恐ろしく美しく輝いている。


 天女というものは、現実の存在ではないはず。本当に、あってはならない存在だと思うわ。

 だって、この天女、殿方なんだもの。間違いないわ!


 元の容貌が相当な美形なのね。付け髪のかもじも、お化粧も似合って美しい。けれど背が高すぎて、肩幅が広い。細身ではあるからそういう体形の女性なのよ、思わなくはないけど、歌声はどう聞いても澄んだ男性の声。扇を持つ大きめの白い手も、女性ではないわ。

 興が乗ってきたのか、歌声が陶酔に満ちて大きくなり、舞にも遠慮が無くなり大振りだ。


 舞終わって陶酔が覚めたようだ。私の気配に気付いた天女は、驚きに呆然とした私としっかり目が合ってしまった。

 絹を引き裂くような、男性の悲鳴が上がった。


 逃げなさいよ、この場から。そうすれば正体は追及しないから。おそらく式部卿(しきぶきょう)の宮家の牛車を貸してくれた恩人だもの。あっ、お互いに正体はバレたも同然か。だから泣いてるんだ。


 その場に座り込み、扇の陰で羞恥心に頬を染め、ハラハラと涙を零す姿は、正しく理想の美しい天女。あの咲耶(さくや)姫より美形だ。殿方だけど。

 身に着けている(うちき)姿の質といい、付け髪のかもじの質といい、相当な財産持ちと分かる。年は18~19歳くらいの高位の貴族の子弟なのだろう。式部卿(しきぶきょう)の宮家の縁、お金持ち、年齢から、もう正体は推察できてしまったわ。あの宮家には、御子は若君と姫君お一人ずつしかいないから。

 間違いなく、天下の二大貴公子のお一人、貴婦人達のため息の素、式部卿(しきぶきょう)の宮家の爽やか『桂木(かつらぎ)の君』。違う意味でため息の素になってしまわれたわ。


 ここ、私に宛がわれた部屋なので、私は逃げようがない。そちらが姿を消してくれないと、どうにもならない。


「あの、お互い正体を追及しないってことにして、忘れましょう? 牛車を貸して助けてくださった恩人なのですもの」

「……もう、私の正体はお分かりでしょう?」

「ええ、まあ。恩人に恥をかかし、申し訳ございません。それにしても私をお泊めいただいていると知っているのに、なぜここにこのお姿で? 迂闊ではないですか」


 むろん、人のことは言えないけど。そろそろ小雪がいつ戻ってきてもおかしくない頃だ。急いで天女を追い返さなければ。


 天女の『桂木の君』曰く、尼には私を右大臣邸に送るように申しつけた。しかし、年老いた尼はただ聞き違えただけのようだ。

 桂木の君は、既にこの姿でいたため、外を確認することもできず、取次の年老いた尼は捕まらず。ずっと奥に籠って隠れていたらしい。私達一行が、特に我儘を言わず、尼のお手も煩わさず、とても静かだったため、気付かなかったそうだ。

 そして、月に一度の天女になる、を楽しみ出してしまった。


「なぜ女装を? それに姫君になるなら奥に引っ込んでいれば目立ちませんのに……」

「美しい天女の姿に憧れ、美しい衣裳の揺れる姿が楽しくて……。舞姫になってみたかったのです」


 美しく舞うのが、ご趣味なんですね。確かに、姉上の兵部卿(ひょうぶきょう)の宮家で披露された舞は素晴らしいものだった。今夜の天女も殿方とは思えないほど女らしく美しかった。


「そうですか、舞も素晴らしくお美しいお姿でした。羨ましいくらいですわ、お幸せですわね」

「このような私を気味悪くは思われないのですか?」

「いいえ。単なるご趣味の問題ですもの。お美しいものがお好きなのでしょう」


 ようやく天女も涙が止まり、扇の陰から私を縋るように見ている。一体、何を期待されているのでしょう?


「姫様、戻るのが遅くなって申し訳ございません。……あら、お客様ですか? もしや、牛車をお貸し下さった、式部卿(しきぶきょう)の宮家の所縁のお方でございますか?」


 小雪が戻ってきてしまった。どうしよう。


「はい、喉風邪をひいて体調を崩し、この寺にいたのですが、優しい姫様に介抱していただきました。式部卿(しきぶきょう)の宮の娘、百合(ゆり)です」

「百合姫様? でも確か、宮家の姫様は、我が四の君様と同じお年頃でいらしたような? 失礼ながらお年上に見えますが?」

「私は、外腹生まれで本邸にはいなかったのです。ご正室様の子ではないので……。それでも、この度、四の君様は私と友人になってくださると。こんなに嬉しいことはございません!」


 作った女声で、すらすら偽りの身元を天女は語りだした。男声を喉風邪のせいにして誤魔化している。しかもいつの間にか私の友人ですって!小雪は信じるだろうか?


 式部卿(しきぶきょう)の宮家の姫と聞いて、すぐさま小雪は下座に付き、直接顔を見ないようにして礼をとった。


式部卿(しきぶきょう)の宮の百合姫様、大変失礼致しました。これからも我が姫様をよろしくお願い致します」


 信じた! 本当に? どう見ても怪しいよ、この女性。小雪、身分に弱かったのね。


「もちろん、こちらこそ。私の気持ちを分かって下さる優しい四の君様と友人になれて、幸せですわ! 近いうちに右大臣邸に、伺わせていただくお約束ですのよ」


 ヒィ! もしやそのお姿で訪問されるおつもりですか? それはさすがに危険過ぎるのでは?


 止めさせようとしたが、ニッコリ微笑みながら暗に拒否する。一度、女装したまま貴婦人たちに紛れて、過ごしてみたかったそうな。

 どうせ姫君は体形も分からぬほど着込み、扇で顔を隠している。多くの人と会話する訳ではないから、試してみたいですって!?

 女装の貴公子とばれたらどうされるの? 宮中退場の私以上の不名誉を被りますわよ、桂木の君! しかも一緒に泥を被るのは私! もう信じられない程の悪評がある私でも、耐えきれない世間の圧力ってものがありますのよ!


 姫様、およろしくねと、天女は嬉しそうに微笑まれた。


 後日、本当に姫君姿で遊びに来られ、女性として過ごされることに大いに満足して帰られた。もちろん舞ったし。そのまま一度では済まず、四の姫君の『よく遊びに来られる親友』の地位を右大臣邸で獲得されてしまった。


 右大臣家の身分にこだわらない、初めての女友達ができたのだわ。女心に寄り添って下さって、とてもとても嬉しいのだけれど、やっぱり違うのよ。ふうっとため息。


 今や、有名な三貴公子?を攻略。彼らは口説きと称して右大臣邸に来てはいる。お札、鬼好き、天女。婿候補から外れまくりの奇妙な貴公子ばかりだわ。

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