逆襲
連続投稿の2話目です。本日の分は1話前からお読み願います。
あり得ないことばかりするキャラ達で、困った…。
2017/05/03 誤字脱字を修正しました。
かつて、私を悪と決めつけ断罪した橘の宮様だけれど、臆することなく堂々と互いに座って対峙し、扇越しに睨む。
「久しいな、右大臣の四の姫。相変わらずの落ち着き払った態度、お変わりなさそうだ」
「お久しゅうございます、橘の宮様。このような乱暴な振る舞いをなさるお方とは存じませんでしたが。少しお痩せになられましたか? 宮中とは違う慣れないお暮しは、お体に悪かったのでしょうか?」
チクリどころか、ドスッと嫌みを言ってやったわ。宮中で私にあんな大恥をかかせて、退場させたくせに! 更にはこんな乱暴を働かれたと思うと腹が立ったの! もうとっくに嫌われてるのだから、我慢せずに好きなことを言わせてもらうわ!
「やはり、宮中の私の前では猫を被っていたんだな。どんなに前斎宮の伯母上に可愛がられていようとも、私には分かっていた。やはり陰で咲耶姫を虐めていたのだ!」
「それは私ではありません! それを確かめたくての狼藉ですか? やっていない私には関係の無いことです! 話は終わりですわ、早々に右大臣邸に戻りたいのです」
「まだだ! 伯母上に共に仕えていた咲耶姫を庇いもしなかったであろう! 誰も助けてくれぬと、咲耶姫は泣いていたのだぞ!」
「なぜ私が咲耶姫を庇わねばならぬのですか? 確かに、共に前斎宮様にお仕えさせていただいておりましたが、最初から咲耶姫は橘の宮様の寵愛を争う相手として、私に真っ向から対峙したのです! 幼き頃からの宮様の婚約者であり、右大臣家の姫たる私にですよ! さらには同じく宮様の寵愛を狙う女官も多かったのです。皆、それぞれに寵愛を得るため戦っておりました」
橘の宮様と咲耶姫のあまりに勝手なお考えに、思わず私も声を荒げて言い返してしまったわ。
実際、沢山の女官に酷い目にあったのは私の方よ! 宮中にいた時は、橘の宮様が伯母上様に会いに来られる予定を知ってて偽のお文のお遣いに出されたり、上着を汚されたり、お膳の中に変なものを入れられたり。
偽の文遣いでは、当時の老東宮様との面会などの人脈を広げるのに使ったし、汚れた上着はその場で相手に叩きつけて洗えと命じたり、食べ物の中の変な物は、その場で馬鹿にした笑みを浮かべた相手の膳に投げ込んでやったけど。
右大臣家の名で、上から目線で思いっきり睨み凄んでやり返したわ。のんびりな私もやるときはやるわ! 泣くくらいなら、しなければいいのよ。なぜか前斎宮様は、私のした事をお咎めにもならず、面白がっておられたわね。
まあ、どれも咲耶姫がやった事ではなかったから、私も咲耶姫には何もしなかったのよ。
挙句には、橘の宮様に人前でありもしない断罪をされたのよ! 普通の姫なら失望で出家しているわ。
……私はのんびりだから。ふっ……、ひょっとして私って凄く鈍い?
正式に私が橘の宮様の正妻となった後でなら、夫の側室を妻の頂点に立つ正妻が庇う必要もあるでしょう。でもなぜ、まだ妻にもなっていないし、さらには競争相手を庇わねばならないのか!
父右大臣の政治権力も掛かっていた。実際、咲耶姫が宮様の正妻に選ばれて私が退場となって、一時権力が揺らいだかもしれない。運よく姉上の女御様の『帝の御子様をご懐妊!』に助けられただけだ。姉上の女御様は、やはり右大臣家を守る強者だわ!
「私は咲耶姫の主ではないので、庇う立場ではありません! でも、公平に競うため、虐めてもいません! 私は何もしておりません!」
「更には、その婚約者たる私に冷たくされて、父右大臣に泣き付き、私を破滅させたのだ! 鬼のごとき所業だな、悪姫」
おのれ、『悪姫』の名付けは、橘の宮様だったのね! 何もしていない私に酷いわ!
「宮様の処遇は、全て宮様ご自身がお選びになった結果です。私のせいにしないで下さい! 私との縁組が無くても、左大臣家の姫との縁組があれば東宮におなりになれたはずです! それらを全て無暗に退けられた結果ですわ」
「いや、そなたが退場後に、普通の姫の様に恥じて出家でもしていれば、あの若い叔父宮が私の代わりになるはずがなかった! 何のためにあそこまで大事にして、そなたを断罪したのか! 徹底的に右大臣の力を、そなたの影響力を宮中より退かせるためだ! 権力者の娘を、そなたを妻にした者が東宮になる……、そのようなことは断じて認めない! 尊い血筋の帝位が臣下の力に左右されるとは!」
それがあの『ありえない断罪』の理由? 信じられない! だから権力とは無関係な咲耶姫を選ばれたの? 真っすぐなお方だとは思っておりましたが、真っすぐ過ぎて何も見てこられなかった?
両大臣の力を得ずして帝の権力を守ろうなんて無茶ですわ! 橘の宮様は尊いお血筋だけをお持ちで、他に頼れる臣下もおありではないでしょう?
確かに現帝のたった一人の親王様で、か弱いけれども大事に育てられてきた。お母上は権力者の家柄ではない女官で、両大臣家とのつながりが薄すぎた?
宮様の訳分からない犠牲になったのが『のんびり姫』な私でなかったら、死人が出たかもしれませんよ。私と、暗殺される人と。
「あの若い叔父宮は、ケチが付いたそなたを東宮妃にするという裏取引を速攻持ちかけることで右大臣の後見を得て、私から東宮位を奪ったのだ!」
「そのようなこと、橘の宮様だって、同じではありませんか! 幼き頃に私が婚約者になったのは、全く同じ理由のはずです! 畏れ多くも帝も我が姉上の女御様を娶られることで、力を得ておられます」
「うるさい! そなたにはここで出家してもらう。そうすれば右大臣家は東宮に対する無礼から権力を失い、東宮の後見はいなくなる。そして私が今度こそ東宮になるのだ!」
「お待ち下さい、落ち着いて下さい。私が再度退場しても、左大臣家の姫が嫁いで同じ事態になるのでは?」
「問題ない。咲耶姫は他の姫と子を為さぬなら、何人娶っても構わないと泣きながら承諾してくれた。私の東宮位のためにと……。だから私が左大臣家の姫を娶ることにする。いつか咲耶姫を正妃にし、私達の愛の証の親王が帝位を継ぐと約束した……。ちなみに、ケチのついた悪姫であるそなたを娶る気は全くない。復縁は期待するな」
き~! ケチをつけたのは橘の宮様でしょう! あんな目に合わされたあなた様に嫁ぐことは断じてありません! 扇で殴ってやろうかしら!
それにしても、どうしよう! 東宮位を夢見過ぎて、混乱しておられるわ! 結局、言っていることは左大臣の力をあてにしていることに気付いていないの? ご自分の理想をいきなり否定していませんか?
「というわけで、四の姫、出家の証にその御髪を切らせていただく。何、痛くはない。じっとしておられれば、怪我もしないさ」
いきなり人生最大の危機!? 女の命である大事な髪が狙われている? これでも、小雪が毎日大切に手入れしてくれている髪なのよ。
ま、まずいわ、橘の宮様の目つきが怪しい! 本日の悪事に酔ってらっしゃる殿方、二人目!
柊の君の戯れは世間体から身の破滅、橘の宮様の乱暴は女の命の危機とやはり破滅! 愚か者に振り回されて、もう泣きそう。何とか思い止まるように、橘の宮様を説得せねば!
「お、お待ち下さい! しぶとい私ですから、髪を切られても精巧な付け髪のかもじを付けます。我が右大臣家は大変裕福ですから、沢山お金を掛けて作らせます! 私、それを着けて入内できます。権力を当てになさっている東宮様なら、きっと気にされませんから! 無駄な乱暴になります! どうか思い止まり下さい! このままお互いに会わなかったことにしましょう、穏便に」
「叔父宮に嫁ぐ事だけは、絶対にさせない! あやつに右大臣家の権力の盾を剣を与えるなど! ……じっとしていただけないなら、手が滑ってその細首に刃が刺さり、お命が儚くなるかもしれないね」
真っ向からお命頂戴とは、本当に真っすぐなお方ですわね。昔から真っすぐ過ぎて迷惑だわ!
橘の宮様が懐から取り出し、スラリと抜いた小太刀の刃が、燭台の灯に一瞬輝いた。私の女の命も、本当の命も風前の灯よ!
私は自分でも思ってもみなかったほどの素早さで、邸の奥へと四つん這いんなって必死に逃げる! けど、橘の宮様がじりじり迫って来る。わ~、悪党の余裕的な笑みを浮かべてらっしゃるわ。普段とっても慎み深い私だけど、そのお顔を扇で痛みで涙が出るほど打ってやりたい。実際は私の方が、恐ろしさのあまり泣いてるけど!
ドン! と私の袿の裾を踏まれて一瞬動けなくされたので、蝉の抜け殻の様にスルリと袿から抜け出る。少し軽くなった小袖と長袴姿で、子犬の様に四つん這いで必死に進み、御簾をくぐり抜けるや立ち上がり、内廊下の廂を袴を掴んで走る!
「あっ! 相変わらず往生際の悪い姫だ。普通の姫なら泣いて、さっさと観念するものを! のんびり構えているかと思うと、素早く身を躱す! しぶとすぎるぞ!」
しぶとくて悪かったわね! だって命が掛かっているのよ! 必死にもなるわ!
大きなお邸ではないのは、連れてこられた時に分かっている。格子の降りていない棟を探して、庭にでも降りて隠れるのよ! きっと柊の君が助けに来てくれるもの!
土壁で囲まれた塗籠に閉じ込められてなくて、本当に良かった。ここまで私が抵抗するとは思ってもみなかったのね! 廂の角を曲がると、あっさり格子の上がっている棟へと出られた。
簀子へ出て庭へ! と駆け出したところで、後ろから伸びた腕に私は囚われてしまった。しまった、橘の宮様に捕まった!
そのまま簀子で後ろから押し倒されてしまった。背中をおそらく膝で踏み抑えられ、動けないようにと重みがかかる。バタバタしても抜け出せない。
私の乱れた髪がギュッと掴まれた! やめて! 切ったら末代まで祟るわよ! 本当よ!
「動くな、姫! その御髪、切らせてもらう。観念せよ!」
もう、ダメ! 間に合わないの? 大事な、女の命が! 柊の君、助けて!
私は腹の底からの大声で悲鳴を上げた。