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鬼は私にお任せを

2017/05/03 誤字脱字を修正しました。

 ようやく熱が下がった宴から二日後の午前中、鬼にひどく怯えていた私を心配して、白梅(しらうめ)の君から白く可愛い『卯の花』に添えられたお見舞いの文と、沢山の魔除けのお札が届けられた。卯の花も、邪鬼を祓うと聞いたことがある。お札だけじゃなく、可愛いお花も一緒のところが、優しい。

 

『私とお札がお側にあれば、あなたを不埒な鬼から護ります』だって。さすが陰陽師のご子息、こんな時は頼りになる。でも、鬼って『不埒』かな? 『怪しい』とか『恐ろしい』と表現するものでは?


 慰めになった文に感謝のお返事をサラサラと。高貴な姫は女房に代筆させることが多いのだけれど、今更、お高くとまるような仲でもないし。


 小雪に私の文を届けるように頼むと、微笑まれつつ注意を受けた。顔は微笑んでるのに、納得いきませんのよ、と語っているのが伝わってくるのよ。


「賢い姫様はお分かりですよね。陰陽師はいけませんよ。嫁き遅れていても、仮にも女御(にょうご)候補にもなられるほどの右大臣家の姫様ですよ。腕試しに攻略するには良い殿方ですが、本気はいけません」

「べ、別に恋文ではないわ。沢山のお札を届けてくれた単なるお礼状です。恋文ではありません、心配無用です」


 慌てて弁解する。白梅の君の優しさに、少し心が揺れたのを見透かされたみたい。だって怒られてばかりの私に優しいのだもの。

 それにしても、腕試しの攻略なんて怖いこと言ってる。仮にも花も恥じらう乙女に向かって。戯れの相手とか、言い方はあるんじゃない?


 小雪は私より少し年上で、よく気が付く。だから私の文通相手が誰なのかも、父上に言われて監視および管理しているのだ。右大臣家の将来の女御候補として育てられた姫に、変な虫が付かないように。でも私の将来を心配しているのも分かっているわ。


「なら、良いのですけれど。婚約破棄騒ぎで落ち込まれている姫様のために、普通なら姫様のお目までは通らない文を、特別にお届けしているのですから。まだまだ交際の希望のお申込みがあると、実感していただくためにですよ」

「はい。次の縁、頑張ります!」

「と言うことで、こちらにもお返事を。なんと、かの二大貴公子のお一人である、左大臣家の紅葉(もみじ)の少将様からです。こういうお相手に頑張りをお見せ下さい」


 すっと、どこからか立派な文箱を私に差し出した。


「いきなり私の直筆って、はしたないのではなくて?」

「もう何回か、私が代筆してやり取りしておきました。ようやく本日手応え有りの感じになってきましたので、そろそろ直筆でお返事をお願いします」

「あのね! 何、勝手に話を進めてるの! 私、全然聞いてないわ!」

「有望株は逃がさないように代筆で、と右大臣様からのご指示です。向こう様も通例の代筆と分かっておりますし。どうせ姫様には、こう、情緒というか色気がお文に出ないので。情緒たっぷりとまではいかなくても、気を引くような可愛らしい文をお願いします」


 まったく、貴族の姫の婚姻は親が決めることがほとんどだけど、本人抜きで文通って酷くない? 今まで何のお話してたのかすら分からないのに!

 

 文箱の中は、お文だけがあった。普通、姫君相手なら、お花くらい添えてくれると思うんだけど。ずっとこうだったのかしら?


『時候の挨拶はもういい。どうしても、お話をしたい。どうか会っていただけないか』的な事が、遠回しに書かれている。気のせいか、文字の勢いに、恋の熱意というのとは異なる熱いものを感じるような? 噂に聞く熱い『紅葉の少将』、私同様、情緒的なものが今一つな気がする。


 返信で気を引く可愛い文とは? それってどういうもの? と尋ねたら、小雪にため息をつかれた。


 何せ(たちばな)の宮様相手に失敗している私だ、しようがないから小雪の言うままにお返事を書く。まるで今度は私が小雪の代筆をしているようだ。出来上がったお文は、すぐさまお相手に届くように小雪が手配した。


 さらに、あの名無しの人からもまた文が届いていた。何故、名無しなのに小雪も私に渡すのか? 文箱が豪華で高貴な香りだから?

 その豪華な文箱をどれどれ何がと、ちょっと期待して開けてみる。今度は(ひいらぎ)の葉が一枚だけ生えた小枝が文に添えられていて、文には『邪鬼除けに効くと良いですね』の一言だけ。


 普通ならわさわさ生えている葉を、枝からわざわざ取り除いてあるのよ。どうして?


 文箱がなまじ上等なだけに、たった一枚しかない、棘でツンツンした可愛くない柊の葉は、慰めより嫌みにとれる。たった一枚でどうしろと? 効果が無いと思うようなもの、わざわざ寄越さないでよ! 普通に複数の葉が付いていれば、魔除けね、と感謝できるのに!

 決めた、これからはこの人を棘の『(ひいらぎ)の君』と呼ぼう。ツンツンの棘の君よ!


 棘の『柊の君』へのお返事を急かされる。特に小雪からの内容指示は無し。なので、好きなことを書いていいのね。

 

『(ふざけるな)やり直せ』の意味の文を上品に、無礼にならない言い回しに換えて。

 ふざけた文にはこれで十分。棘の『柊の君』に暗に書き直しを命じる。これで呆れられて文が途絶えたら、それも良し。


 送られてきた文箱に、葉を取り除いた柊の枝だけを文と共に入れて、届けるように言い渡す。


 私のご機嫌を損ねた証に全部送り返したいけど、柊の葉は、ツンツン棘の『柊の君』の名付け記念として、手元に取っておくことにした。これが最後の遣り取りになるかもしれないし。でも、名無しの方なのに、文の届け先が分かるのかしら?


 小雪曰く、文遣いの者がそのまま邸内で待っているので、渡すだけらしい。だから返事を急かすのね。ならば、正体を確認しなさいよ!って言ったら、大丈夫、きちんとした?お家の方、だそうだ。

 父上が政略的に手を組みたい、どこぞの宮家かしら? 今、宮中は橘の宮様の失脚で、政情が不安定だから……。


 それにしても、いったい誰よ! しかも、なぜ、私が鬼に会ったことを知っているの? 鬼の事は、あの場にいた三人の秘密のはずだ。優しい白梅の君や、右大臣家の体面を考えたら山吹(やまぶき)の君が漏らすはずはない、謎だわ。


『柊の君』の文にプンプン腹を立てて過ごしていたら、紅葉の少将に文が届いたらしく、早くも今日の午後には会うことになった。会うと言ってもあちらは外廊下の簀子(すのこ)で、こちらは室内。御簾(みす)越しに小雪の取次で話をするだけ。それにしても、父上も私の縁談に相当焦っているのね。今日会うのをお許しになるなんて。


 先触れが邸にやって来たかと思うと、あっと言う間に紅葉の少将が訪ねてきて、邸の外側をめぐる濡れ縁である簀子(すのこ)に通される。右大臣家の評判にも関わるから、貴公子を出迎え、もてなす女房達の所作にも気合が入っている。


 これまで以上に間近に見る紅葉の少将は、まだ18歳とお若く細身だけど軟弱ではなく、逞しさもある。生き生きとした雰囲気に活動的な男らしさが前面に出ている、文句無しの美形貴公子。さすが名門のお生まれ、所作に落ち着きと上品さもある。右大臣家の女房達も、心なしか頬を紅く染めて見つめている。


 彼とは姿が隠れる御簾越しで体面するとはいえ、もちろん気合を入れて、立派な十二単装束に、お気に入りの素敵な扇を持って対決だ。これは男女の駆け引きの初戦なのですから。

 だが、出会い頭から、小雪と二人揃って強烈な先制攻撃を受けた。その他の女房達も軒並み固まってしまった。


「四の君様は、鬼に会ったそうですね。羨ましいなあ。私も見て、会ってみたいんです。どうしたら会えるか、ぜひお話を伺いたくて、矢も楯もたまらず飛んできました。その時の鬼の様子などお話いただけませんか? お願いします」

「……」


 キラキラと憧れと期待に満ちたご様子(はっきりは見えないけど、声の調子からたぶん)。鬼に会いたくてたまらず、私に会いたい訳ではなかったのですね。

 さすがは燃える『紅葉の少将』と呼ばれるだけあって、憧れに頬を紅く染めて燃えておられる。お話さえされなかったなら、スッキリ背筋の伸びた凛々しい、文句無しの美形貴公子なのに。


 とんでもなく不名誉なお話の、あまりの破壊力に、小雪も私もとてもすぐにはお返事できない。それでも、気を取り直して、なぜ鬼などと言われるのか身に覚えございません的な事を、貴婦人っぽくやんわり言い換えて小雪に伝えてもらう。


「一昨日の兵部卿(ひょうぶきょう)の宮様の邸で、鬼め!と一喝して追い払われたとか。周りにいた宮家の女房や家人からそう聞いています」


 ああ、家人達がいたのね! 泣き声が思ったより大声だったようで、『鬼が~!』が、『鬼め!』で伝わってしまったらしい。しかも、いつの間にか、鬼に『会った』から『追い払った』に変わってる。ひょっとして話が大きく変わったのは、この想像力と体が逞しい紅葉の少将のせいでは?


「陰陽師の君がお側にいたので本当の事だと、噂で持ちきりですよ。私も宴に参加して同じ邸内にいたのですが、せっかくの鬼に会える機会を逃し、非常に残念です」

「……」


 へえ、もう噂になっているんだ……。小雪、噂に出遅れるなんて珍しいわね。傷つかないよう黙ってたの?

 あれ? 父上が紅葉の少将に急いで会せようとしたのは、この噂のせい? 噂で殿方に逃げ出される前に、貴公子を捕まえさせようとして?


「鬼とは、物語のように大きいのですか? 力は強いのですか? 角は? 牙はありましたか? 私にも一度会わせて下さい!」


 ヒィ! 破りそうな勢いで御簾に縋り、扇の陰に隠れる私に必死に訴えてくる。


 どれだけ鬼に惚れ込んでるのよ! あなた、本当に天下の左大臣のご子息? 貴族としての立ち居振る舞いは何処に投げ捨ててしまったの? 傍の女房たちもその必死の迫力にビックリよ。


「何、そのように怯えられるほど、ご心配されることはありません。鬼に襲われたらこの太刀で一刀両断です。これでも宮中では強いと評判なんです」

「……」


 わざわざ恐ろしい鬼に会いたがる好き者のことなんか、誰も心配してない。


「次に(鬼に)会う機会まで、ここに通わせて下さい!」


 最後の一言は、一見、姫君泣かせの口説き文句だけど、口説きたいのは私ではなく鬼なんですよね。

 花も恥じらう乙女は、ふつふつと怒りが湧いてきた。


「お帰り下さい! 二度と来ないで!」


 腹立ちのあまり、自ら大声で怒鳴りつけてしまった。ああ、あり得ない。高貴な姫君のとしての慎みが失われていく。


 それでも紅葉の少将は、何が気に入ったのか、お暇になると昼間に訪れてくる。どうして許すのよ、ここに来るのを。確かに最上級の貴公子で、美形で狩衣(かりぎぬ)姿も凛々しくて、女房達が目の保養をしたいのは分かるわ。でも訪問理由を考慮してよ!


「見て下さい、四の姫様。この通り、よく切れる素晴らしい太刀を手に入れたのです。太さも長さも特別仕様です。受けも攻めも問題ございません。次に鬼が出ても、ご心配せずに私をお呼び下さい、あなたに代わって、鬼の相手は私にお任せを!」


 そうね、あなたより背が高い『不埒な鬼』だから、太さも長さも特別仕様のご自慢の一品で、お相手された方がいいかもね、と扇の陰で呟いたら、何故か周りの小雪を含む女房達が顔を真っ赤にし、袖や扇で顔を隠して俯いてしまった。何故なの?

 もちろん、誰も紅葉の少将に私の言葉を伝えなかった。


「……姫様、『不埒な鬼(襲ってきた殿方)』と少将様とのお話は、若い女房達の前ではご遠慮願います。(美形の少将様に、男色の道を勧めておられるようで)刺激が強いので……」


 年増の女房が何故か私に含みのある注意をする。私、そんなに怯えさせるほど、恐ろしい話を言ったかしら?


 (きざはし)から庭に降りて、フン! フン! と紅葉の少将が自慢の太刀を振る。まるで優美で雄々しい剣舞を見ているように、力強い滑らかな動き。しばらく気が済むまで、こうして鬼退治の訓練をして過ごされていく。楽しいですか?

 

 御簾越しで姿は影、顔も扇で隠し、言葉も碌に交わさずにいる姫に見せるように、ひたすら太刀を振るう……。これって普通の求婚じゃないよね。私との対面が目的ではなく、ただひたすら、鬼との対決が目的よね。


 何故、この方が18歳で未だに独身なのか分かった気がする。女性好みの男らしい美形なのに、思考まで雄々し過ぎて残念ね……。御簾内から憧れ見るだけで十分なお方だわ……。


「また(鬼に会う機会があるまで)、お伺いします」

「姫君におかれましては、お待ちしています、とのことです」


 私、そんなこと言ってないわ、小雪。もう来るな、を変な言い換えで伝えないでくださる? でも、私の意志は通らない。最上級の貴公子という餌を、右大臣家は離すつもりが無いらしい。


 鬼をも追い払う右大臣家の四の姫に、熱心な心酔者が増えた。鬼退治のために、陰陽師の若者だけでなく、紅葉の少将も足繁く通っている。陰陽師は多くのお札を作らされ、紅葉の少将は右大臣邸の庭で、太刀を振るっているらしい……。悪役姫に相応しい更なる悪評が、都に広がってしまった。


 殿方が通って来ていても恋人ではないわ。

 白梅の君とのお付き合いは身分の問題で友人までしか認められず、身分が釣り合う紅葉の少将は私にではなく鬼とのお付き合いに燃えているのよ。

 

 悪評のために、もうまともな縁談が来ないかも! 誰か責任取ってよ!

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