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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第二十一話 卑屈少年と熱血不良教師
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卑屈少年と熱血不良教師-4

『考えるのは後にしな。さーて、先生にしちゃいけないような願いをするくらいなんだからよ、先生がしちゃいけないような願いを聞けよ』

「は、はい……できる限りで良ければ」


 また缶からじゅるじゅると飲み物をすする音が聞こえた。


『まずはさっき有耶無耶になっちまった話だけどさ、ほんとにオメーの隣じゃなくていいのか?』


 む、まだ考えはまとまっていない。


「陽太郎か嗣乃なら、多分」

『ほう。二人になら任せられるんか?』


 それを大丈夫だと請け合うのは少々難しい。

 全面的に任せられはしないだろう。

 桐花との約束を破る訳にもいかないし。


『おーい。即答できねーのか?』


 どう答えればいいんだろう。

 隣を担う陽太郎か嗣乃にどう指示すれば良いのかまるで分からない。


『んだよ! 駄目なんじゃねぇかよ!』

「は……はい」


 確かに、駄目だ。

 何よりこれは俺の領分だ。譲りたくない。


『よし、つっきーの願いはある程度アタシと利害が一致してっから叶えてやるわ』

「あ、ありがとうございます」


 一応、交渉は成立したみたいだ。


『で、アタシの願いってのは他でもねぇ。ある程度でいいから湊の仕事を肩代わりしろ』


 仕方ない。

 いや、ちょっと待て。 


「べ、別にそんな頼みにくいってほどのことじゃないんじゃ?」


 また缶を開封する音がした。


『頼み辛ぇよ。教師で顧問で担任のアタシが、湊と桐花の師弟コンビを特別扱いすることを支援しろって言ってんだよ。その尻拭いをしろっての。大事な湊を想う個人として、教師の枠を逸脱してることを承知で頼んでんだよ』


 なんて律儀な人だ。

 そんな言い方しなければ、俺は普通に山丹先輩のサポートするだけと理解するのに。


「えと、でも、校外の仕事は?」

『学校交流会にはお前も出ろ。おめーとよたろーと仁那には校内校外両方分かってもらわねぇと困るんだよ。お前の穴は嗣乃に埋めさせろ。桐花はそのまま校外組だ』


 これで正式に校外で他校生と会わないといけなくなったのか。

 桐花と行動できるなら願ってもないことだけど。


「……えと、できる限りやります」


 うーん政治家答弁。


『よっしゃ。任すわ。色々負担かけて悪いけど。いやぁ、優秀な生徒がいて助かるわ』


 便利な小間使いの間違いだろうに。


『つっきーよ、一年委員長だからって甘く見るんじゃねぇぞ。うちの指揮系統はな、二年委員長が実質トップ、その補佐は空位だけど三年委員長、その次が一年委員長、次が副委員長、後は他の面子だからな。場合によっちゃぁ上級生にも指示を出すんだよ。分かるけ?』

「ほ、本気ですか?」


 缶を開ける音がまた響く。


『冗談ぶっこいてどうなるんだよ? お前は小中学校とスポーツ部で先輩に絶対服従なんて刷り込まれてねーだろ? 女バスと女バドにでけー態度取れるくらいだし』


 あの時は変なスイッチが入ってただけなんだよぉ……。


『しかも、担任の教師に交渉かましてんだからよ』

「副委員長のまま委員長としての仕事する……とかは……」


 我ながらどうしようもないこと言ってるなぁ。


『つっきー君面白いこと考えたねぇ』


 陰キャっぽい旦那氏には理解してもらえそうだ。


『でもつっきー君さぁ、ほんとにそれでいいの? 肩書きで余分なストレス溜まらないならそれでいいと思うけどぉ、君の影武者として委員長になる人は君が不始末を起こした時の責任を取ることになるけど?』

「え? あ……」


 それは困る。


『自分の行動の責任を全て被れる立場にしといた方が気が楽だと思わなーい?』

「そ、それは……そうですけど」


 ぐぅの音も出ない。


『うわぁ、ネガティブ同士馴れ合ってんのきんもぉー!』

『あ、そうだ嫁! つっきー君にも一つ譲歩してあげてよ。ほら、例のモンの貸し借り許可とかさー』


 なんて素晴らしい要求かと思ったが、先程同様鈍い音がして却下された。


『きつかったらすぐ言えよ? 依ちゃん助けてぇ! ってパンツ脱ぎながら言えば助けてやっから』


 一瞬優しいなと思って心が温まったのに。

 くそぅ。


「脱がなきゃ助けてくれないってことですか?」

『もっつぃろん! んじゃな。アタシ眠い』


 通話が切れた。ひどいよ先生。

 はぁ。まずいな。とにかく前回までの交流会の議事録を読むところから始めるしかない。

 それから陽太郎と嗣乃、そして落ち着いたら桐花からも話を聞かないと。


 それから……さっさと下へ降りて、腹いせに陽太郎の馬鹿たれを画面の中でタコ殴りにしてやるか。

 この引きこもりを表舞台に引っ張りだしやがって。その悪業許さん! 

 しかし、震えた携帯にそのモチベーションは削がれてしまった。


『つっきーが委員長だったことばらしたった! オーケーさせたった!』


 うそぉ。即行で全員周知って。

 自治会関係者から頻々とメッセージが届いた。

 でも、その中の一つだけ、心に刺さった。


『大丈夫?』


 もちろん桐花だ。

 俺の指は勝手に『大丈夫』と返信していた。


 後悔の念はまったくなかった。


『ほんとに?』


 チャットが返ってきた。

 無味乾燥とした会話だ。でも、過去の個人チャットのログを見ても大体会話とも言えない会話ばかりだ。


『駄目だったら助けてくれ』

『絶対言って』


 桐花と少しやり取りしただけで、早鐘を打っていた心臓が落ち着いてきた。

 陽太郎や嗣乃以外に落ち着ける相手が現れるとは思っても見なかった。


 でも、落ち着いてもいられない。

 これから何をどうすればいいのかなんて、まだ闇の中だった。

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