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番外編2 白梅の香気

東宮様の視点で、らぶらぶ?です。

2017/05/03 誤字脱字を修正しました。

 満月の明かりの中、もう通い慣れた右大臣邸の外廊下の簀子(すのこ)を女房の先導で静かに歩く。今宵も四の姫に逢うために御所を抜け出して来てしまった。だが、今宵の私はいつもとは違うのだ。


 念願の東宮(とうぐう)になったのは良いが、朝から夜まで政務や人付き合いで意外にも多忙だ。これまで宮中ではあまり過ごしていなかった。これからの政務のためにも、特に貴族達との人脈作りや信頼関係の構築は手抜きできない。

 無職で燻っていた若宮時代には、供の者と気ままに狩や剣術や駒遊びに励んでいたので、どこぞの軟弱な宮とは違って体力には自信がある。だが、宮中では長時間、雅やかに畏まってお行儀よく振舞っていなければならない。ふと気疲れを感じてしまう時がある。これまでの人生、刺客に狙われての命の危険はあったが、気楽な生活であり過ぎたようだ。


 こんな気分の時は、そうだ! 四の姫を揶揄いに行って、楽しく甘く疲れを癒してもらおう!


 サラサラと、愛しい楽しい四の姫にお文を書き、右大臣邸に届けさせる。『お逢いしたい、あなたと楽しいひと時を』と伝えれば、『危険だから大人しく御所にいて下さい、来られてもお会いしません』と返事が届いた。


 冷たい返事にがっかりして、政務の合間の気晴らしに幼馴染の陰陽師の君を部屋へ呼び出し、人払いをしてから、ついつい不満を零してしまう。


「最近、四の姫が冷たい。仮にも婚約者に酷いと思わないか? 私は東宮だぞ、無礼だ」

「畏れながら、四の姫様のお言葉は尤もな事でございます。やはり東宮様は御所にいていただくべきかと思われます。姫様も東宮様を大切に想われておられるからこそ、敢えてそのように申されているのでしょう。東宮様のお怒りを恐れぬ、勇気あるお言葉と思われます」


 そういえば、こいつは幼い昔から何かと四の姫の味方をしていたな。今も姫に気があるのか?

 姫の方も信頼して、何かと相談をしているらしいと、姫の弟の山吹(やまぶき)の君が言ってたな。

 今は私の恋人で、婚約者だぞ! ムカついて、つい意地悪したくなるじゃないか。


「そなたはいつも、初恋の四の姫の味方ばかりしているな。子供の頃からずっとそうだ。東宮たる私より、四の姫の方が大事か?」

「な、何をおっしゃいますか! 私の忠誠心は東宮様にございます! お疑いになられるとは……」

「ならば、東宮の力になるよう尽くすべきであろう?」


 陰陽師の君が慌てふためく様が楽しくて、ついニヤリ笑いをしてしまう。


「力を尽くすとは?」

「世の平和のため、権力者の右大臣家と東宮の仲を維持するよう努めよ。世のためにも、私のためにも、四の姫のご機嫌をとる知恵を寄越せ!」

「四の姫様との仲を取り持てと? そ、そんな難題を……。しかし、私も女性の心は理解し難く……。普通に、贈り物はいかがですか?」


 陰陽師の君も考え込んでは、困り顔で提案してきたが、無難すぎる。それでは、あの愉快な四の姫には駄目だ。


「好物の梨や衣装は既に贈っている。とても喜んではくれたが、物に不自由しない右大臣の姫だ、態度が軟化するほどの効果は無かった。もっと喜ぶ物はないか? 私よりも身近にいたそなたなら、何か知っているのではないか?」

「……あとは、生き物でしょうか? 姫様は、ことに犬がお好きと聞いたことが。昔、邸内の庭に紛れ込んだ子犬が可愛かったと、言っておられたことがございました」


 おお、良い話だ! 私からの贈り物の子犬を抱き締めて喜ぶ四の姫の姿が浮かぶ。そして私に感謝の笑みを向けるのだ。

 よし、これで決まりだ! すぐに姫に相応しい可愛い子犬を探させよう。


「しかし右大臣様が犬嫌いのため飼えぬ、と悲しんでおられました。右大臣様は猫好きでございます故」


 話を盛り上げといて、最後に下げるな! 右大臣は絶対に敵に回せないんだぞ。最大の権力者で将来の義父なんだからな!


「右大臣を怒らせる贈り物の案は却下だ。何とか姫を喜ばせて、私のためになる考えはないか? 私と姫のために、そなたの忠誠心をみせてみよ!」

「……ならば、大切なお二人のため、私の最大の秘術を使いましょう!」

「おお! 陰陽師の秘術か?」

「はい! 満月の夜にしか使えぬ秘術でございます。かなり危険な術ですが、東宮様のために私の全力を尽くします!」


 握り拳で、私に全力を誓う陰陽師の君。


「……命は懸けなくてもいいぞ。たかが姫のご機嫌取りだ……」

「命の危険はございません。ただ、術の発動後の反動が計り知れませんが……。ですが、『私』は恐らく大丈夫です。どうか東宮様への私の忠誠心をお見届け下さい」

「そ、そうか、くれぐれも無理はしなくてよいぞ」


 忠誠心などと意地悪を言って、変に陰陽師の君を追い詰め過ぎたか? 不安を覚え、一応、お互いの『命の危険』は無いことは、重々確認した。


「後日、秘術を発動するための道具をお届け致します。満月の明かりの下でしか使えませぬのでご注意を」


 そして、満月の日の夕方、陰陽師の君の渾身の秘術の道具が、桐の箱に入れられて密かに私の下へと届けられた。

 箱を開けて見た『それ』は、凄まじい神力が込められているかのような、素晴らしい物だった! これならばきっと!


 神力が満ちた『それ』を密かに懐に隠し、私は四の姫には何も告げずに、満月の晩、秘術を決行するべく右大臣邸を訪れた。


 姫の側仕えの小雪が私を四の姫の部屋へと案内した。この小雪により、いつぞやのように余計な誰かがいないこと、姫お一人であることは確認済みだ。


 私がいることを姫に気取られぬよう、そっと小雪を下がらせる。簀子(すのこ)の角を曲がって完全に姿を消したところを見計らって、私は懐に隠していた道具を取り出し、陰陽師の君の説明書に書かれていた通りに装着した。


 明るい満月の照らし込む簀子(すのこ)の所で中腰になり、扇で御簾(みす)を何度か軽く叩く。ポスポスと。


「ん? 何? ……何なの!」

「わんわん!」

「犬? その大きなお耳は犬なの?」


 姫の驚きの声と共に、御簾へと慌ててすり寄る衣擦れの音が部屋からする。中からこちらを見ると、満月の明かりで私は『犬耳をつけた大きな影』となって見えているはずだ。


「わんわん!」


 再び鳴いてから、御簾を上げてそっと部屋の中へと滑り込む。

 烏帽子(えぼし)の横から生えているかのような、見劣りしないほどの大きな犬耳を一心に見つめる四の姫。

 久しぶりに会う四の姫は、驚きのあまり目を大きく見開きうるうるさせて、こころなしか頬を薄紅く染め、とても愛らしい。


「わんわん!」

「か、可愛い! なんて可愛いの! 犬のお耳!」


 初めて、姫自ら私に喜んで抱きついてきてくれた! これも秘術に込められた神力のおかげか!

 私の頭をその柔らかい胸に埋めるように抱き込んで、頬ですりすりしてきたかと思うと、作り物の犬耳をその華奢な手でもみもみし始める。

 私もそのまま四の姫の温かい身体を抱き寄せる。見上げると、姫も精巧な作りの耳に満足しているようで、ニコニコ顔だ。


「わんわん!」


 無邪気な子犬の様に、姫のお顔や首を舐めるとくすぐったそうに笑い、抱きついてきた。なんて可愛いのだろう!

 今度は良い香りのする姫の首に軽く噛みつき吸い付いてみたら、キャッ! と驚かしてしまった。


「もう、いたずらばかりして悪い仔ね! 犬? でも犬にしては大き過ぎるわね?」

「がうう! がうう!」

「犬ではなくて、狼かしら? でも、どちらでも可愛いわ! 大好きよ!」


 姫がギュッと私を抱き締める。ああ、恥じらって怒ってばかりいた姫が、自ら私の腕の中に飛び込んで来るとは!

 姫は烏帽子(えぼし)がとれてしまった犬耳付きの私の頭を愛でるように撫で撫でし始めた。

 そしていつの間にか私は横になって膝枕されていた。ああ、姫の御膝は良い香りがして温かい。頬に当たる弾力のある柔らかさが、気持ち良くてたまらないな。

 甘やかすのではなく、たまには、こうやって甘やかされるのも良いものだ。


「がうう!」


 狼の様に吠えてから下から上へと腕を伸ばして姫の顔を引き寄せ、その愛らしい唇をペロッと舐めてみた。うるうる目の姫の真っ赤な顔はあまりにも破壊力があり過ぎる。


 もうしばらく膝枕を堪能してから起き上がり、我慢できずにそのお体を抱き上げ、部屋の奥へとお連れする。


「がうう!」

「わんわん!」


 愛らしく、子犬の様に姫も鳴き答える。

 孤独だった狼に(つがい)ができた。小さくとも牙を剥くと少々怖い、強くて愛らしい雌狼だ。


 二匹の狼は、暗闇の中、時折「わんわん」と鳴き交わした。


 翌朝、爽やかな朝日に満月の秘術は解け、正気に返った四の姫にもの凄く怒られた。

 互いに犬などの真似事をしたから、高貴な姫としては、たまらなく恥ずかしかったのであろう。その照れ隠しの怒りは私に牙を剥き、犬耳と扇を投げつけられ、袿の中に隠れてしまって顔も見せてくれなくなるほど凄まじかった。

 

 あらゆる意味で強烈な破壊力を『私』にもたらした秘術を行った陰陽師の君に、嫌みを込めて、四の姫が投げつけてきた扇を下賜した。

 涼やかな顔で恭しく、陰陽師の君が扇を受け取る。


「ご機嫌の悪い姫に、それを投げつけられたぞ!」

「私の秘術、満月の夜に発動しませんでしたか? 犬耳がお気に召さなかったとか?」

「犬耳は良かった、とても。……だが、最後にもの凄く怒られた」

「ならば、他に、姫のお気に障った出来事があったのでは? 姫は何でも幼馴染の私にご相談されるので、今度伺っておきましょうか? なにせ、姫様と私は仲が良いですから」

「しなくていい! もう、下がって良いぞ!」


 退室すべく礼を取って伏した時、陰陽師の君の口角が意地悪気に歪んだような気がした。

 やはり私と姫の仲を妬いて、喧嘩させたかったのではないのか? と勘ぐってしまうぞ、幼馴染の君。


 でも、姫が気に入ったらしい犬耳は大切に取って置いて、何かの折にまた使わせてもらおう。今度は姫に怒られないようにせねば。


 終わり。

お読みいただき、ありがとうございます。

2017/05/03 誤字脱字を修正しました。



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