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素直に悪は去ったはず

今更ですが、一度書いてみたかった悪役令嬢ものです。たまには平安時代の和風で。

※このお話は平安時代風の異世界小説です。平安時代はあくまでの世界背景の参考の一つですのでご了承下さい。

2017/05/03 誤字脱字を修正しました。

いずれの時代か後世の人々には語れないけれど、帝の下に多くの美しき女御(にょうご)様方がいらっしゃる煌びやかな宮中に、私は行儀見習いという名目でいたことがあった。


 ある日、非公式とはいえ、突然に帝の御前に呼び出されたのだ。煌びやかな宮中の中とは思えない、目立たない静かな一室だ。畏れ多くも高座には帝がおられ、私の異母姉を始めとする数人の女御様方もその御簾(みす)内の下座に座っていらっしゃる。

 

 右大臣の父は私を守るように隣に座ってくれているけれども、辺りは不穏な雰囲気に包まれている。その他にも宮中の有力者である左大臣や諸卿の数名が、この場に臨席しているからだ。仮にもこの国で最も身分高き貴族の一つである、右大臣家のやんごとなき姫をこのような場に呼び出すなど、前代未聞だ。


 扇で顔を隠しつつ礼をとって伏している私を姉や父が心配そうに見つめているのが伝わる。なぜなら帝の息子で私の婚約者、(たちばな)の宮が私を帝の傍近くの下座から忌々し気に睨みつけているからだ。


「右大臣家の四の姫、何故ここに呼び出されたか分かるか?」

「おそれながら、一向に分かりませぬ」


 行儀見習いの身分の私は、本来ならば帝の前に姿を現す許可を得ていない。その私を御前に呼び出した張本人、橘の宮様の声は厳しい。その傍の几帳の陰で、橘の宮様の方を向いて小さく震える影がある。チラリと見える表着の着物柄に見覚えがあるので、どの姫が隠れているのかはすぐ分かった。


「そなたが、この帝のいらっしゃる宮中で咲耶(さくや)姫に行った非道の数々、もはや許し難し。我が妻に迎え入れるには相応しくない。父帝の御前にて、正式にそなたとの婚約を破棄する」

「橘の宮様、このような場で、何を突然申されますか!」


 父の右大臣が慌てて、橘の宮様のなさろうとすることを止めようとするが、気にせず続ける。


「我が伯母上のお側で、そなたと咲耶姫が共に行儀見習いをしている時のことだ。数人の貴公子が通りかかった時に、態と咲耶姫を御簾内から外へと突き飛ばして転ばせ、貴公子達の前で恥をかかせたであろう! 更に、文を書いている最中に、態とぶつかって墨で着物を汚させた! その他、身分を笠に着た嫌がらせの数々をしたそうではないか!」

「存じませぬ。咲耶姫がそそっかしいのは、私のせいではありません」

「ええい! 反省の色も見せぬか! もうそなたの影も見たくはない。この宮中よりさっさと立ち去れ!」

「……橘の宮! それ以上は言ってはならぬ、控えよ!」


 激しい橘の宮様の言葉に、優し気のおっとり帝もさすがに顔を青冷めさせ、諫め止めようとされる。


「いいえ、父上、どうかお分かりください。私が愛するのはこの咲耶姫だけ。私の妻になるのは、咲耶姫だけなのです。他には誰もいりませぬ!」


 その場にいた誰もが凍り付いた。橘の宮様は、帝の唯一の男子だ。次期帝の座を受け継ぐのが自然と誰もが考えていた。その方が宮中の有力者の前で、これだけはっきり宣言したのだ。もはや橘の宮様の下への私の輿入れは無い。


「分かりました。四の姫共々、本日は退出させていただきます。四の姫の輿入れも白紙に。橘の宮様は咲耶姫だけをお望みなのですね。左大臣も、式部卿(しきぶきょう)の宮様も、大納言(だいなごん)殿もご理解いただけましたな」


 父娘揃って帝に伏して礼をとった。そして父の右大臣は、周りの諸卿の一人一人に視線を合わせ、確認をとる。誰もが了解の証に、無言で頷いた。それを見て帝は、諦めと悲嘆のため息をつかれた。


 運命は決まってしまったのだ。私は宮中を退出し、右大臣邸に帰らねばならない。このような事態に巻き込んでしまって、仲良くしていただいた異母姉の女御様にも申し訳ない。行儀見習いをさせていただいた橘の宮様の伯母上様にも、これまで宮中でご後見いただき、ありがとうございました、と文を忘れず送らねば。


 帰りの牛車の中で、恥ずかしさに身をすくませて泣いていた私の手を、父がそっと慰めるように握ってくれた。


「父上、大恥をかかせてしまい、申し訳ございません」

「そなたがやった事ではないと分かっている。だが、このような事を乗り越えられないならば、そなたは宮中にはいない方が良いかもしれぬ」

「橘の宮様は……」

「自らこの先を決められたのだ……」


 その後、行儀見習いから解放されて、実家でのんびり過ごしていた私の下に様々な噂が伝えられた。我が家に仕える女房は、情報収集に優秀だ。


 橘の宮の恋人として宮中で過ごす咲耶姫に、他の宮中の女性から嫌がらせが続いているという。特に姉上様に仕えている女房達が、主の妹姫の代わりにと、勝手に私の復讐をしているらしい。気に病んで身体を損ない、とうとう咲耶姫は寝込んでしまった。

 私の方が怖くなるから、どうか止めて欲しいと、姉上様に文を書こう。


 それでも宮様の熱い庇護と愛情は変わらない。お二人、仲が良くて結構ね。もう、どうでもいいけど。


 次に、橘の宮様の廃嫡が決まった。咲耶姫以外の妻は認めない、と言ったのは本当だった。

 

 一夫多妻の帝になるはずだった橘の宮様は、内々に話が進んでいた左大臣の姫、大納言(だいなごん)の姫、式部卿(しきぶきょう)の宮の姫の輿入れを全て断ってしまった。そのため、権力が欲しい諸卿は、自分の家の姫を受け入れない橘の宮様を、権力争いの駒としての立場から追い出してしまったのだ。既に、帝の年の離れた異母弟君を次の帝にする事が、閣議で決定した。


 帝のあの弟宮様は、幼い頃の遊び相手の一人だったから知っているけど、ちょっぴり意地悪で、よく泣かされた。結構侮れない少年だった気がする。実は前から政治的にこっそり動いていたのでは、と勘ぐってしまう。


 橘の宮様の母上様は、身分が低い女官だった。その親戚も権力闘争に乗り出す前に、左右大臣に目障りだと潰された。実家は財産も多くない貧乏公家なのにどうするんだろう。

 咲耶姫は単なる上級女官見習いだったので、もちろん血筋は良いけど、実家の財産は大したことは無い。お若い橘の宮様も、まだ大した役職には就かれていない。帝が父親として何とか食べていけるくらいの財産や邸を分けるとは思うけど。

 宮中で伯母上にちやほやされて贅沢に育っただけに、橘の宮様の少ない財産で暮らしていけるのかしら?


 宮中の政治情勢を考えず、右大臣の姫たる私を貶めて追い出したことで、最大権力者の父の怒りを橘の宮様は買ってしまった。更には、諸卿の姫を拒否してしまったので、権力者の力を恐れて誰も宮様を後見してくれない。これまでは政治闘争の絶妙な力配分の中で、橘の宮様は生かされてきたのに。

 妻は咲耶姫だけと決めたことで、自分で運命も決めてしまったのだ。帝への道は、愛だけでは生き難いのよね。


 毒のような嫌みをぶつけ合い、どつき合うような嫌がらせの嵐の中の宮中で、美しく微笑んで生きていけるほど、私は姉上様のようには強くない。あそこで平気で生き残れる姉上は、恐らく国一番の猛者(もさ)だ、強者(つわもの)だ。いや、猛者でなければ、女御様ではいられないのだ。


 先日、姉上様が帝の御子を懐妊しているかもしれないと、邸の女房から噂を聞かされた。まだ我が家だけの秘密だそうだ。あらゆる危険を考えれば、そうすべきね。


 ……姉上様、もしや咲耶姫に、本当はあなたが? 橘の宮様に跡継ぎができたら情勢が変わるとはいえ……? いや、にこやかで異母妹の私にも、あんなにお優しい姉上様がまさか?


 もし、姉上が男子を出産されれば、父の権力で次の帝の跡継ぎの子にしてしまうだろう。姉上は将来の帝の母になる。左大臣家の長男には去年生まれた姫君がいるから、権力的な協定のため、私みたいに物心つく前に姉上の御子と婚約させてしまうかも? それに姉上の御子なら、橘の宮より賢く強いわね。


 私のこの先はどうするか? 実は全く気にしていない。ホッとしているくらい。


 父は財産持ちの権力者で、我が家の跡継ぎの弟は優しいしっかりした子だし。姉の一人くらい、面倒見てくれるはず。女独りでは、生きてゆけない不自由な世の中なんだもの。


 今、私の下に届いている貴公子からの恋文の一つを読んでいる。身分は大して高くないが、覚えのある幼馴染からだった。

 『これまでは、橘の宮様の婚約者だったから諦めていたが』と書いてある。鼻垂れだった幼い頃以来会っていないけど、遊んでいて優しい男の子だった気がするので、今度こそじっくり自分でお婿様を検討しよう。


 あと、誰だか分からない貴公子からも恋文が来ている。『あの頃を思い出して…』なんて書かれている。

 誰? 名乗りなさいよ。婚約者に捨てられたとはいえ、仮にも天下の右大臣家の姫なのよ、無礼よ。何様のつもり?


 上質の紙に、非常に高価な香が上品に染み込ませてある。この香りには覚えがある気がするけど、嵐を呼ぶような危険な香り。思い出さない方が良いと、本能が強く語っている。非常に気になるわ。


 私は嵐の外で、静かにのんびり暮らしたい。

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